第165話 胸を張って言える?
破砕音と共にとてつもない衝撃が地面を揺らす。
そして、そんな地震かと錯覚しそうになるほどの揺れを起こしているのはクロエだった。
「はぁああああああっっ!!」
「っ!」
技術も何もない、ただ純粋に魔剣としての力を振るうクロエ。その拳に込められているのは余人には計り知れないほどの怒り。
その怒りがクロエの力をさらに増幅し、再現なく力を上昇させていく。満月の夜と同じ効果を発揮するための道具。『獣月鈴』を使って真の姿を取り戻してなお、ファーラは防戦一方になっていた。
獣人族が満月の夜にのみ発揮できる真の力を発揮してなお、クロエの魔剣としての力には遠く及ばない。
確かに今のファーラの力は凄まじい。並大抵の人間ではまともに戦うことすらできずに地を這うことになるだろう。
「がはぁっ!!」
クロエに投げられたファーラの体が激しく木にぶつかる。倒れ伏すファーラと、無傷のまま立つクロエ。それが如実に二人の力の差を示していた。それでもなおファーラは立ち上がる。ファーラの体はすでに傷だらけのボロボロで、立っていられるのが不思議なほどの重症だというのに。
そしてその表情を対照的だった。状況は圧倒的にクロエが有利。もはや趨勢が揺らぐことはないであろうと言い切れるほどに。
それなのに、笑みを浮かべているのはファーラで、苦しそうな顔をしてるのはクロエだった。
「ねぇどうして。どうしてあなたは立つの? わかるでしょ。あなたじゃ私に勝てない。絶対に。あなたほどの戦士ならそれがわからないわけがない」
「ははっ、そうだね。確かに想像以上だよ。あんたの力は。このぶんじゃヴァルガも押されてるかな」
ファーラと比べればヴァルガの方が戦士としては強い。しかし、クロエと繋がるレイヴェルはクロエ以上に強い。ファーラより強い程度のヴァルガでは今のレイヴェルに勝てる道理はなかった。
「甘いよ」
「っ!」
「だったどうしてあんたはアタシに止めを刺さないんだい? アタシはまだこうして立ってるよ」
「それは……」
「あんたが本気でやる気なら、アタシはもう立ててないはずだろ。あんたの力があれば、アタシなんかすぐに殺せるはずだろう」
「本気で言ってるの?」
「こんな状況で嘘なんて言わないよ。クロエ……あんたは確かに強いよ。その力……さすが魔剣だ。アタシなんかじゃ手も足もでない。でも、あんたは戦士として弱すぎる」
ファーラの鋭い瞳がクロエのことを射貫く。その目を見て、クロエは反射的に目を逸らしてしまった。それが何よりもファーラの指摘が正しいことを示していた。
「魔剣に戦士としての強さを求めるってのも変な話だろうけどね。でも、あんたの強さはあくまでレイヴェルのための強さ。本来その力を自分自身で振るうことは想定してないんだろ。少なくとも先輩が直接戦ってる姿なんてアタシは見たことないしね」
「それは……」
ファーラの言う通り、魔剣の力は契約者が振るうことを大前提とされている。クロエが以前戦ったダーヴも最後まで『操人化』することはなかった。クロエが先輩と仰ぐミーファもまた同じだ。
そもそも『操人化』とはあくまで契約者になにかあった時に使う緊急時の手段。クロエのように自ら戦おうとする魔剣はほとんど存在しないと言ってもいい。
「何が理由かは知らないけどね。その歪さにはあんた自身も気付いてるんだろ」
「…………」
クロエは魔剣として強くあればいい。拳闘士としての戦い方を学ぶ必要などない。もちろんクロエにだって主張はある。レイヴェルに負担をかけすぎないため。護身術の一環として。だがそれだけでないことにファーラは気付いていた。もっと深いところに、クロエが己の強さを求める理由があると。
「中途半端なんだあんたは。アタシらを止めたい。でも必要以上に怪我はさせたくない。魔剣としての強さを求めながら自分が戦うための強さを求める。そんな甘っちょろい考えが通用すると思うんじゃないよ!!」
ファーラの強烈な気迫にクロエは気圧される。
「全部を手にすることなんてできないんだよ。得るものがあれば失うものがある。それがこの世の中ってもんだ。今のあんたはあれも欲しいこれも欲しいって駄々こねてるガキと一緒さ。そんな温い考えで、目的のために全てを捨てる覚悟をしたアタシらは止まらないよ」
捨てることで得られる強さがある。捨てなければ得られない強さがある。今のファーラが手にしているのはまさにそんな強さだった。そうして得た強さが今もファーラを自身の力で立たせていた。
「……ファーラの言うことは間違ってないんだろうね。確かに私はファーラからみたら、ううん、他の人が見ても中途半端なのかもしれない。駄々をこねてる子供って言われても仕方ないのかもしれない。でも、私がそれが無駄なことだとも思わない。中途半端でもなんでも、今の私に必要なことだと思うから。第一、さっきから説教くさいこと言ってるけど……ファーラは本当に納得してるの?」
「納得?」
「私はファーラ達の目的を知らない。それでもファーラ達のことは知ってるつもりだから。その目的のために全てを犠牲にして……もし仮に目的と達成できたとして、あなた達は本当に良かったって胸を張れる?」
「……言えるよ」
「嘘。あり得ない」
「はっ、いったい何を根拠にそう言い切れるってんだい」
「根拠ってわけじゃないけど……勘かな?」
ファーラとの戦いの中でクロエは様々なことを考えた。ファーラ達の目的がなんなのか、なぜそこまでの覚悟があるのか。本当に止めるのが正しいのか。一瞬、自分達が間違っているんじゃないかとまで思ったほどだ。
しかしその果てでクロエは根本的な所へたどり着いた。それは、クロエの知るファーラとヴァルガがどういう性格だったかということだ。
「私の知るファーラとヴァルガは、人を殺して願いを叶えたって喜べない。ううん、むしろ苦しむ」
戦士として盗賊達と戦って殺すのとは訳が違う。
自分の目的のためだけにクロエ達を裏切り、コルヴァの命を奪おうと言うのだから。それをファーラとヴァルガが是とできるかと考えた時にクロエが出した答えは否だった。
「ほら、私の勘ってけっこう当たるからさ。これも間違ってないと思うんだけど……どうかな?」
「だとしたらなんだって言うんだい? 今さらアタシらは止まらない。止まるわけにはいかない。それだけは絶対に変わらないんだから」
「そうなんだろうね。でも、それだけわかれば私は十分だよ。私の結論も変わらないから。絶対に二人を止めて見せるから。それから二人が何をしようとしてるか教えてもらうから」
「クロエ……あんたってやつはホントに……」
思わず苦笑するファーラだったが、すぐに表情を引き締める。
「なら受け止めてもらうよ。アタシらの覚悟と意志を!」
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