第272話 互いを信じて

 まずいまずいまずいまずいっ!!

 クロエは焦っていた。魔剣としての力が使えないというこの状況に。そしてワンダーランドの力を読み違えていた己の迂闊さに。

 なんとかなると思ってた。思ってしまった! 相手の能力もわかってないうちからオレの力があればなんとかできるって慢心してしまった! そのせいでレイヴェルをピンチにしてしまった!

 いくら後悔してもし足りない。いつしかクロエは自分の魔剣としての力を必要以上に過信してしまっていたのだ。

 それはある意味で魔剣らしい慢心とも言えた。魔剣の力を使い続けるうちにクロエは自身の魔剣の力に酔っていたのだ。自分でも気づかぬうちに。

 どうする、どうすればこの状況を打開できる。考えろ。考えろ考えろ考えろ!

 必死に頭を回転させる。だがそうして浮かぶ解決策は全て魔剣の力が使えることを前提としたものだった。

 しっかりしないと。今レイヴェルの役に立てなかったらオレはただの木偶の棒になる! そんなの認めるわけにはいかない!

 

「大丈夫かクロエ!」

『っ、ごめんレイヴェル大丈夫。今なんとかする方法を考えてるからちょっと待って』

「わかった」


 追い詰められている状況であってもレイヴェルはクロエに「できるのか?」という一言は言わなかった。クロエならばなんとかできると信じていたからだ。クロエの魔剣の力ではなく、あくまでクロエ自身を。

 それがわかるからこそ、伝わったからこそクロエは冷静さを取り戻すことができた。

 レイヴェルからの信頼に応える、その一心でクロエは現状を冷静に把握する。

 力……オレの中にある魔剣の力が無くなったわけじゃない。今こうしてる間も力はちゃんと感じるし、レイヴェルとのパスもちゃんと繋がってる。

 前にあったみたいにパスが繋がらなくなったわけじゃない。それなのに力が使えないのは間違い無くワンダーランドの能力。

 ここはもうワンダーランドの能力圏内。もしかして……能力を書き換えられた? 事象の改変? あり得ない。でもそんな能力聞いたことない。でも、ここはもうすでにワンダーランドの世界。彼女の作りだした世界の中だっていうなら、そんなことをされても不思議じゃない。

 今この瞬間、彼女の力はオレの力を上回ってる。この世界に取り込まれた時点でもう向こうの思うつぼだったってわけだ。

 これが他の存在なら、オレで無かったなら詰みだったかもしれない。でもオレは違う。オレは魔剣だ。ワンダーランドと対等な位置に存在する魔剣だ。

 たとえどんな出鱈目な能力だって、やってやれないことはない。


『私がこの世界を破壊する』


 決意を込めてクロエは力を練り上げる。

 一瞬でいい。一瞬だけでもワンダーランドの支配力を上回ることができればこの世界を破壊できる。


『レイヴェル……時間を稼いで』

「任せろ」


 レイヴェルがクロエのことを信じたのと同じように、クロエもまたレイヴェルのことを信じた。レイヴェルなら力を練り上げている間も耐えることができると。

 力強いレイヴェルの言葉に胸が高鳴るのを感じながら、その高鳴りすらも力に変えてクロエは《破壊》の力を練り上げる。

 そうしている間にもクランとワンダーランドが生み出したピエロ達がレイヴェルに襲い来る。

 鉄球、投げナイフ、そしてキメラ。ありとあらゆる手段を使ってじわじわとレイヴェルのことを追い詰めようとしていた。


「っ!」


 投げナイフがレイヴェルの頬を掠める。そこから滲む血と確かに熱をもった頬が投げられているナイフが偽物ではなく本物だということを伝えてくる。しかしナイフにばかり気をとられているわけにもいかない。


「グルオォッッ!!」


 レイヴェルに向かって振り降ろされる強靱な爪。

 後ろに飛び退き、キメラと距離をとったレイヴェルは陥没した地面を見て目を見開く。

 恐るべき一撃。もし喰らえばひとたまりもないことは明白だった。

 そしてそんなキメラを操るのは後ろにいるピエロだ。鞭を叩きつけながらキメラを操っている。それはさながら猛獣使いのようであった。

 しかし脅威はそれだけでは無い。鉄球に乗った玉乗りピエロ。ゴロゴロと重く苦しい鉄の音を響かせながらレイヴェルに襲いかかってくる。

 誰がどう見ても劣勢だった。このままではそう遠くないうちに逃げ道を失うことは誰の目にも明らかだった。

 それでもレイヴェルは絶望も悲観もしていなかった。その手に握る剣――クロエの存在が勇気を与えてくれていたからだ。

 

「クロエに時間を稼いでくれって頼まれたんだ。それくらいできなきゃ情けなさすぎるだろ!」


 不敵に笑ったレイヴェルは地面を蹴って飛び上がり、迫ってくる鉄球の上にいたピエロを蹴り落とす。操者を失った鉄球はそのままナイフを投げていたピエロのもとへと転がっていく。

 だがそれで終わりでは無かった。


「ヒャハハハハハハハハッ!!」

「っ、空中ブランコ!?」


 高速で迫ってくるのは空中ブランコにぶら下がったピエロ。そに手には短剣が握られていた。


「くっ、次から次へと!」


 肉薄してくるピエロを後ろの背をのけぞるようにして躱す。そしてそのまま回転、勢いを利用してピエロを蹴り飛ばした。

 そこでレイヴェルは止まらず、ピエロが落とした短剣を拾い上げ、キメラに向かって直進する。向かってくるレイヴェルを見たキメラはその爪を振り上げ切り裂こうとする。

 

「甘いっ!」


 その攻撃を避けるのは容易だった。だが避けるだけでは埒が明かない。そう判断したレイヴェルは極限まで集中力を高める。

 全てがスローに感じられる世界の中で、レイヴェルは短剣を構える。

 振り降ろされた爪を躱し、その前腕を斬りつける。


「グルァアアアアアアッッ!!??」


 キメラの口から漏れる悲鳴。しかしそれでは止まらない。お返しとばかりに蛇の尻尾がレイヴェルに食らいつこうとしてくる。しかしそれすらも予想していたレイヴェルは短剣で蛇の斬り飛ばし、そのままキメラの横を抜けてキメラを操っていたピエロの元へ向かう。

 

「終わりだ!」


 レイヴェルが投擲した短剣がピエロの肩に突き刺さる。そしてよろめいた隙に蹴りを叩き込んで制圧する。


「はぁはぁはぁ……ふぅ、思った以上に上手くいったな。多少は強くなれてるってことか? って、まだまだ落ち着けそうにはないな」


 軽快な音楽と共に、再びピエロ達が現れる。だが人数は先ほどよりもずっと多かった。もちろんキメラまでいる。


「この数はさすがにキツいな」


 それでもレイヴェルは諦めずに剣を構える。

 その時だった。

 

『お待たせレイヴェル』

「っ、クロエ、間に合ったのか」


 それはずっと待ち望んでいた声。

 凄まじい力が溢れ、黒い光が空間にすら干渉しながら剣身を包む。


『今度こそ合わせてレイヴェル!』

「あぁ、任せろ!」


 剣を振り上げたレイヴェルはそのまま思いっきり振り降ろした。


『破剣技――『破塵鉄閃』!!』


 その瞬間に凄まじい轟音。

 放たれた黒色の光が空間ごとピエロを呑み込み、ワンダーランドの作り出した世界ごと破壊した。

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