第81話 ライアとの鍛練
〈レイヴェル視点〉
早朝。まだ日も昇り切っていない頃。
俺は木剣を腰に提げて走っていた。向かうのはイージアの外。
って言っても、そんなに離れた場所に行くわけじゃない。イージアの外に少し開けた場所があって、そこが俺の……いや、俺達の修行の場所だったから。
「…………」
俺がまだ冒険者になる前の頃。俺はイグニドさんから冒険者としての心構えや知識を教えてもらう傍らで、ライアさんから剣を教わっていた。
冒険者として憧れの存在だったライアさんに剣を教わることができるってことで、当時の俺はこの上なく喜びまくってたっけ。でも、その喜びもすぐに現実という壁に打ち砕かれた。
教えてもらえばもらうほどに、どうしようもなくライアさんと俺のとの才能の差を痛感してしまった。
そして、あの日——。
『レイヴェル、お前には才能が無い。剣の才能も、魔法の才能も、そして……冒険者としての才能も』
無情に告げられたその言葉は、俺の心に深く、深く突き刺さった。
否定したくてもできるはずがない。その言葉はどうしようもなく真実だったから。
ライアさんが数時間で覚えてしまうようなことですら、何日も何日も反復して練習しなければ覚えれなかった。
魔法にいたってはどれほど練習しても初級魔法すらまともに発動できなかったくらいだ。
それから少しして、ライアさんはラオさん、リオさんの二人と一緒にイージアを出て行った。それが約一年前の出来事。
それからなんとか試験をクリアしてようやく俺は冒険者になることができた。
あの時に告げられた言葉は、それからライアさんだけじゃなく他の人にも言われることになった。
結局のところ、ライアさんの言葉はどうしようもなく真実だったってことだ。
そして未だに俺は才能の無い冒険者のままだ。
クロエがいないと何もできない。
……いや、弱音を吐いてる場合じゃない。クロエとも約束した。
俺は最強の冒険者になってみせる。それはつまり、ライアさんも超えるってことだ。
その思いだけは変わらない。
「急いで行かないと。さすがにライアさんを待たせるわけには——あ」
いつもライアさんと訓練してた場所。
そこにたどり着いた俺は、思わず驚きに目を見開いた。
「すぅ——っ」
木々に囲まれた空間の中、薄紫の髪をたなびかせながら剣を振るうライアさんの姿。
それはあまりにも芸術的な姿だった。
剣舞。思わずそんな言葉を思い浮かべた。
剣を振ることも極めれば舞い踊ってるように見える。
舞として剣を振ることはある。しかしそれは舞をさらに美しく見せるために剣を振るうのだ。
でも、ライアさんは違う。剣を振るう姿そのものが美しいのだ。その結果が舞のように見えてる。俺が同じように剣を振っても、こうは見えないだろう。
俺は思わずその姿に見惚れてしまっていた。
「……ようやく来たか」
「あ……す、すいません遅くなりました」
やばい。思わずボーっと眺めてた。
本当ならさっさと声を掛けないといけなかったってのに。いやでも集中して剣を振ってる邪魔をするわけにもいかないしな……。
「……私が勝手に早く来ただけだ。お前は気にしなくていい。それよりも、ここに来たと言うことはわかってるんだろう?」
「はい」
俺とライアさんがすることなんて決まってる。
持ってきた木剣を構えると、ライアさんがスッとその目を細めた。
「木剣? 剣はどうした」
「え、それは……」
俺の持ってた剣は軒並み全部クロエに破壊されてる。
だからなんとか隠し持ってる木剣だけ残ってるわけなんだが。
「私が昔教えたことも忘れたのか?」
「いえ、そんなわけありません! ちゃんと覚えてます」
剣士にとって剣とは己の半身。常に持っておかなければいけない、練習であろうと振るうのは真剣。そうしなければ剣身一体にはなれないのだと。
「ならなぜ木剣を持つ。戦う時にその木剣を使うのか? 違うだろう」
「それは確かに……違いますけど」
「……なるほど。あの魔剣が原因か」
「っ!」
「魔剣は己以外の剣を使われることを蛇蝎の如く嫌うという。あの魔剣も多分に漏れずということか。ふん、これだから魔剣というものは」
「ライアさん……」
「今日のところはその木剣で我慢してやろう。さぁレイヴェル。お前の力を見せてみろ」
「っぅ……!」
ライアさんの体から放たれる凄まじい気。
それだけで思わず膝をついてしまいそうになるくらいだ。
本気。いつだってそうだ。ライアさんは以前の修行中も一度だって手を抜いたことはなかった。
久しぶりに浴びるこの気。全身から汗が吹き出しそうになる。足も手も震えそうになる。
前回まではそうだった。足を震わせて、萎縮して、まともに剣を振ることすらできていなかった。
でも……。
「ふっ!」
竦みそうになる体に活を入れる。
震えそうになる手も足も、全部気力で抑え込む。
そうだ。この程度で怯んでなんかいられない。俺はこの人を超えなきゃいけないんだ。
「……なるほど。多少はマシになったか」
「いつまでも情けないままではいられませんから」
「言葉ではなんとでも言える。力で示して見ろ。お前の意思を!」
ライアさんはそう言って大きく剣を振るう。
かなり長い剣……確か、刀って言ってたはずだ。凄まじい切れ味を誇る東国の剣。
生半可な力しか持たない人が振ると逆に振り回されることになるって、ライアさん言ってたな。
一回持たせてもらったこともあるけど、かなりの重さだった。少なくとも俺が振ろうと思ったら両手じゃないととても振れない。
でもそんな長刀をライアさんはまるで重さなんて感じてないみたいに軽々と振ってる。
正直、どんな膂力だよってツッコミたいくらいだ。
「くぅっ!」
襲い来る剣圧に吹き飛ばされないようにするので精一杯だ。
でも……。
「うぉおおおおおおっっ!!」
剣圧を乗り越えて木剣を振るう。
俺の木剣とライアさんの長刀がぶつかり合い、甲高い音を鳴らす。
重い。それに速い。ぶつかった衝撃が俺の腕に直に伝わって来る。前までならこの初撃であっけなく吹き飛ばされてた。
でも今は違う。俺だってあれから色んな経験をしてきたんだ。
前よりも強くなってるってことを……証明してみせる!
「っぁあああああっっ!!」
全力でライアさんの長刀を押し返す。
押し切られてたまるか。絶対に引かないって決めたんだ。
前へ行くために。この人を超えるために!
「……前よりはマシになった。でもまだ足りない!」
「がはっ!」
ライアさんの姿がブレたと思った次の瞬間には俺は木に叩きつけられてた。
たった一撃で意識が飛びそうになった。
でも皮肉なことに木に叩きつけられたその痛みが俺の意識をギリギリの所で繋ぎ止めてくれた。
「立てレイヴェル。お前の覚悟はその程度のものか」
「く……」
木剣を支えにしてなんとか立ち上がる。
「今のは峰打ちだ。立てないほどのダメージは与えてない。だがその意味はわかるな?」
「……はい」
峰打ち。あの長刀の刃じゃない方で叩かれたってことだ。
それはつまり、その気になれば今俺は死んでたってことだ。
「先ほどお前は目を閉じたな。私は教えたはずだ。剣を交える最中で目を閉じるなと。一瞬の油断が命にかかわると知れ」
「……わかりました」
「立てレイヴェル。次だ」
木剣を持って立ち上がり、俺は再び構える。
「はぁあああああああっっ!!」
それから俺は何度も何度もライアさんに挑み続け、動けなくなるまで続いたのだった。
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