第184話 契約紋の先に

 ずっと後ろからタイミングを計ってた。

 レイヴェルやクルト、そしてネヴァンの意識からもオレのことは完全に外れていただろう。でも、だからこそタイミング自体は計りやすかった。

 二人の距離が空いた時に一気に突っ込んで直接レイヴェルに干渉する。

 そして、オレが思ってたよりも早くその機会が訪れた。

 ネヴァンの生み出した毒兵。おそらくレイヴェルを近づけないための、物量で押し切るための戦法。魔剣にとって脅威である【魔狩り】の力を考えたら当然の対処法とも言える。

 でもだからこそオレにとってチャンスが生まれた。

 毒兵も脅威であることに変わりはないけど、二人が直接戦ってる場に飛び込むよりははるかにマシだ。

 そしてオレは、レイヴェルが血命剣で毒兵を一掃したタイミングで一気に距離を詰めた。たぶんこれが最初で最後のチャンスだと感じたから。


「いい加減……目を覚まして!!」


 そしてレイヴェルの手に触れた瞬間、オレが感じたのは全身を貫く憎悪の感情。それはオレ個人への憎悪じゃない。魔剣という存在に対する憎悪だ。思わず手を離してしまいそうになるほどの吐き気と恐怖がオレの体を強張らせる。

 なるほど、確かに【魔狩り】はオレ達魔剣少女の天敵なんだろう。こうして間近で感じて初めてわかった。これは決して相容れることができるようなものじゃないと。

 水と油のようなものだ。こんなものが、こんな力が今レイヴェルの体を支配してる。


「っ!!」


 それを理解した瞬間、最初に感じた恐怖なんか気にならないほどの怒りが湧き上がってきた。だってそうだろう。レイヴェルはオレの……オレだけの契約者だ。

 他の誰かが、【魔狩り】なんて血がレイヴェルの体を支配してるなんて、そんなの許せるわけがない! レイヴェルの魔力を使っていいのは、オレだけだ!!

 思わず放しそうになった手に力を込めて、レイヴェルへの干渉力を強める。

オレの左手の甲に浮かぶ契約紋が眩く輝き、オレの視界を包んだ。






□■□■□■□■□■□■□■□■□


 っ、ここは……。


「真っ暗な……空間?」


 さっきまで確かに森の中にいたはずなのに、今は木の影も形もない。それどころかレイヴェルの姿も、クルトやネヴァンの姿も無い。

 ここは一体……。


「とにかくここがどこかのかわからないと……ひっ!?」


 歩き出したオレは思わず息を呑んだ。

 足元に蠢く何かの存在に気付いたから。ジッと目を凝らして、それが何であるかに気付いた。

 腕だ。無数の、漆黒の腕。蠢くその腕は徐々にオレに近づいて来てた。

 まさか、捕まえようとしてる!?

 動き自体は緩慢だが、それは確実にオレに近づいて来てた。捕まったらマズいとオレの本能の部分が叫ぶ。


「っ!」


 伸びてきた手を躱して距離を取る。でも、その腕はいたるところにあって立ち止まる余裕はない。


「な、なにここ! なんなの!?」


 必死に逃げ惑いながら周囲を見渡す。でもどこを見ても何の手掛かりも無い。

 さっきオレはレイヴェルの手を掴んだ。そしたら左手の甲の契約紋が光って、視界が真っ白になってそれから……ダメだ。それからがわからない。

 いや、でも……もしかしてここ……中なのか? レイヴェルの精神世界?

 だとしたらこの状況に説明がつく……ような気がする。


「ならレイヴェルがどこかにいるはず。早く見つけないと」


 でもこんな腕に追いかけられてる状況で居場所をわからないレイヴェルをどうやって見つけろって言うんだ。

 さすがに手掛かりがないと見つけようがないし……。

 焦る気持ちとは裏腹に、状況を打開する策が見つからないままにオレの体力だけが奪われ続けていく。

 その時だった。


『こっちだよ』


 不意に頭の中に直接声が響く。どこか幼さを感じさせる女の子の声だ。


「だ、誰!?」


 呼びかけても返事はない。でも、その代わりと言うようにオレの左手の甲が……そこに浮かぶ契約紋が光を放っていた。

 感じる。ごく僅かだけど、契約紋からレイヴェルの気配を。


「この先にレイヴェルが……」


 さっきの声のことは気になるけど、今はこの契約紋に頼るしかない。

 オレとレイヴェルの絆の証。

 きっとこの先にレイヴェルがいるはずだ。


「よし!」


 契約紋が導くままに走る。

 徐々にレイヴェルの気配が強くなり、それに比例するようにオレに襲いかかる漆黒の腕の数が増えていた。


「私の邪魔しないでっ!!」


 近づいてくる腕を振り切ってひた走る。


「あなたは……」

「…………」


 そしてその先でオレは“それ”と対峙した。

 異質で、歪な漆黒の人影と。

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