第172話 影魔法

 ラオとリオの前に出たフェティは戦闘人形と正面から対峙する形となった。

 フェティ自身も自覚しているように、フェティの戦闘能力は決して高くはない。だが、戦う手段が全くないわけではなかった。

 むしろ情報収集に特化した結果、相手の戦闘スタイルや弱点を見抜くことにかけては他者よりも優れているといってもいい。

 そして今回の戦闘人形に対しては自身の能力が使えるとフェティは感じたのだ。


「影よ」


 フェティが小さく呟くと、フェティの影が蠢きだし、その形を変化させる。


「広がれ」


 フェティの言葉に従い、まるで意思を持ったかのように影は戦闘人形へ向かって伸びていく。

 そして——。


「捉えた」


 フェティの影と戦闘人形の影が重なった瞬間、戦闘人形がその動きを止まる。十体いた戦闘人形全ての動きが地上、空中問わず止まったのだ。

 その光景を見たラオとリオは感嘆の声を上げる。


「これは……」

「影の魔法だね。適性者はものすごく少ないって話だけど。へぇ、適性者だったんだ」

「そういうことらしいです。だからこそ師匠に見込まれたのですが」

「確かに影魔法の適性者なら色々と応用が利きそうだしね。いいなぁ、リオも使えたら良かったんだけど」


 影魔法。火、水、地、風など様々な属性がある中で非常に適性者の少ない魔法属性だ。その適性者の少なさから、ほとんど固有属性と言っても過言ではなかった。ラオとリオもその存在こそ知っていたものの、今まで出会ったことは一度もなかった。


「影と影を合わせることで行動を止める。そんなことできるんだ」

「まぁちょっとコツはいりますし、人相手にはここまで綺麗に決まることはほとんどないですけど。戦闘人形相手なら話は別ですから。それにあの戦闘人形は魔法耐性を全く搭載していなさそうですし」

「あ、それはリオも感じたかも。レベルの低い魔法で結構簡単に壊れてたから。逆にラオはやりにくそうだったね」

「別に苦戦するほどじゃない。でも、想定よりも硬かったのは事実。正確には硬くなっていった、だけど」

「理由は単純です。この戦闘人形達はラオさんとリオさんの魔力を吸って再生していました。正確には攻撃される際に受けたダメージ、魔法をそのまま吸収して再生力へと転化していたのでしょう」

「なにそれチートじゃん」

「だからいくら殴っても」

「相手が強ければ強いほどその真価を発揮する。常に戦闘データを取り続け、ラオさんとリオさんが疲弊するのを待つ。そのための魔力も二人から回収する。そのためにあえて魔力耐性をつけなかったのかと。より効率よく魔力を吸収するために。魔法を受けきれずに壊れても再生すれば何の問題もありませんから」

「つまりラオ達が魔力を使って戦い続ける限り無限に再生し続けたってこと?」

「そうなっていた可能性は高いと思います」

「なるほどねぇ。戦ってる間に感じてた妙な違和感はそのせいだったんだ。いよいよとなったら使うしかないかと思ってたけど」

「ん。その必要はなさそうでよかった」

「使う?」

「あ、こっちの話」

「…………」


 話を誤魔化したリオだったが、フェティには一つだけ思い当たる節があった。

 それはラオとリオが【塵滅姉妹】と呼ばれるようになった所以の能力。否、異能とも呼べる力。フェティもその能力についてある程度は知っているものの、実際がどんなものであるのかはわかっていなかった。


「どうかした?」

「いえ、なんでも。ともかく、この戦闘人形の魔法耐性が低くなっているのが幸いでした。おかげで私の影の魔法の能力を発揮できますから。あとはこの戦闘人形の核を貫くだけです。この状態なら核を動かすこともできないでしょう」


 戦闘人形を壊す手段は単純だ。動力の基点となっている核を壊せばいい。しかし、その核は非常に小さく常時動き続けているために狙って壊すのは非常に難しいのだ。

 だが、フェティの影魔法で戦闘人形はその核すらも動きを止められている。壊すのはそう難しいことではなかった。


「ねぇ興味本位なんだけどさ。影魔法ってどんな魔法があるの?」

「どんな魔法……そう言われても難しいですね。影魔法には決まった形がないので。人によって変わるでしょう。大事なのはイメージです。できると想像すること。そうすれば影は応えてくれますから」


 魔法を行使する際に大事なのはイメージすること。それは全ての魔法において共通なのだが、影魔法はより詳細なイメージが求められる。あやふやな想像では不発に終わってしまうのだ。


「私がよく使うのはこの『影縫い』と『影追い』くらいです」

「ふぅん。ま、知ったから使えるようになるわけでもないし別にいっか」

「そんなことより、核の位置はわかってるの?」

「はい。問題ありません。影よ——」


 フェティが手を翳すと、ズズズッと地面から漆黒の大鎌が姿を現す。フェティの身長と同じくらいの大きさの、漆黒の鎌だ。


「断ち切れ」

 

 その言葉に従うように鎌は伸び、戦闘人形の体を切り裂く。その一撃は戦闘人形の核を正確に切り裂き、核を壊された戦闘人形は今度こそ物言わぬただの残骸となる。


「終わりました」

「お疲れー。でもなんかいいとこ全部持ってかれちゃったね。あんなに苦労してたのが嘘みたい」

「フェティ、思ったよりも戦える?」

「買いかぶりです。相性が良かっただけかと。私の戦闘能力はたかが知れていますから」


 もしラオやリオと戦うことになったなら、フェティは一分も持たないだろう。それだけの実力の差がある。今回の戦闘人形に関してはフェティの能力が有効だったというだけだ。


「それにしても……この戦闘人形は明らかにラオさんとリオさんを想定して設計されていましたね」

「あー、確かにそんな感じはしたかも。ラオもそうだけど、リオも動きを妙に読まれてたっていうか」

「わざわざ専用の戦闘人形を作るなんて……」


 戦闘人形は一体作るだけでも莫大な費用がかかる。

 一体今回の相手がどんな組織なのかとフェティが思案していたその時だった。


「お前達、何をしている」

「あ、リーダー! もしかしてもう終わったの?」

「戦っていたらこの場にはいないと思うが?」

「いやまぁ、そうなんだけど、そうじゃなくてさぁ」

「まさか……もう魔剣使いを倒したのですか?」


 魔剣使いと戦っていたはずのライアが姿を現したことにフェティは驚きを隠せず、思わず問いかける。


「だからそうだと言っている」

「別にリーダーならおかしな話じゃない」

「でも予想よりも速すぎだよ」

「…………」

 

 あまり驚いていないラオとリオに対して、フェティは言葉を失っていた。

 魔剣使いと世界の理を超えた存在。人の身では絶対に勝てない存在だ。ライアの強さが常軌を逸していることはフェティも知っていたが、それでも無傷で勝てるほどとは夢にも思っていなかった。


「これは……情報を修正しておく必要がありそうですね」

「あれ? リーダーどこ行くの?」

「まだ終わったわけじゃない。本命はどうやらあちらのようだからな。行くぞ」

「はーい」

「了解。いかないのフェティ」

「あ、いえ、行きます」


 気になることは多々あるが、今はそれどころではないことはフェティもわかっている。

 移動を始めたライア達の後を追って、クロエ達の元へと向かい始めた。


「クロエさん達、大丈夫でしょうか……」


 この時フェティは、どうしようもない胸騒ぎを感じていたのだった。

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