第271話 ナイトメアサーカス

『それじゃあリハーサルを始めよっか』


 ワンダーランドの姿が剣から杖へと変化する。


『杖型の魔剣!?』


 その変化を見てクロエは思わず瞠目する。

 今までクロエが出会った魔剣の中にも剣以外の姿をとるものはあった。

 それこそ魔剣という名を冠していながら銃の姿であったり、盾であったりとその形状は様々だ。だが、杖型の魔剣を見たのは初めてだったのだ。


『レイヴェル気をつけて。あの手の特異な形状をとる魔剣って総じて厄介な能力持ってるから』

「そう言われてもな。魔剣なんて全部厄介だと思うんだが」

『それはそうかもしれないけど。とにかく気をつけて!』


 クロエはクランとワンダーランドから目を離すことなく、相手が動けばすぐに対応できるように力を溜める。


『それじゃあ、始めよっかクラン。最高のおもてなしを♪』

「ん。『開演』しよう――『幻夢の曲芸ナイトメアサーカス』」


 クランが杖を高く掲げた瞬間だった。周囲の空間がぐにゃりと歪み、景色が一変する。


『なにここ……サーカス?』

「おいおい。俺達はグリモアにいたはずなんだけどな」

『夢ってわけじゃなさそうだね』


 サーカスの舞台。

 空中ブランコ、綱渡り、火の輪潜りのライオン、玉乗りの玉。様々な物があったが、肝心のクラン達の姿が見えなかった。


『レイヴェル、もしかしたら取り込まれたのかもしれない』

「取り込まれた?」

『ここはたぶんクランとワンダーランドが作りだした空間。この空間ではきっと――』




『レディイイイイイス、エーーーーンド、ジェントルメェエエエエエンッッ!!』




 クロエの声を遮るように声が響く。

 そして一箇所にスポットライトが当たる。そこに居たのは大きく両手を広げたクランだった。


「今宵はわたし達の開くサーカスへようこそ」

『思う存分、楽しんでいってね♪』


 薄暗かった空間が照明に照らされる。その瞬間だった。

 レイヴェル達以外誰も居なかったはずの空間にピエロが出現した。

 ジャグリング、空中ブランコ、綱渡り……至る所で曲芸を披露している。


「なんだこれ。どういう状況だよ」

『たぶん取り込まれたんだと思う』

「取り込まれた?」

『うん。この空間そのものがワンダーランドの能力で作られたもの。だからここはもうワンダーランドの能力内。正直、何が起こっても不思議じゃ無いよ』

「ホントに魔剣ってのは規格外だな」

『今更だけどね』


 軽口をたたき合いながらも、クロエとレイヴェルは周囲の警戒を怠らない。

 ここがすでにワンダーランドの能力で作られた空間だと言うならば、先手をとられたも同義。クロエ達は完全にしてやられた形になる。

 クロエ達から仕掛けようにも、先ほどの宣言の後クランとワンダーランドは姿をくらましている。気配を探ろうにも、ここはすでにワンダーランドの中。気配を探ることすらまともにできない状況だった。


『さぁ、ショーの始まりだよ!』


 どこからともなくワンダーランドの声が響く。それまで勝手に曲芸を披露していたピエロ達が一斉にレイヴェル達の方を向く。

 その光景はあまりに異様で、いっそ不気味ですらあった。


『なにこいつら。全員笑顔っていうのがなおさら気持ち悪いんだけど』

「言っててもしょうがないだろ。来るぞっ!!」


 ピエロの一人がレイヴェル達に向かってナイフを投げてくる。


『サーカスのナイフは人に向かって投げるものじゃないでしょ! 刺さったらどうするの!』

「あいつらに文句言ってもしょうがないと思うけどな」


 高速で飛んで来るナイフを避け、斬って落とす。しかしピエロ達の攻撃はそれでは終わらない。


『レイヴェル、後ろ!』

「鉄球は洒落にならないだろ!」


 巨大な鉄球に玉乗りしたピエロが奥から登場し、凄まじい勢いでレイヴェル達に襲いかかる。直撃すれば死ぬであろうことは明白だった。

 縦横無尽に駆け巡る鉄球が少しずつレイヴェル達の逃げ場を奪う。


「クロエ、このままじゃじり貧だ。あの鉄球壊せるか?」

『あれくらいなら問題ないと思う。合わせて剣を振って!』


 このままでは埒が明かないと判断した二人は鉄球を壊そうと力を溜める。

 そして鉄球が近づいてきたタイミングでレイヴェルが剣を振り降ろす。

 だが――。


『――え?』

「なんだと!?」


 ポン、という間抜けな音と共に剣から放たれたのは紙吹雪。クロエの持つ《破壊》の力では無かった。

 もちろんそんなもので鉄球が破壊できるわけもない。


『レイヴェル避けて!』

「くっ!」


 ギリギリで鉄球を躱すレイヴェル。クロエは何度も《破壊》の力を使おうとするが、その度に紙吹雪や花束などしかでない。どれほど念じても《破壊》の力がその猛威を振るうことは無かった。


『どうなってるの。私はちゃんと使おうとしてるのに!』

『あはははははっ!! ダメだよ、そんな物騒な力を使おうとしちゃ』

『っ!』


 どこからともなく聞こえてくるワンダーランドの声。

 嘲笑に満ちたその声がクロエを苛立たせる。

 今まで切り札にしてきた《破壊》の力が使えない。

 そんな絶望的な状況の二人をあざ笑うかのように、次の仕掛けが動く。


「グルォオオオオオッッ!!」


 巨大な咆哮と共に現れたのは、一匹の魔獣。

 ライオンの頭に蛇の尻尾、そのたてがみは炎を纏い、背には翼が生えているキメラ。

 クロエとレイヴェルが見たこともない魔獣が姿を現したのだ。


『ここは楽しいサーカス劇場なんだからさぁ。ちゃんと楽しまないとね♪』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る