第142話 殺せたよ?

〈レイヴェル視点〉


 盗賊の団長であるアレスが俺に止めを刺そうとしたその瞬間、短剣を持っていた右腕が何の前触れもなく消し飛んだ。

 一瞬の間を置いてまるで噴水のようにあふれ出す血。俺はその光景をただ呆然と見つめていた。何が起こったのかまるで理解できていなかったからだ。

 そしてそれはアレスにとっても同じことだったようで、無くなった右ひじから先の部分を呆然と見つめていたかと思えば、血があふれ出した瞬間に喉が裂けんばかりの悲鳴をあげる。

 

「あ……ぁああああああああああっっっ!!! お、俺の右腕がぁあああああっっ!!」

「な……にが……」


 アレスの右腕から溢れ出る血は止まることを知らず、大量の血で地面を赤く染めていく。

 そしてアレスの右腕を消し飛ばした人物はゆっくりと近づいてきていた。その顔を見た俺は思わず驚きに目を見開く。そこに立っていたのは——。


「ク……クロエ……?」

「レイヴェルに……なにしてるの?」


 俺の相棒にして、魔剣であるクロエ……だよな?

 だが、どこか雰囲気がおかしい。というかそもそもあいつの方に行ってた盗賊はどうなったんだ?

 そんな俺の疑問は向こうとしても同じだったようで、何が起こったのはまるで理解できていないアレスは半分狂乱しながら叫ぶ。


「テメェ、なんでこっちにいやがる! あいつらはどこに行きやがった!」

「あいつら? あぁ、さっきの二人のこと?」


 クロエは一瞬誰のことを言われたのかわからなかったのか顔に疑問を浮かべていたが、すぐに思い出してなんでもないように言い放った。


「殺したよ」

「っ!」


 一瞬、クロエが何を言ったのかわからなかった。いや、理解することを頭が拒んだ。

 殺した? 今あいつ殺したって言ったのか? クロエが? 人を?

 相手は盗賊。やらなければやられるという状況であった以上、別に殺すことが悪いわけじゃない。そうなる可能性があることだってわかってたはずだ。それなのに、クロエの口からあれほど簡単に「殺した」という言葉が出てきたことに、俺は想像以上の衝撃を受けていた。

 呆然とする俺の前で、アレスは怒りに震えながら叫ぶ。


「殺しただと? ふざけんな! テメェみたいな小娘に殺せるほどあいつらは弱くねぇぞ! 早く本当のことを言いやがれ!」

「別に嘘吐いたわけじゃないんだけど……それよりもさ、まだ私の質問に答えてもらってないんだけど。もう一度言うね、レイヴェルになにしてるの?」


 この状況で落ち着き払っているクロエの様子に、どうしようもない違和感を覚える。上手く言えないけど何かがおかしいというか……。


「レイヴェルのこと傷つけたの? 殺そうとしたの?」

「はっ、敵は殺す。当たり前のことだろうが」


 アレスは右腕を抑えながらクロエのことを睨みつける。しかしその目にはどこか余裕があるというか……何を見てるんだ?

 アレスの視線を追った俺は、ジャルクがそっとクロエの背後を取ろうとしていることに気づいた。


「っ、クロエ……」

「大体なぁ、テメェ如きがどうやってあいつらを殺したってんだ! 武器も持ってねぇくせによぉ!」


 焦ってクロエに忠告しようとするが、絞り出した声はアレスの声にかき消される。駆けつけようにも毒に起こされた体は上手く動かない。


「どうやってって。だからそれは——」

「油断したな女! 捕まえてじっくりいたぶってや——へ?」


 気配を消して背後に回っていたジャルクがクロエのことを捕まえようとした次の瞬間、クロエは無造作に軽く手を振った。

 ただそれだけの動作で——。


「こうやって殺したの」


 ジャルクの頭が弾け飛び、首から上が無くなったジャルクの体がピクピクと痙攣した後に地面に倒れる。

 その光景を俺は呆然と見つめることしたできなかった。あまりにもあっさりと、クロエはジャルクの命を奪い去った。


「え……は……? お、おい! ジャルク、ジャルクッ!!」

「頭がない……というか、死んでるのに返事はできないんじゃない?」

「ふ、ふざけんな! テメェ何しやがった! なんでジャルクが……ジャルクが死んでんだよ!」

「うるさいなぁ」


 アレスの叫びにもクロエは全く意に介した気配もない。ジャルクを殺したばかりなのにまるで気にもしていないような……なんだこれ。何が起こってるんだ。


「あなた達だってレイヴェルのこと殺そうとしたんでしょ? だったら私にあなた達を生かす理由はないし、殺されても文句は言えないでしょ。どんな事情があったとしてもあなた達はレイヴェルに手を出したあなた達を許すことはないし」

「くっ、クソがぁあああああああああっっ!!!」


 怒りに打ち震えるジャルクは左手で腰に差していた予備の短剣を手に持ってクロエに向けて突進する。しかし、その様子をクロエは酷く冷めた目で見つめていた。


「ただの人間が私に勝てるわけがないのに——壊れろ」

「っ、あがぁあああああああっっ!! あ、足が……俺の足がぁああああっっ!!」


 クロエはアレスの右足を破壊し、その場に転がす。


「ば、バケモンがぁ!」


 アレスが絞り出したその言葉に、前にイグニドさんが言ってた言葉が脳裏を過る。


『ただ人の姿をしているだけの化け物。それが魔剣少女だ』


 魔剣としての超越的な力を振るうクロエはまさに——いや違う! あいつは化け物なんかじゃない!


