第166話 乱入

 クロエとファーラが戦っている同じ頃、レイヴェルとヴァルガも戦いを繰り広げていた。しかし、その状況はクロエ達の所と同様レイヴェルが一方的に攻める展開になっていた。もしレイヴェルが殺す気ならすでに戦いは終わっていただろう。

 ファーラ同様『獣月鈴』を使って獣としての力を解放してもなお魔剣使いとしての力を振るうレイヴェルには及ばない。

 技術などでは補いきれないほどの圧倒的な力の差がそこにはあった。


「もう止めてくださいヴァルガさん!」


 槍を支えにながら立つヴァルガを前にレイヴェルは必死に訴えかける。これが初めてではない。この戦いの最中、レイヴェルは何度も戦いを止めるように呼び掛けた。しかし、ヴァルガが耳を貸すことはなくこれまで戦い続けてきたのだ。


「なぜ止めろという」

「おかしいじゃないですか。どうしてあんた達と戦わなきゃいけないんですか。あんたはクロエの」

「言っただろう。俺達の願いを叶えるためだと! そのために俺達はあいつの、お前達の敵になることを選んだ。この意志はたとえ死んでも折れない」

「っ……」


 まっすぐなヴァルガの瞳がその意志の強さを示していた。

 言葉での説得は無意味だとレイヴェルは悟らざるを得なかった。

 それと同時に湧いて来るのは怒りの感情だ。


「だから……あんなことをしたんですか」

「あんなこと?」

「俺の力を試した時のことです。クロエに相応しいかどうかを試す。あんたはそう言って俺と剣を交えた。あれもこのことがあったから」

「…………」


 ヴァルガは何も言い返さない。そのことが何よりも如実にヴァルガの思いを語っていた。


「ふざけるなっ!!」


 レイヴェルの怒りに呼応するように力が増幅する。抑えきれない力が周囲にまで影響を与え、地面を罅を入れる。


「あんた達はクロエの気持ちを考えたことがあるのか? あいつが今どんな気持ちでファーラさんと戦ってると思う。それがわからないはずないだろ!」


 クロエとヴァルガ達の付き合いはレイヴェルとクロエ以上に長い。そんな二人がクロエの気持ちを理解していないはずがなかった。

 だからこそ許せない。どんな理由があるにしても、クロエの気持ちを無視していることが。


「……たとえそれでも俺達は止まるわけにはいかない。別にあいつに許してもらおうとは思わない。そんな必要もない。俺達はもう決めた全てを犠牲にしてでも目的を達成してみせると。その犠牲の中には、あいつとの関係も入っている。ただそれだけだ」

「わかった。ならこっちも同じだ。話を聞く気がないなら無理やりにでも話を聞かせる。それだけだ」


 剣を構えるレイヴェルの心に最早迷いはない。

 たとえどんな手段を使ってでも無理やり引きずってでもヴァルガをクロエの前に連れていく。そう決めたのだ。


「ようやく迷いはなくなったか? だが、俺もそう簡単に捕まってやるわけにはいかない。なんとしてもコルヴァを殺して——ッ!?」


 ヴァルガの言葉は途中で遮られた。木々をなぎ倒すようにしてファーラが飛ばされてきたからだ。


「ファーラ!」

「っぅ、まったく昔から怒ったら手がつけられないというか。いつつ、完全に今ので左腕がいっちまったね」

「クロエか……」

「ヴァルガ、あんたもずいぶんボロボロじゃないか。アタシほどじゃないけどね」


 レイヴェル達の前に姿を現したファーラの姿はヴァルガ以上にボロボロで、その傷だからけの体がクロエとファーラの戦いの激しさを物語っている。

 そして、ファーラが飛んできた方向からゆっくりと姿を現したのがクロエだった。


「まだ意識があるんだ。さすがだね」


 ボロボロのファーラに対して、クロエの体には傷一つない。レイヴェルと同じく、いやそれ以上の力の差をクロエはファーラに見せつけたのだ。


「ちょっと容赦なさ過ぎるんじゃないかい?」

「あなたは全力を受け止めてって言った。だから私も全力で受け止めてるだけ」

「受け止めるどころの話じゃないんだけどね」

「大丈夫かファーラ」

「これが大丈夫に見えるならあんたの目は節穴だね。というか、ヴァルガもアタシのこと言えないだろう」

「そうだな」

「まだやる? いいよ。それなら二人が折れるまで戦ってあげる」


 クロエはそう言うと『操人化』の状態を解いてレイヴェルの持つ剣の中へと戻る。

 『操人化』の状態であってもかなりの力を発揮できるが、やはり魔剣としての真価が発揮されるのはレイヴェルと共にある時だ。


『あなた達の抵抗心を、完膚なきまでに、徹底的に破壊してあげる』

「くっ……」

「さすがに洒落になってないねぇ」


 いっそ冷酷なまでに冷たくクロエは宣言する。剣から放たれる覇気にファーラとヴァルガは生物としての本能を刺激され、全身に怖気が走る。


「いいのか?」

『うん。たぶん、話し合うだけじゃわかりあえないこともあるから。だったら力をぶつけ合うだけ。まぁ、私の力はぶつけ合うには過ぎたものかもしれないけどね』

「クロエ……いや、そうだな。俺達はあの人たちを止めないといけない。俺もさすがに怒ったるからな。まずは二人を完全に無力化する!」


 満身創痍のファーラとヴァルガにレイヴェルの攻撃を避ける余裕はない。

 だが、この時レイヴェル達は完全に失念していた。この場にいる敵はファーラとヴァルガだけではないということを。


「その二人を今倒されるのは少々困るな」

「っ!」

『レイヴェル、上!』


 弾かれるように後ろへ跳び、レイヴェルは頭上から降り注いだ無数の針を避ける。


「甘いな。そこだ」

「っ!?」


 しかし、ファーラ達の前に降り立ったフードの人物——ノインはすかさず追撃を仕掛ける。その針はレイヴェルに命中はしなかった。それなのにまるで全身が金縛りにあったかのように動かなくなる。


「な、なんだ。体が……」

『針……まさか、影縫い!』

「気づいたか。その通りだ。魔剣使いであるお前達には大して長くは持たないだろうが、一瞬でも隙ができればそれでいい。後は任せたぞ」

「あぁ、やっぱりこうなっちゃうのか。面倒だな。まぁいいか。すぐに終わらせよ」

「おい、まさか」

『魔剣使い!』


 ノインの後から現れたのは毒々しい色の剣を持つ男……クルトだった。

 そして、クルトの手にした剣からどこか艶のある女性の声が響いた。


『ふぅん。あなたが魔剣使いねぇ。ちょっとは楽しませてくれるといいんだけど』

「楽しむとかそういうのはいいよ。僕は楽に勝ちたいからさ」

『つまらないこと言わないでよ。せっかく魔剣とやれるんだから。私はネヴァン。この情けない面した男はクルトよ。せっかくだから、楽しませてちょうだいね?』


 


 

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