第143話 魔剣として在るということ
は、恥ずかし過ぎて穴があったら入りたい、というか自力で掘ってでも埋まってしまいたい……。
盗賊達を倒した……というか、この手で殺した後、オレは無様にもレイヴェルに縋りついて散々泣きわめいてしまった。
今はなんとか落ち着いて、レイヴェルからはちょっと距離をとって
確かに人を殺したのは初めてなんだけど、まさかここまで動揺するとは思わなかった。魔剣として情けないというか、なんというか……。
先輩の言ってたことが改めて身に染みる。
殺した瞬間は何も感じなかった。でも、今はそうじゃない。殺してしまったこの手が気持ち悪くてしょうがない。力を使って殺したから、直接触れたわけじゃないけど……それでも、手が赤く染まってしまったような感覚が拭えない。
オレはこれに慣れれるのか? それとも慣れずにレイジ先輩みたいになるのか……それはまだわからない。ただ個人的には……慣れたくはないと思う。
「……あー、情けな」
思わず自嘲気味に呟く。
どこかで他人事のように捉えてた。人を殺すってことを。
わかってたのに、先輩にもちゃんと話を聞いてたのに。その心構えをちゃんと作ってこなかった。
当たり前だけど、この世界はオレが元居た日本とはまるで違う。
人の命の軽さをオレは知ってたはずなのに。息を吸うように奪い、奪われる。それがこの世界の命。一夜にして滅ぶ村なんて珍しくもなんともない。
昔、旅をしてる間に嫌というほど味わった。だからみんな、毎日を必死で生きている。
それは魔剣であるオレにはないものだ。オレに命は無い。オレは武器、意思を持つだけの武器。どんなに人の姿をしていても、魔剣少女なんて呼ばれてても、オレ達は決して人じゃない。
だからこそオレはわかってなかったんだろう、命の重みが。それを奪うということの意味が。今までさんざん見てきたはずなのに情けないというか……。
「ダメだなぁこれ。思ったよりショック受けてるかも」
でも……いや、それは今考えることじゃないか。それよりもそろそろレイヴェルの所に戻らないと。
さすがに心配させそうだ。って、それはもう手遅れか。さっき滅茶苦茶心配させちゃったしなぁ。こうして待たせてる今もだろうけど。
「でもちゃんと言っとかないと。オレだけじゃなくてレイヴェルに気を使わせたりするのはやっぱり嫌だし。こんな体たらくじゃ相棒なんて言ってられなくなる」
パンッと頬を叩いて気合いを入れる。
「いったぁっ……強く叩き過ぎたぁ。これ絶対赤くなってるやつだ……」
でもこれくらいでちょうどいい。腑抜けた今のオレに気合いを入れるには。
そしてオレは赤くなった頬を撫でながら離れた位置にいたレイヴェルの元へと戻った。
「ごめんレイヴェル、お待たせ」
「おう。って、もう大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。さっきはごめんね」
「いや、俺の方は気にしなくていい。それよりも……その……」
やっぱり気にしてる……か。そりゃそうだよね。人を殺したくらいであれだけ動揺してたわけだし。でもやっぱり気にされるってことは、レイヴェルはオレが人のことを殺せないって思ってた、もしくは殺して欲しくないって思ってたってことかな。
そう思われてたのはなんとなくわかってたけど……いや、でもそれじゃダメなんだ。
レイヴェルがオレのことを大切にしてくれてるのはわかるし、嬉しい。でもそうじゃないい。
「……ねぇレイヴェル。もし今レイヴェルが後悔とか、反省とかしてるなら……それは間違いだよ」
「え?」
「確かに私は人を殺して動揺したし……今もたぶん平気だとは言えない。でも、私はこうなることもわかってた。いつか人の命を奪うことになるかもしれないって。最初からね。それでも私はレイヴェルと契約したし、そのことを後悔はしてない。するはずがない」
「…………」
「レイヴェルもわかってると思うけど私はレイヴェルと契約するまで戦った経験なんてほとんどない。ずっと守られてばっかりだった。そんな私だからレイヴェルが心配してくれるのもわかるし、すごく嬉しいよ。でも違う、違うの。あのねレイヴェル、私は魔剣なんだよ?」
「っ、でもお前は魔剣である前にクロエで——」
「その二つは決して不可分じゃない。ねぇレイヴェル、魔剣は力なの。絶対的な力」
「力……」
「使われない力に意味はない。私はレイヴェルの力になりたいの。そのために契約したの。だからあの盗賊の人たちを殺したことを私は後悔しない。これからもレイヴェルと一緒にいるために、それは絶対に避けられないことだと思うから。もし人を殺すことを嫌がって、それから逃げ続けて……そのせいでレイヴェルが傷つくようなことになったりしたら、私はその方がツラい。だからこれからも同じような場面があったら私は迷わずにこの力を使う」
これが今のオレの偽らざる想い。レイヴェルが危機的状況に陥るならオレは迷わずこの力を振るう。たとえ相手を殺すことになっても。たとえそれで化け物と呼ばれることになったとしても。そのことに迷いはない。
オレの言葉を聞いたレイヴェルはしばらく瞑目してから口を開いた。
「お前は本当にそれでいいのか?」
「うん。それが魔剣として在るってことだから」
「……クロエが魔剣……わかってるつもりでわかってなかったのかもな。それでも俺はやっぱりお前に傷ついて欲しくないって気持ちは変わらない。でも今の俺は弱い。お前に、誰かに、守ってもらわないと何もできないくらいにな。さっきにしてもそうだ。お前が駆けつけてくれなかったらきっと殺されてた。情けないくらい何もできなかった。お前の力に頼らずに一人で戦って改めてそれを痛感した。俺がもしもっと強かったらなんて、考えても仕方のないことばっかり考えてる。過ぎた時間にもしもはないし、お前の手を汚させた事実も変えられない。だから……だからせめて、その苦しみを俺にもわけてほしい」
「え?」
「苦しい時は苦しいって、ツラい時はツラいって言って欲しい。何ができるかなんてわからないけど、お前のことを支えたいと思ってる。まだまだ魔剣使いとして半人前の俺でも、それくらいはできるはずだからな。それこそさっきみたいに傍にいることくらいはできるだろうし」
「さっきのって……」
レイヴェルに縋りつくように抱き着いて泣いてた姿を思わず思い出す。
「~~~~~~っ、さっきのは忘れて! さすがに恥ずかしいから!」
「いや忘れろって言われてもな」
「いいから忘れて! じゃないとレイヴェルの記憶を無理やり破壊するから」
「物騒なこと言うな! わかった、わかったから!」
さっきのはさすがに色々とアレっていうか、できればあんまり思い返して欲しくない記憶だ。普通に恥ずかし過ぎる。黒歴史確定だ。
でも、そっか。支えてくれる……か。あぁもう、レイヴェルってホントにどこまでも……。
「……ありがとレイヴェル」
「……あぁ、こっちこそだけどな」
聞こえるか聞こえないかのギリギリで囁いた言葉はしっかりとレイヴェルに聞かれていて。赤くなった頬を隠すためにオレはレイヴェル背を向けた。
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