第256話 つい気が抜けることってあるよね

 出発の準備を終えてさぁいよいよ森の中へと出発したはいいものの、馬を連れたまま森の中を進むのはそう簡単なことじゃない。ある程度は切り開かれてるから馬を進めること自体は不可能じゃないけど。


「高い木々が大きいからもっと暗いかと思ってたんだけど、そうでもないんだな。こうして普通に進めるくらいには十分な光量がある」

『エルフ族の魔法の力が関係してるみたいだけど。正直、エルフの魔法ってなんでもありみたいなところあるしね。固有を除く全ての魔法はエルフが開発したって言われてるくらいだし』


 森の中を進むレイヴェルの姿はすでにエルフのそれへと変身していた。アイアルもだ。

 出発する前に事前に飲んでおかないと、ここはもうエルフの領域内。まだ警戒網にかかる前の場所とはいえ油断はできない。狩りに出てるエルフ達とばったり遭遇なんてことにもなりかねないし。そういう訳もあって、オレもすでに剣の姿になってる。

 今回グリモアにいる間は極力この姿でいるつもりだ。どこで見咎められて長老達にオレのことがバレるかわからないし。

 まぁ誤魔化し方はいくらでもあるんだけど。ともあれ人の姿でないぶん、消耗は少ないし、その分周囲の索敵に集中できる。

 今の所オレの警戒に引っかかる魔物も人もいない。でも油断はできないし、しっかりしないとね!






 ……と、思っていた時期がオレにもありました。


「おいクロエ! 周囲の警戒はちゃんとしてたんじゃなかったのか!」

『え、いや、あははぁ……してた……つもりだったんだけど……』

「今はそんなことを言ってる場合ではありませんわ!」

「ったく、なんでこうなるんだよ!」


 今の現状を簡単に説明するなら、魔物に囲まれました!

 てへっ♪

 なんて内心で可愛い子ぶってみても誰が見てるわけでもなく。ましてやそんな状況でもなく。

 完全な現実逃避なんだけどさ。

 いや多少の言い訳はさせて欲しい。そう、昨日色々あってあんまり寝れてなくて。ついうとうとしちゃったんですよ。

 レイヴェルの腰から提げられた状態で、心地よい揺れに……気づけば深い眠りの世界へと落ちていた。

 それでも普段ならちゃんと魔物の警戒はしてし、索敵はしてたんだけど……ここに来てグリモアの、エルフの魔法が悪い方へと働いた。

 オレが寝てる間にエルフの魔法範囲内へと入ってたらしい。グリモアへの不法な侵入を防ぐための干渉魔法に。

 オレが起きてればそれに気づくことができただろう。でも寝てたオレは気づくこともできなくて。その結果魔物の接近気づけなかったわけだ。

 しかも接近してきてた魔物がシャドウモンキーだったのも運が悪かった。この魔物は気配を殺して近づいてくる。普通の索敵には引っかかりづらい魔物。起きてたらもちろん見逃すことは無かった。起きてたらね。

 って、まぁそんなこと言っても今更なんだけどさ。さすがに気を抜きすぎたかな。どうにも最近眠たくなることが多いというか。いや、考えるのは後にしよう。


『反省は後でちゃんとするから、今はこの魔物達を片付けよう』

「そうだな。俺とクロエが前に出る。二人は後ろから支援してくれ」

「わかりましたわ」

「わかった」


 シャドウモンキーの数は全部で八匹。一際大きいのが二匹。これは一家族って感じかな。両親と子供達なのかもしれない。

 狩りに仕方を教えるために連れてきたって感じかな。

 まぁちょっと厄介な魔物だけど、正直そこまでの脅威じゃない。サクッと片付けるとしよう。


「いくぞ!」


 一気に疾走し、シャドウモンキーとの距離を詰めるレイヴェル。

 先手必勝。下手に動かれる前にまずは数を減らすのが常套手段だ。


「はぁっ!!」


 剣を横薙ぎに一閃。それに合わせて剣身に《破壊》の力を纏わせる。

 オレの《破壊》の力に触れた途端にシャドウモンキーの体は雲散霧消した。今はギルドの依頼で討伐してるわけでもないから、討伐した証を残す必要もない。気持ち悪いし、消し飛ばすのが一番楽だ。


「ゲギャギャッッ!!」

「ギャギャッッ!!」


 激昂したように声を上げるシャドウモンキー達。まぁそりゃ自分の仲間、家族が目の前で殺されたら誰だって怒るだろう。

 多少は同情するけど、襲ってきたのはそっちなんだから仕方無い。これで力の差を感じとって逃げてくれるなら楽なんだけど……ま、そんなわけないよね。

 脇目も振らずに飛びかかってきたシャドウモンキーをレイヴェルは躱し、そのまま返す刀で切り裂いた。

 これで三匹。残り五匹だ。さすがに成体の方は子供達と比べて賢いのか、こっちの様子をしっかり探ってる。レイヴェルの持つ剣を……オレのことを警戒してるのは不用意に近づいてこようとはしなかった。


「ギャギャッ!」


 ん、今何か指示を出した?

 さすがに魔物の言語は理解できない。でも出された指示に従ってか、他のシャドウモンキー達が動き出した。その名に冠する通り、影の中に隠れるようにして移動し始める。こうなると一気に気配が読みづらくなる。でもシャドウモンキーがその真価を発揮するのは夜だ。

 確かに普通の冒険者ならこの動きで翻弄することはできるだろう。でも、残念だけどオレ達には通用しない。


『後ろ!』

「わかった!」

『次は左右同時!』


 オレの気配読みに合わせてレイヴェルが避けて剣を振る。この一瞬で三つの屍が生まれた。

 

『上から来るよ!』


 覆い被さるようにして襲いかかってきたのは成体の方だった。剣を振り切った直後の隙を狙ったつもりなんだろう。だけど甘い。


『すぅ……破っ!!』


 剣身から衝撃波を飛ばしてシャドウモンキーを押し返す。そうして生まれた隙にレイヴェルがシャドウモンキーの体を両断する。

 うん、いい感じのコンビネーションだ。まぁコンビネーションというか力技だけど。

 後の二匹は……ってまずい!


『レイヴェル、アイアル達の方に行った!』

「なっ!?」


 気づいた時には木の陰から飛び出し、コメット達に襲いかかろうとするところだった。

 距離的に二匹同時は間に合わない。仕方無い。一か八かにはなるけど――。

 そう思った時だった。


 ヒュッ、という空を裂くような音と共にどこからか矢が飛来する。

 そしてそのままアイアルとコメットちゃんに襲いかかろうとしていたシャドウモンキーのことを貫いた。

 今の矢ってもしかして……。


「ご無事ですか、コメット様」


 聞こえてきたのは男の声と、複数の足音。

 声のした方に目を向けてみると、弓を携えた複数のエルフ達がこっちへとやってきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る