第309話 vsアルマ 前編

「…………」


 アルマは大砲の近くから動かないままジッと周囲の様子を探っていた。アイアルとコメットがいつ襲ってきてもいいように。姿を消したアイアルとコメットのことを積極的に探すことはしなかった。否、する必要が無かった。

 アイアルとコメットの目的はアルマの背後にある大砲。どんな手段を取るにせよ、いつかはアルマの前に姿を現さなければいけなくなる。

 そして時間をかければかけるほど状況はアイアルとコメットに不利になる。なぜなら倒れ意識を失っているエルフ達が目を覚ますかもしれないからだ。


「時間は常にこちらに味方する。さぁ、どうするアイアル、コメット」


 そう呟くアルマの声音にはどこか期待のようなものが込められていた。アイアルが、そしてコメットがアルマに対してどんな手段を取るのか。それが気になったのだ。

 アルマは己の実力を正確に把握している。そして把握しているからこそアイアルやコメットとの間にある実力差も理解していた。


「この短期間では劇的な成長は見込めない。不確定要素はあるが、それを加味したところで俺との実力差は明白だ。さぁどうする」


 アイアルが戦うという決断をしたこと。それはアルマにとって予想外だった。アイアルは他の誰よりもアルマの実力を知っている。勝てない戦いはしない、それがアルマの知っているアイアルだった。

 しかしアイアルはそれでもアルマと戦うことを選んだ。その決意が何をもたらすのか。それをアルマは知りたかった。


「……来たか」


 誰かの動く気配を察知したアルマは大剣を構える。しかし、動く気配がするだけでいつまで経っても姿を見せない。


(この気配は……コメットか? この場における未知数の一つ。エルフでありながら魔法の才を持たず、鍛冶の才能を持った特異な存在。この短時間で何か作ったのか?)


 戦闘中、物資の限られたこの状況で武器を作るのは簡単なことではない。ましてコメットはまともな道具も持っていなかった。銃を改造できただけでもアルマには驚きだったのだ。


(出てこないつもりか? 俺の不意を突くつもりなのかもしれないが、気配がまるで隠せていない)


 アルマは強い。だがしかし、本質はあくまで鍛冶師。アルマの強さは旅の中で必要に応じて培われたものであり、戦士としての技量を身につけたわけでは無かった。だからこそ気配を感じ取ることはできても、それが誰であるかまでは掴むことができない。もっともアルマは気配がわかるだけで十分だと考えていたのだが。

 いつ飛び出してくるか、そう考えていたアルマだったが物陰から飛び出してきたのは予想外の存在だった。


「キュッ!!」

「竜だと?」


 飛び出したキュウは一直線にアルマに向かって突進する。そしてそれとほぼ同時、反対から銃を構えたコメットがアルマに向かって来る。

 不意を突いただけの無謀な特攻。そう思ったアルマは僅かな落胆と共に大剣を振るおうとしたが、その認識をすぐに改めることになる。


「キュウ、今ですわ!」

「キュキュッ!」

「っ! 手榴弾か!」


 キュウがそのかぎ爪で掴んでいたのは手榴弾。アルマの目にはそう見えた。しかしそれはコメットの仕掛けた一つ目の罠だった。


「外れですわ!」


 コメットは咄嗟に目を隠す。アルマがそれが何であるか気付いた時にはもう遅かった。

 強烈な光がアルマの目を焼く。

 閃光弾。それがコメットの用意した道具だった。使うのは二度目。しかし今回は見た目を手榴弾に偽装したことでアルマの不意を突くことに成功したのだ。

 僅かな時間ではあるが、視界というアドバンテージをアルマから奪うことに成功したコメットはアルマに向けて銃を撃つ。

 

「っ、舐めるな」


 たとえ視界が奪われていようとも、気配を、そして魔力を感じ取ることはできる。

 コメットが放った魔力の銃弾はアルマに届かずに斬り落とされた。しかしそれもコメットには想定内だった。

 目が見えない状態のアルマは不用意に動いて避けるのではなく、その場での迎撃を選択した。そしてその隙をコメットは狙っていた。


「足元ご注意ですわよ!」


 コメットがアルマの足元にばら撒いたのは粘着性のあるネット。アルマの足元にばら撒かれたそれは確実にアルマの動きを制限していた。

 ぼんやりながら少しずつ視界が戻ってきたアルマはコメットの狙いに気付く。


「徹底した時間稼ぎか。アイアルのことをよほど信じているみたいだな」

「そういうわけじゃありませんわ。ただわたくしは自分の役割というものを理解してますの。わたくしにはわたくしの。彼女には彼女の役割がある。悔しいですがわたくしの実力であなたに勝つことはできませんもの」

「……そうか。だがまだ甘い。この程度で止まると思うな」


 そう言ってアルマは手にした大剣を高く振り上げた。

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