第67話 竜魂同一

〈レイヴェル視点〉


 体の感覚が戻って来る。

 それと同時に、体中に熱が走った。


「っ……ぅ……」


 全身が燃えるように熱い。

 痛いを通り越して熱い。

 でもそれでいい。この熱さが……痛みが、俺が生きてる何よりの証明だ。

 この痛みで意識が保てる。

 グッと全身に力を込めて体を起こす。

 痛みは無視できるけど……でも、重い。

 まるで自分の体じゃないみたいに、泥の中を動き回ってるみたいに。

 体の自由が全くきかない。


「この……動きやがれ……」

「っ! レイヴェル! あんた起きたの!?」

「なんとか……な……」


 目を開けて視界に入ったのは、ラミィが心配そうに俺をのぞき込む姿。

 そんな場合じゃないのはわかってるけど、ラミィが俺のことをそんな風に見てくると思ってなかったからちょっと意外だ。


「何笑ってんのよ。起きちゃダメ。剣は抜けてるけど、出血が半端じゃないんだから。それに——っぅ!」

「っ!」


 衝撃波が襲って来る。

 クロエとディエドの戦いの余波だ。だというのに、その余波ですら俺にとっては半端威力じゃない。

 霞みそうになる視界で、目の前の戦いを見つめる。

 クロエとディエドの戦いを。


「あぁああああああっっ!!」

「あはははははははっっ!!」


 雄叫びを上げながら殴りかかるクロエと、狂った笑みを浮かべながらそれを迎え撃つディエド。

 あれは、人の踏み入れる領域の戦いじゃない。人を……人智を超えた者同士の戦いだ。

 でも、俺はあそこに行かないといけない。


「っ、くぅ……はぁ……はぁ……」

「ちょ、ちょっとあんた何立とうとしてるのよ!」

「行かなきゃ……いけないんだ。あそこに……」

「あそこって、クロエの? 無茶よ! そんな怪我で、いつ死んでもおかしくないのに!」

「俺が行かなきゃダメなんだよ!」


 立ち上がる。体のことなんてどうでもいい。この意志さえあれば、俺はまだ立てる。動ける。あいつの所に行けるんだ。


「クロエを見てわからないの!? 今のクロエに言葉が届くと思う? 私は何度も叫んだ。何度もその名を呼んだ! でも……無理だった。私の言葉は……あの子に届かなかった」

「…………」


 悔しそうに俯くラミィ。俺が気絶してる間にもきっとラミィは必死にクロエを止めようとしたんだろう。

 ラミィとクロエの付き合いは俺と比にならないくらい長い。だからこそ、その悔しさは俺に推し量れるものじゃない。

 でもそれが俺の諦める理由にはならない。


「言葉で届かないなら……直接伝えに行くだけだ」

「そんな体であそこに行こうっていうの?」

「あぁ。行く。行ってみせる」

「無理よ! 死ぬわよ!」

「死なねぇよ。俺は絶対に死なねぇ。あいつの所に行って、こっちに連れ戻して。そんでディエドをぶっ飛ばす。それで終わりだ」

「血が出すぎて頭おかしくなったの? そんな理想論……ううん、理想論とも呼べない馬鹿な考え。そもそも今のあんたじゃあそこに行くことだってできない!」

「できる。今の俺は……一人じゃない」


 今確かに感じることができる。セフィが授けてくれた竜の存在を。

 こいつは今、確かに俺の中にいる。


「っ! あんた……その眼……」

「?」

「左眼が赤く……それにその模様。もしかして……あんた竜を授かったの!?」

「お、おう……たぶんそういうことになると……思う」

「どうしてあんたが……ううん、そんなことどうでもいい。あんたが竜の力を授かったなら万が一の可能性はある。でも……」

「俺はやるぞ。お前がなんて言ってもだ。クロエを止める。俺はあいつの相棒だ」

「バカ……心底バカ。本当に馬鹿なのねあんた」

「うっせ」

「でも……そういうバカは嫌いじゃないわ。私も手伝う」

「そりゃ助かる。俺一人じゃ正面から突っ込むくらいしか作戦思いつかなかったからな」

「少しは頭使いなさい。その前に……一時的にだけど、血を止めるわ。冷たいけど我慢しなさい」


 ラミィが俺の体に手を翳すと、俺の傷が塞がる……いや、凍っていく。


「塞がったわけじゃないわ。凍らせて一時的に血を止めただけ」

「そりゃちょうどいい。体中が熱くて困ってたとこだ」

「黙ってなさいバカ。作戦を伝えるわ。単純な作戦よ」

「おう」

「私が真正面から突っ込んでディエドを止めるから、その間にあんたがクロエをなんとかしなさい」

「……は?」

「だから、私が正面から」

「いやいや! そういうことじゃなくて! それじゃ俺の作戦と……っぅ」

「はしゃぐなバカ。喋るなバカ。死ぬぞバカ」

「バカバカ言い過ぎだろ……」

「私の言う正面からと、あんたの言う正面からじゃ雲泥の差があるの。チャンスは一度。あんたに授けられた竜はまだ覚醒しきってない。使える力は限られてる。死にたくなかったらちゃんと覚えてなさい」

「……わかった」


 俺に授けられた竜がどんな力を持ってるのか。それは俺にもわからない。

 でも竜に関してはラミィの方がずっと詳しいわけだし、忠告は素直に聞いておくべきだろう。セフィも同じようなこと言ってたし。


「あんたが覚悟を見せたなら私も覚悟を見せる。あの子は私の一番の友達だもの。私だってこんなの嫌。だから、やってみせる。私の……私達の力で、あの子を助ける。それでしょ、シエラ」

「ル……オォ……」


 ラミィの呼びかけに答えるみたいに、気を失っていたシエラがゆっくりと体を起こす。


「やってやりましょうシエラ。私達の本気を……」

「ル、アァアアアアアッッ!!」


 シエラが高らかに吠え、その純白の体が発光し始める。


「“人の魂、竜の魂。二つの魂交わりし時、私は世界を変革する力を得る。さぁ時は満ちた、想像せよ、創造せよ!”——『竜魂合一』!!」

「っ!」


 シエラが竜の姿を失い、白い球体となってラミィの体と合体する。


「できれば使いたくなかった。慣れてないから、あんまり……長い時間、この姿保てないし、安定しないし……なによりシエラへの負担が大きいから。本当に奥の手なんだけど。そんな我儘言ってる場合でもないしね」

「ぁ……」


 ラミィの姿が劇的に変化していた。水色だった髪はシエラの体の色と同じ白髪に。

 そしてその澄んだ碧眼は赤き竜の瞳になっていた。そして何よりもその体だ。その背から生える巨大な翼。

 まさに、ラミィとシエラの姿を足して二つで割ったかのような姿だ。


「っ……相変わらず馬鹿らしい魔力……制御しきれない。でも、これならいける。レイヴェル、準備はいい?」

「あぁ!」


 体の状態が良いわけじゃない。でもまだ動く。

 動くなら走れる。

 走れるなら……クロエのもとまで行ける!


「上々、ついて来なさい!」


 そして、ラミィが走り出した後に続いて俺も走りだした。

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