第82話 見つめる先で

「んむー……」


 早朝。まだ日も昇り切っていない頃。

 オレはこっそりとレイヴェルの後をつけていた。

 理由は単純。レイヴェルとライアの訓練を見るためだ。

 昨日の夜レイヴェルから言われたんだ。

 明日の朝にライアと訓練しに行くって。

 もちろんオレは反対した。それはもう大反対した。だってあんないけ好かない女がレイヴェルと一緒に訓練するなんて認められるはずがない。

 はいどうぞ、なんて言えるもんか。

 でもレイヴェルもなかなか引いてくれなくて、言い合いを続けるオレ達を見かねたマリアさんが仲裁に入ってくれたんだ。

 それで結局レイヴェルとライアの訓練を認めるしかなくなったわけなんだけど……。

 でももちろんオレがただで引くはずが無い。

 レイヴェルは一人で行くって言ってたし、ついてこないで欲しいって言ってたけど。でも、二人っきりで訓練なんてさせるもんか。

 もし何かあったらすぐに飛び出せるようにこうしてこっそり後をつけてるんだ。


「でも……」


 先を走ってるレイヴェルがオレに気付く様子はない。

 なんていうか……ちょっと嬉しそうって感じだ。

 オレと会う前、あのライアから剣を教えてもらってたって言うのは聞いたけど。

 つまりレイヴェルにとってはイグニドさんに続くもう一人の師匠って感じなわけなんだろうけど。

 うーん、なんかやっぱり複雑だ。オレが剣を教えれたらこんなことで悩まなくてもいいのに。

 でもできない。オレはあくまで剣でしかない。剣でしかないオレが契約者の剣を歪めてはいけない。あくまでオレが契約者の剣に合わせる形じゃないとダメなんだ。

 ……まぁ、《破壊》なんて常識外の力を使わせてる時点で今さらな気もするけど。

 あくまでオレの気持ちの問題だ。レイヴェルにはレイヴェルの剣を極めて欲しいっていうな。

 その剣を教えてるのがあの女だと思うとちょっとムカつくけど。

 そんなことを考えてる間に、レイヴェルが開けた場所にたどり着いた。

 その視界の先にいるのは……ライアだ。


「あ……」


 視界の先で剣を振るライア。その姿に、オレは思わず目を奪われた。

 剣を振る姿がこれほど絵になるなんて思いもしなかった。

 ただ闇雲に剣を振ってるわけじゃない。その姿を見れば素人でもわかる。あれは誰かを想定して戦ってる。でもただ戦ってるわけでもない。舞うように、踊るように、剣を振っているんだ。