「クロ……エ……」

「大丈夫レイヴェル? 毒にやられちゃったのかな。待っててね、すぐに終わらせるから」

「っ、クロエ、待——」

「壊れろ」


 俺が止めるよりも早く、クロエはアレスに止めを刺してしまった。あまりにもあっさり。

 アレスが辿った末路はジャルクと同じ、パンッとあまりにも軽い音と共にアレスの頭が消し飛ぶ。

 頭部を失った体はぐしゃりと崩れ落ち、巨大な血だまりを作っていく。一瞬の出来事に頭がついて行かない。

 そして、それを為した張本人であるクロエはもはやアレスにもジャルクにも興味がないようで、一目散に俺の方へ駆けてくる。


「大丈夫レイヴェルっ!」

「クロ……エ……」

「待ってて。今直してあげるから」

「っ……」


 クロエから力が流し込まれる。それと同時に毒に侵されていた体が少しずつ軽くなっていく。


「私の《破壊》の力の応用。レイヴェルの体の中にある毒だけを破壊するの。まだちょっと難しいけど、繋がってるレイヴェルならなんとかできそうかな」

「悪い、助かった。ありがとなクロエ」


 俺のことを心配そうに見つめるクロエ。それだけを見てるといつものクロエだ。そこにさっきまでの違和感のようなものはない。でも、さっきのクロエは明らかに何かが違った。

 上手く言葉にはできないけど、何かが……。


「なぁクロエ。お前の方に行ってた盗賊は……」

「あぁ、うん。ちゃんと殺したよ」


 いつもの笑顔で、なんでもないことのように言うクロエ。

 その笑顔に異常に胸が締め付けられる。


「私、人のこと殺したのって初めてだったんだけど。ちゃんと殺せたよ?」


 やめろ。


「食わず嫌いとはちょっと違うけど、魔物なら殺せるのに人が殺せないなんておかしな話だもんね」


 やめてくれ。


「ほら私って魔剣だからさ。その立場からすれば人も魔物も同じっていうか……でもこれで証明できたよね!」


 クロエの無邪気な笑顔が俺の心を抉る。

 いや、違う。無邪気な笑顔なんかじゃない。


「私もちゃんと殺せるから、レイヴェルの敵を。人でも、魔物でも……レイヴェルの敵になるものは全部殺せるから……だから——」

「クロエッ!」

「っ! レ、レイヴェル? どうしたの急に」


 クロエの言葉を遮るようにその体を抱きしめる。


「無理しなくていいんだ」

「え? わ、わたしは別に無理なんて……」

「わからないと思うなよ。俺はお前の相棒なんだぞ? お前が無理してるかどうかくらいすぐにわかる」

「レイ……ヴェル……」

「確かにお前は魔剣かもしれない。でも、それだけじゃない。お前は魔剣である前にクロエなんだ」


 アレスはこいつのことを化け物と言った。でも、そうじゃないことは俺はよく知ってる。

 俺の知ってるクロエは虫が嫌いで、頑固で、変に泣き虫な所があって……でも優しくて、他人のことを思いやれる。そんな奴だ。

 

「私……」

「俺の前でまで無理するな」

「っ……」


 くしゃっとクロエの顔が歪む。そしてそのまま俺の背に手をまわして抱き着いてきた。その力は痛いほど強い。だがこれがきっとクロエの感じた心の痛さ。いや、クロエ自身の心の痛みはこんなもんじゃないか。

 

「私……殺したの。殺しちゃったの……人を……初めてで……なのに……魔剣だから……ちゃんとできなきゃって……」

「大丈夫、大丈夫だクロエ」

「っぁあああああああああああっっ!」


 嗚咽を堪えきれなくなったクロエが大きな声を上げて泣き始める。

 俺はただ黙ってその体を抱きしめることしかできなかった。

 これは……俺の弱さだ。俺が弱いなんてのはわかり切ってたことだ。でももっと強ければ。力があれば。こいつ自身が手を下す必要なんてなかったんだ。

 こいつにそれを強いてしまったのは、俺が弱かったから。

 でも……それは受け入れるしかない。過ぎたことは変えられない。クロエの手を血で染めてしまったのは俺だ。

 アレスはこいつのことを化け物と呼んだ。でも違う。そうじゃない。俺がそうはさせない。

 もう二度とこいつを化け物なんて呼ばせてたまるか。


「お前のことは俺が守る。絶対に」


 泣き続けるクロエを抱きしめながら、俺はそう小さく呟いた。

 

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