第68話 それぞれの戦い

「はぁああああああっっ!!」


 シエラと合体したラミィは先陣を切ってクロエとディエドの戦いの中に突っ込んでいく。


「「っ!」」


 突如として割り込んできた第三者にクロエもディエドも僅かに反応が遅れる。

 それを隙と見たラミィは無理やり二人の間に割って入り、クロエとディエドを引き離す。


「今よレイヴェル!」

「あぁ、任せろ!」


 ラミィの相手はあくまでディエド。そしてレイヴェルがクロエを正気に戻すまでの時間稼ぎをすることだ。

 後ろ髪を引かれるような思いをしながら、ラミィはクロエに背を向けてディエドと向かい合う。


「悪いけど、もう一回私達に付き合ってもらうわよ」

「ちっ、またお前らかよ。せっかく楽しんでたのによぉ」

『しつこい女は嫌われちゃうよぉ』


 全身ボロボロに傷だらけ。だというのにディエドは闘争心を満たされていることに歓喜していた。しかし、それをラミィに邪魔されたことに心底腹を立てていた。


「それは良かったわ。あなた達に好かれたいとは思わないもの」

「テメェらにはもう飽きた。今度はどんな小細工するのか知らねぇが、死にたくなけりゃさっさと失せろ。お前らに使ってる時間も勿体ねぇんだよ。今やっと心底楽しめてんだ」

『ちょっと姿が変わったからってさぁ、調子に乗ってちゃダメだよぉ?』

「調子に乗ってるかどうか……その身で知るといいわ!」

「なっ!?」


 ディエドの目の前からラミィの姿が消える。

 そして次の瞬間、胸ぐらを掴まれたディエドは地面に叩きつけられそのまま引きずられてから投げ飛ばされ地面を転がる。


「ぐはっ!」

『驚いた。今のすっごく速かったよ』

「ゲホゲホッ……俺が投げ飛ばされた後に出てくる最初の感想がそれかよ」

『だってビックリしたんだもん。ダーちゃんも一瞬反応が遅れちゃった』

「あぁ……完全に気ぃ抜いてた。あぁそうか。あれなんだ? どっからあんな力湧いてやがる」

『うーん……あの感じ……さっきの竜と合体したのかも。体は一つなのに二つの魂が見える』

「合体だぁ? なんだそりゃ。そんなことまでできんのかよ。でもいいなぁ、そういう面白いのは大歓迎だぁ」


 ニヤリと笑い起き上がるディエド。地面を引きずられたことによるダメージはすでに回復していた。


「今の私はシエラの速さと力を手に入れた。そしてそこに私の力も加わる。単純な加算じゃなく乗算。舐めてたら殺すわよ」

「いいなぁ……面白れぇ。潰しても潰しても潰れねぇ……好きだぜそういうの。やるぞダーヴ。あいつら……今度こそバラバラにしてやろうぜ」

『了解♪ どんな力も、魔剣の前には無力だって刻み込んであげないとねぇ』


 ディエドの持つ剣が紫紺の輝きを纏う。

 それは死をもたらす呪いの光だ。


「クロエ……私に勇気を、力をちょうだい」


 その威圧感に呑まれまいとラミィは心の中でクロエに語り掛ける。


「信じるわよレイヴェル——『竜装:氷爪刃』!!」


 ラミィの爪が鋭く伸びる。それは鉄をも切り裂く竜の爪の再現だ。そしてそこにラミィの得意とする氷の魔法を付与していた。

 『竜装』。それこそがラミィとシエラの……人と竜の絆が生み出す最強の武器だ。


「それが俺らに対抗する武器か? でもなぁ、どんな武器だろうと魔剣には及ばねぇ。それがこの世界の真理だ。わかってんだろ?」

「知ってるわ。魔剣はこの世界の……いいえ、世界の外側からもたらされた最強の剣。だから勝てない。でも……私の力が魔剣に及ばないことと、私が魔剣使いに勝てないことは別の話よ。私は……いいえ、私達はあなたに勝利してみせる!」

