第255話 後悔と反省

〈レイヴェル視点〉


 翌朝。さぁいよいよ森へ入ってグリモアを出発するという段階で俺はクロエに呼び出された。

 連れてこられたのは野営地点から少しだけ離れた場所だった。


「えっと、俺らも片付け手伝わなくていいのか?」

「そっちは大丈夫。コメットちゃんとアイアルにお願いしといたから。そこまで手がかかるような大荷物も無いし大丈夫でしょ」

「それはそうかもしれないけど。いや、そうだな。わかった。それで話ってなんだよ」


 クロエは意味もなくアイアルやコメットに片付けを任せるような奴じゃない。それでもこっちに来たってことは何か大事な話があるってことなんだろう。


「思い当たる節はあるんじゃない? 私に黙ってることあるよね」

「黙ってること……それは」


 もちろん思い当たることはある。コメットのことだ。コメットから頼まれたこと。『想い人の振りをして欲しい』なんてそんな願い。

 ずっとクロエに話そうと思ってたけど、なかなか言い出せずにここまで来てしまった。でもこんな言い方するってことは……気づいてるんだろうな。いや、もしかしたらもう知ってるのかもしれない。それでも聞いてきたってことは俺の口から直接聞きたかったんだろう。

 どのみち言うつもりだったんだ。この先に言う機会があるかどうかわからないし、今のうちにちゃんと話しとくべきだろう。


「その様子だともう知ってるのかもしれないけど実はコメットから頼まれ事をしたんだ。なんでも想い人のふりをして欲しいらしくてな。まぁ俺でいいのかって話なんだけど、クロエの契約者なら信頼できるって言われてな。色々と事情があるらしい」

「…………」

「クロエ?」

「なんで黙ってたの」

「え?」

「それ言われたの結構前だよね。どうして今になるまで……ううん、私から聞くまで言ってくれなかったの」

「それは……言おうとは思ったんだ。だけど……いや、全部言い訳にしかならないな。悪かった」

「ねぇレイヴェル。私が怒ると思ったの? コメットのそのお願いを聞いたら私が怒って、絶対に嫌だって言うと思った?」


 クロエの言葉の中には微かな怒りと悲しみのような感情が入り混じっていた。

 それは違うと否定することはできない。もしかしたら怒るんじゃないかと思ってたのは事実だからだ。でもそれ以上に、俺が言い出せなかったのは俺がクロエのことを強く意識してるからだろう。

 クロエのことが気になってるのに、たとえ振りとはいえそんなことをしていいのかと悩んでいたからだ。でもそれもまた欺瞞でしかない。俺は伝えない理由を全部クロエに押しつけてたんだ。

 クロエがなんだどうだ。そんなの関係無い。本当なら頼まれたその日にでもクロエと相談して決めるべきだった。


「悪い。俺が勝手だった。お前ならこういうかもしれないなんて、勝手に決めつけてた」

「……ホントに反省してる?」

「あぁ」


 俺はクロエに深く頭を下げる。とにかく謝ることしかできない自分が情けない。


「……はぁ。もういいから顔上げて。そんな風に必死に謝られるとなんだか悪いことしてる気になるし」

「いや、悪いのは俺で」

「それはホントにそうだけど。これは私の気持ちの問題だから。ほら、顔上げて」


 クロエに促されて頭を上げる。クロエは少し呆れたような顔はしてたけど、それでももう怒ってる雰囲気ではなかった。


「今度からはちゃんと早めに相談してね」

「あぁわかった。でも……そう言うってことは、今回の頼みは受けていいのか?」

「うん。私もコメットちゃんのことは助けてあげたいし。サテラの子供だっていうならなおさらね。でも、本気になったりしないでね」

「しないって。あくまで振りだけだ。それにコメットはまだ十四歳だろ」

「あははっ、冗談だって。とりあえず話は合わせとかないといけないから、その辺りはコメットちゃんと話しといてね」

「あぁ、わかった。とりあえず今後は何かあったらクロエにも相談する。下手に隠すようなことはしない。約束する」

「うん、今回だけだからね。ねぇレイヴェル」

「どうした? まあ何かあったか?」

「……ううん。なんでもない。ごめん、それじゃ戻ろっか」

「? あぁ」


 現金なもんだ。ずっと黙っていたことを話せたおかげか少しだけ足取りが軽くなる。やぱりさっさと話せば良かったな。

 ――そんな風に浮かれていたからかもしれない。


「本気になってくれても……いいんだけどね」


 後ろで小さく呟かれたクロエの言葉に俺は気づくことができなかった。

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