第254話 神の血を継ぐ者

「そもそもの始まりは、一ヶ月ほど前のことでしたわ」


 そうしてコメットは語り出した。なぜグリモアを出ることになったのかを。その経緯について。


「いつものように過ごしていたら長老に呼び出されましたのです。内容はわたくしの婚姻について」

「婚姻……結婚するってこと? でもコメットちゃってまだ十四歳だよね」

「えぇ。ですがエルフ族の成人は十五歳。その前に婚約者を決めておきたかったのでしょう。わたくしはエルフの中でも特別。ハイエルフの血を継ぐ者ですから」


 ハイエルフ。それは通常のエルフ族とは違う特別な存在だった。

 エルフの中では現人神あらひとがみとも呼ばれ、ハイエルフの血を継ぐ者だけが王位を継ぐことを許されていた。つまり、コメットがハイエルフの血を継ぐ者であるということは王族に連なる者であるという証明でもある。


「クロエ姉様はやはり知っていましたのね。やはりお母様から?」

「うん。さすがにハイエルフだって聞いた時はびっくりしたよ。外に出るエルフ族ってだけでも珍しいのに、その中でもさらに特別なハイエルフだったんだから。でもサテラは王位の継承権は放棄したって言ってたけど」

「えぇ、それは間違いありませんわ。わたくしもハイエルフの血が流れているとはいえ、現王族と直接的な関わりがあるわけではありませんわ。これまでもそうだったように、関わりを持つつもりはありませんでした。ですが、そうも言っていられないことが起きてしまったのですわ。王が……病に倒れたのです」

「え?」

「原因不明の病ですわ。もちろん医師達が賢明に治療していますが、回復の兆しはみられません。医学的観点からだけでなく、呪術なのではないかと疑いもしましたけれどそれらしい痕跡も見つけられず。完全に手詰まりな状態なのですわ」

「それじゃあ王様は……」

「えぇ。このままでは遠からぬ内に御隠れになるのではないかと言われていますわ。ですが問題はそれだけではないのです。今の王に子が居なかったのですわ」


 今の王に子が居れば、もし現王が亡くなったとしてもその子が王位を継ぐだけだろう。しかし居ないとなれば話は別だ。ハイエルフの血を継ぐ者でなければ王位は継承できない。そこで目を付けられたのがコメットだったのだ。


「わたくしは数少ないハイエルフの血を継ぐ者。もしわたくしと婚姻を結び、子を生せれば王位を継がせることも不可能ではありませんわ。そうなればその一族が王族となる。それを狙った長老達が、こぞって己の子を孫をとわたくしの婚約者にしようと目論んでいるのです」

「時代錯誤って言いたいけど、あの長老達だもんね。いかにもやりそうっていうか。常に考えてるのは他の長老達をいかにして出し抜くかってことだし。そのチャンスが目の前に来たならそりゃ飛びつくよね。それが嫌で出てきたの?」

「我が儘なのは百も承知ですわ。ですが、わたくしは……自分の結婚相手は自分で決めたいのです」

「我が儘なんかじゃないよ。サテラがいたらきっと同じことを言ったと思う」


 コメットは大人びているように見えるが、それでもまだ十四歳の子供。いきなり婚約者などと言われても受け入れることはできないのは当然のことだった。


「それでつい言ってしまったのです。わたくしには外の世界に文通している想い人がいると。もちろんそんな方はいませんでしたわ。ですが婚約の話を断るためにはこの嘘を本当にする必要があったのです。ですからグリモアを出て相応しい人を見つけようと」

「でも外の世界に知り合いは居なかったから、数少ない頼りであるサテラの友人である私を探しに来たんだ」

「えぇ、母様の話を聞いて一度は会ってみたいと思ってましたし。ちょうど良い機会かと思いまして。実物は聞いていた以上でしたけれど」

「なんかそう言われるとむず痒いけど。でもそっか。そんな事情があったんだね。大変だったでしょ」

「申し訳ありません。今までずっと黙っていて。話そうとは思っていたんですけれど」

「レイヴェルには話したんでしょ」

「……はい」

「なるほどね。今のでコメットちゃんがレイヴェルに何をお願いしたのかわかっちゃった。なるほどね。確かにレイヴェルなら合ってるかもしれないけど……想い人の役をレイヴェルに頼んだんだ」

「そう……ですわ。クロエ姉様に黙っていて申し訳ありません」

「なるほどねー」


 その時、クロエの胸中に浮かんだ感情は様々だった。コメットの置かれている環境への同情。レイヴェルが黙っていたことに対する怒りと、コメットへの微かな嫉妬。しかし同時にレイヴェルがクロエに対して中々言い出せなかったのは、それだけレイヴェルがクロエのことを気にしてるという証拠でもある。そのことに気づいてクロエは嬉しさも感じていた。

 クロエは考えた。コメットの抱える事情をどう解決するかを。放っておくという選択肢は無い。サテラの娘である以上、見捨てることなどできるはずが無かった。

 しかしレイヴェルへの気持ちを自覚してしまったクロエにとって、コメットがレイヴェルにした提案は到底受け入れがたいものでもあった。


(コメットの想い人をレイヴェルに演じてもらう。演じるだけ、本当にそうなるわけじゃないのはわかってる。だけど……)


 散々悩んだ末にクロエは一つの答えを出した。


「いいよ」

「え?」

「想い人の役をレイヴェルに受けるように私から言ってもいい」

「本当ですの? ですけど、クロエ姉様はレイヴェルさんのことを」

「……気にしないで。ただ一つだけ条件があるの」


 そう言ってクロエは、コメットに条件を提示した。


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