「あれが……」

「そう。あれが【剣聖姫】」

「っ!?」

「しっ。静かにして。大きな声だしたら見つかる」

「あ、あなた達は……」


 オレの目の前にいたのはラオさんとリオさんだった。

 どっちがどっちかは……うん、悪いけどわからない。


「リオだよ」

「ラオ」

「いや、その、名前はわかるんですけど……」

「あ、なるほど。どっちがどっちかわからないって感じか。それならねー、これで覚えるといいよ。この綺麗な赤毛を右側で髪を結んでるのがリオ」

「左側で結んでるのがラオ」

「あ、なるほど。それはわかりやすいですね……じゃなくて! リオさんもラオさんもどうしてここに」

「いやー、リーダーがレイ君と剣の訓練するって聞いてさ。ついてくるなとは言われたんだけど」

「そんなこと言われたら気になるのが人の常」

「なるほど。だから後をつけてきたと……」

「うん♪ でもそしたらさ、レイ君の後ろから女の子がついてくれるじゃない。これは昨日のあの子だって思ってさ。こうして回りこんで来たのさ」

「あなたも目的は同じ?」

「えっと……まぁ、はい」

「そっかそっかぁ。魔剣ちゃんとしては気になるところかぁ」

「無理もない」

「いえ、その、気になるというかなんというか……」

「誤魔化さなくていいって。好きな人が女の人と……しかも目が飛び出るような美人と二人っきりなんて」

「ぶっ!? す、好きって何言ってるんですか!」

「……声が大きい」

「あ、ご、ごめんなさい……で、でも急に変なこと言うから。その……私がレイヴェルのこと好きとか」

「あれ、違うの?」

「違います! 私はあくまでレイヴェルと契約した魔剣ってだけで。別に好きとかそんな感情があるわけじゃありません」

「嘘だね」

「誤魔化してる」

「嘘じゃないですから!」

「うーん、まぁそういうことにしてあげてもいいけど。自分の気持ちにくらい素直になっていいと思うけどね」

「後で後悔することになる」

「…………」


 オレは何も誤魔化してなんかない。

 ラオさんもリオさんも何か勘違いしてるみたいだけど、オレとレイヴェルは相棒。それ以外の何者でもないし、それ以上なんて望まない。


「あ、始まるみたいだよ」

「え? ——っぅ!?」


 全身を突きつける圧倒的な気。

 それは思わず腰を抜かしてしまいそうになるほどのもので。

 その発生源はライアだ。


「相変わらずすさまじい剣気」

「慣れてないときついよねーこれ。慣れてもきついけどさ」

「本当に……人が放つ気ですかこれ」

「リーダーは人だよ。ちょっと特別だけどね」

「特別?」

「ううん。なんでもない。それよりほら、ちゃんと見届けてあげないと。レイ君の雄姿をさ」


 リオさんに言われてオレはレイヴェルの方へ目を向ける。

 そこで行われていたのは、あまりにも一方的な蹂躙だった。レイヴェルがどんなに全て受け止められる。

 そう、躱されることすらなく受け止められるんだ。それはつまり、レイヴェルの攻撃なんて躱す必要がないってことで、実際にそれだけの実力差が二人の間にはあった。

 まさしく大人と子供だ。


「っぅ!」

「ストップストォオオップ!」

「どこに行こうとしてるの?」

「どこって、あんなの酷すぎます。止めないと」


 あんなの訓練なんかじゃない。あのままじゃレイヴェルの体が壊れる。


「それはダメかな」

「どうして……」

「見ればわかる」


 ラオさんに言われて改めて見る。

 でも広がる光景に変化はない。レイヴェルが一方的に叩きのめされている。


「あ……」

「気づいた?」


 叩きのめされるレイヴェルの目は、光りを失っていなかった。それどころか、立ち上がるたびにその不屈の光は強くなっていく。

 力の差がわかってないわけじゃない。届かないこともきっとわかってる。それでもレイヴェルはライアのいる頂へと手を伸ばすことを止めていなかった。


「あぁいう姿見ちゃうと応援したくなるよねぇ」

「…………」


 そんなの言われなくれもわかってる。

 頑張ってるレイヴェルをオレだけのエゴで止めることなんてできない。

 悔しいけど……レイヴェルが伸びるためにあの人は必要なんだろう。そんなの認めたくないけどな!



「怖い顔してる」

「あ、ホントだぁ。ダメだよぉせっかくの可愛い顔が台無し」

「う、うるさいですよ!」


 レイヴェルはそれからも何度もライアに挑み続けた。

 どんなに倒されても、どんなにボコボコにされても、決して諦めることなく。

 そして——。


「レイヴェルっ!」

「限界だね」

「よく持ったほう」


 ライアに吹き飛ばされ、木に激しくぶつかったレイヴェルはそのまま動かなくなった。

 たぶん完全に気を失ったんだと思う。

 オレが思わず駆け寄ると、ライアはこちらには目を向けずに言ってきた。


「こそこそと覗き見するのがお前の趣味か」

「っ……」


 この言い方。たぶんオレ達が見てたことになんてとっくの昔に気付いてたんだろう。

 だからって覗き見が趣味だなんて言われるのは心外だけど。


「ここまでしなくてもいいじゃないですか!」


 近くによって見て見れば、レイヴェルは大きな怪我こそしてないけどボロボロになってた。訓練でここまでする必要があるのかってくらいだ。


「それを決めるのはお前ではなく私だ。口を出されるいわれはない」

「この——」

「レイヴェルが持っていたのは木剣だった」

「え?」

「魔剣は己以外の武具を使われることを忌避する。お前もまたそうだったんだろう」


 確かにそうだ。

 これは魔剣の性質というか、自分以外の武器が使われることが不愉快で仕方ない。

 だから正直さっきもレイヴェルが木剣使ってることに少しだけムカついてたけど。

 それがなんだって言うんだ。


「剣士にとって剣とは己の半身。命を預ける存在。ゆえに私はいついかなる時も、鍛練の時でもこれ以外の剣を使わない。そうでなければ剣を使いこなすことなどできないからだ。剣とはそういうものだ」

「…………」


 なんとなくわかった。この人が何を言いたいのか。何を伝えようとしてたのか。


「魔剣であるお前に言っても無駄かもしれないがな。レイヴェルは気絶してるだけだ。そのうち目を覚ます」

「あ……」


 勝手に言い切ると、ライアはオレの返事も聞かずに。いや、オレとこれ以上話すことなんてないと言わんばかりの態度で離れてく。


「リオ、ラオ、私は来るなと言ったはずだが」

「いやー、ちょっと気になっちゃって」

「興味があった」

「……まぁいい。行くぞ」

「はーい……あ、クロエちゃん、また後でねー」

「ギルドで」


 結局、ライアは最後までオレと合わせようともしなかった。

 やっぱりあいつとは合う気がしない。すっごいムカつく。


「……己の半身、か」


 それからオレは気を失ったレイヴェルを介抱しつつ、目を覚ますまでずっとライアの言葉の意味を頭の中でずっと反芻し続けた。

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