第273話 ワンダーランドからのご褒美

『破剣技――『破塵鉄閃』!!』


 限界まで練り上げた力を一気に開放する。

 ワンダーランドの支配力すら超える、圧倒的で無慈悲なまでの《破壊》の力。

 これまで意図して抑えてきた力を、クロエは今だけは意識して解き放った。その結果もたらされたのは大破壊。

 ピエロも、キメラも、漆黒の光は何もかもを呑み込みながらワンダーランドの作り出した世界を破壊した。

 世界がガラガラと音を立てて崩壊していく中心にレイヴェル達は居た。

 予想を超えた破壊の力に目を焼かれながら、次にレイヴェルの目に世界が戻って来た時、そこはワンダーランドの作り出した世界ではなく元の場所に立っていた。


「乗り切れたのか……ぐっ!」


 レイヴェルは突然体から力が抜けて崩れ落ちそうになった。すんでの所で『剣化』を解いたクロエがレイヴェルの体を支えたので転ばずに済んだが、それでも自分一人の力では立つことすら難しい状態だった。


「大丈夫レイヴェル!? ごめん、私があの世界を壊すために魔力を吸い過ぎたから」

「いや、大丈夫だ。それにしてもこれが魔力が枯渇するって感覚か。ははっ、なんだかんだで初めてかもしれないな」


 ピエロ達と戦ったことによる消耗もあるが、それ以上にクロエが《破壊》の力を使うためにレイヴェルの魔力を吸ったことが原因だった。

 ワンダーランドの支配力を打ち破るにはそれだけの魔力が必要だったのだ。

 魔剣の作り上げた世界を壊すというのは難しいことだった。


「ごめん、私が迂闊だったせいで」

「謝るなって。むしろあの状態から巻き返せただけでも御の字だ」

「うん、だけど……」

「いやぁ、すごいねぇ二人とも。まさかあの世界を壊されるなんて思ってもみなかったよ」


 パチパチと手を叩く音と一緒に賞賛の声が聞こえてくる。しかしその声は二人にとって不愉快に届いていた。


「ワンダーランド……」


 二人の前に姿を現したのは、ワンダーランドとクランだった。ワンダーランドは魔剣の状態から人の姿へと戻っている。


「そんなに怖い顔しないでよー。ちょっとしたお遊びみたいなものでしょう?」

「こっちはそのお遊びで死にかけてるから冗談じゃ済まないんだけど」

「おー、こわ。せっかくの綺麗な顔もそれじゃ台無しだよ? ほらニコッて笑わないと」


 ワンダーランドのそんな軽口すら今のクロエの神経を逆なでする材料にしかならなかった。一歩間違えればレイヴェルもクロエもここにこうして立って居ることができなかったのかもしれないのだから。


「そんな余裕の態度でいいの」

「どういうこと?」

「そのままの意味だけど。今、私達はあなたの世界に取り込まれた。でも私はその世界を《破壊》した。それが何を意味するかわからないわけじゃないでしょ」

「……そうだねぇ」


 ほんの一瞬、ともすれば見逃してもおかしくはないであろうほどの刹那。ワンダーランドが無表情になったのをクロエは見逃さなかった。

 ワンダーランドの作りだした世界の破壊。それが示すのはすなわち、クロエの力がワンダーランドの力を上回ったという証拠なのだから。


「そんなに余裕ぶってたって、私があなたを超えた事実は消せない」

「そこを言われると痛いなぁ。そうだね。正直な話、まさかあたしの世界を壊されるなんて思ってなかった。正直、今この瞬間も怒りでどうにかなっちゃいそうなくらいには悔しいよ。でも、そっちも限界みたいだねぇ。その様子だと立ってるだけでも精一杯なんじゃない?」

「…………」


 その言葉をクロエは否定できなかった。クロエはともかく、レイヴェルはクロエが肩を貸さなければ立って居ることができない状態だ。

 それに対してクランとワンダーランドはまだまだ余力を残している。まともにやり合える状態とは言えなかった。

 だからこそその次にワンダーランドが言った言葉はクロエにとって予想外だった。


「ま、でも今日はこのくらいにしておこうかな」

「……どういうつもり?」

「どういうつもりも何も、あたし言ったよね。リハーサルだって。ここで決着ってのは面白くないし。せっかくならもっと良い舞台で決着をつけないと」

「ここで騒ぎを大きくするのはお互いにとって得策じゃない。そうでしょ」

「……ふぅ。そうだね。それは間違い無い」

「そうだ。あたしの世界を破壊できたご褒美をあげる。情報っていうご褒美をね」

「情報?」

「クロエ達が探してる人がどこにいるか教えてあげる。ま、今は準備で忙しくしてると思うけど」


 ポンとワンダーランドがクロエに投げ渡したのは一枚の地図と腕輪。そこに印がつけられていた。


「そこがレジスタンスの拠点になってる場所。たぶん今はそこにいると思うよ。そっちの腕輪はレジスタンスの証。持ってたら疑われずに入れるんじゃないかな?」

「どういう風の吹き回し?」

「だから、ご褒美だってば。そんなに疑っても裏なんか何もないよ。だから安心して行くといいよ。信じるか信じないかは二人次第だけど。それじゃあまた。今度は決着つけようね♪」

「あ、ちょっと!」


 一方的に言うだけ言って、現れた時と同じように忽然と姿を消すクランとワンダーランド。


「これ、どう思う?」

「明らかに怪しい。怪しいけど……今の俺達には時間が無いからな。行ってみるのもありだとは思う」

「そうだよね。わかった。それじゃあ行ってみよう」


 そうしてクロエとレイヴェルは、ワンダーランドに渡された地図を頼りにレジスタンスの拠点へと向かうことになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る