「言うじゃねぇか。おい舐められてるぞダーヴ」

『ほんとにねぇ……人と竜ごときが私に勝てるとかさぁ……舐めてんじゃないの?』

「おい素がでてんぞ」

『おっと。いけないいけない♪ ダーちゃん、ダーちゃん。いいよぉ、身の程知らずに教えてあげようかな。魔剣の……ディエドとダーちゃんの本当の恐ろしさをさぁ♪』


 ふざけるように言うダーヴだが、その言葉に宿る殺意は本物だった。

 ラミィの生み出す氷よりも冷たい殺意の波動がその身を襲う。

 ブルっと小さく身を震わせるラミィ。怖くなどない。そう自身に言い聞かせるように深呼吸するラミィ。


「大丈夫よシエラ。私はやってみせる」

「ダーヴがやる気になったからなぁ。遊んでやるよ……壊れんなよ?」

「っ! はぁああああああっ!!」


 そして、ラミィとディエドはぶつかった。






□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 ラミィとディエドが戦っているちょうどその頃。

 レイヴェルもまたクロエと対峙していた。


「クロエ……」

「ふー……ふー……」


 レイヴェルがその名を呼んでもクロエは全く反応しなかった。

 いや、それどころかその瞳にレイヴェルの姿を映してすらいなかった。


「壊さないと……壊さないと……あいつをあいつらを……壊す……壊す壊す壊すぅ!!」

「落ち着けクロエ!! 俺の声が聞こえないのか! あぁくそ! やっぱ聞こえてねぇのかよ」


 レイヴェルの存在など歯牙にかけるまでもないと言わんばかりにその目が見据えるのはディエドとダーヴのことだけを見据えていた。


「そうかいそうかい。俺には興味ありませーんってか。こっちはただでさえ立ってるのもしんどいくらいだってのに。少しくらい返事してくれていいだろうが」


 だがしかし、これが正しい距離なのかもしれないとレイヴェルは思った。

 クロエは魔剣。王でさえ頭を垂れるような存在だ。対する俺は実力の足りない冒険者。

 本来ならクロエの目に留まる資格すらなかったはずだ。

 

「実力の足りない冒険者……か。いや、違う。そんな考えはもう捨てろ。俺の実力が足りないことを言い訳にするな。クロエは俺を選んだ。俺はクロエの手をとった。それが全てだ。だから……今さらそっちの都合で無視なんてさせねぇぞ!」

「あぁ……アァアアアアアッッ!!」

「ぐぅっ!!」


 クロエの放つ破壊の波動がレイヴェルのことを襲う。

 直接当たったわけではない。それでもレイヴェルは立っているだけでやっとで、暴風のように荒れ狂う力は近づくことすら許されない。


「くそ……せっかくラミィが塞いでくれた傷口がまた開くぞ……」


 グッと足に力を込めてクロエに近づく。

 一歩、また一歩と確実に近づこうとする中でレイヴェルはとあることに気づいた。


「俺を……避けてる?」


 最初は無作為に飛ばしているだけかと思っていたクロエの破壊の波動だったが、その波動が不自然にレイヴェルを避けているということに。

 もし本当に無作為に放っているだけだったらレイヴェルはとっくに昔に立っていることすらできなくなっていただろう。

 現に、レイヴェルの立っている周辺の大地は破壊の波動によって抉り取られているのだから。

 それが指し示すのはつまり、クロエが無意識の領域でレイヴェルを傷つけることを避けているということだ。


「ホントに……優しい奴だよお前は」


 そこに一筋の光を見出したレイヴェルは、一気にクロエとの距離を詰める。

 そしてさすがのクロエも近づいて来るレイヴェルの存在をようやく見とがめた。


「正気に戻ってもらうぞクロエ!」

「邪魔を……するなぁ!!」


 破壊の力を纏った拳をレイヴェルに向かって振るうクロエ。しかし、その動きが僅かに鈍くなっていることをレイヴェルは見逃さなかった。


「そんな温い拳に当たるかよ!」


 レイヴェルとクロエならばレイヴェルの方が技術は上だ。クロエは確かに力を持っているかもしれない。しかし、躊躇いを滲ませて振われた拳に当たるほどレイヴェルは愚かではない。

 攻撃を躱されたことで隙を晒したクロエにレイヴェルは一気に肉薄し、その腕を掴む。


「掴まえたぞクロエ」

「っ! 離せ!」

「離すかバカ! 離して欲しけりゃ正気に戻りやがれ!」

「あぁあああああっっ!」

「ぐっ……」


 クロエの破壊の力は拳に集中している。

 だからこそその腕を押さえてしまえばクロエは力を振るうことはできない。

 だだが、暴れるクロエを止め続けるのは簡単じゃない。

 ラミィによって塞がれていた傷口から血が噴き出す。その尋常ではない痛みにレイヴェルは思わず顔を顰めた。


「やっばいな。こっからどうするか何も考えてなかった」


 まずは近づくこと。それだけを考えていたレイヴェルは近づいた後に具体的にどうやってクロエを正気に戻すかを考えていなかった。


「このままじゃ出血でぶっ倒れる。そうなったら今度こそ終わりだ。おいクロエ! いい加減俺の話を聞きやがれ!」

「黙れ……黙れ黙れぇ! 私はあいつらを壊す、壊すんだ!」

「壊す壊すって、お前はそんなんじゃないだろ! 思い出せ、本当のお前を! 俺はここにいる! ラミィ、シエラも! お前のために戦ってる! 戻ってこいクロエ!」

「っ! あぁ……ぁあああああっっ!!」

「ぐぁっ!」


 レイヴェルの拘束が緩んだ僅かな隙にクロエが暴れ、レイヴェルの拘束を振り切る。


「くそ……まだだ。まだ諦めてたまるか。俺はお前を取り戻す……絶対にだ!」


 そしてその次の瞬間、レイヴェルの想いに呼応するかのように右手の契約紋が光輝き、二人の姿を飲み込んだ。

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