第276話 強い意志

 幸いにしてというべきか、レイヴェル達はテントの中にいたエルフ達に気づかれることなく中が見える位置にまで移動することができた。

 その中に居たのは複数人のエルフ。もちろん中にはクレイムの姿もあった。

 机を囲み、何やら資料を見ながら真剣に話し合っている。まだ少し距離があるのでどんなことを話しているかまではわからなかったが、それでも明日に行われるという作戦についての話し合いであることは容易に想像ができた。


「どっちも本気でやり合う気ってわけか……」


 正直な話をすれば、レイヴェルはレジスタンスにも国の側にも思い入れはない。当たり前だ。だってレイヴェルがこの国に来たのは初めてのことで、エルフという種族自体に何か思うところがあるわけでもない。

 コメットと同じ種族の人達。認識としてはその程度だ。

 クロエがいなければこうしてこの国にやってくること自体一生無かっただろう。

 だからこそ、明日になれば戦争が起きようとしているという事実がどこか他人事のように受け止めている自分がいた。

 今日来たばかりで、いきなり明日から戦争が始まると言われても現実味が無いのは仕方ないだろう。しかしそれはあくまでレイヴェルの事情だ。

 ずっとこの国で過ごしてきたエルフ達にとってそれは突然のことではなく、積もりに積もって来た様々な事情の行き着いた先。

 その果てに起きようとしてる戦争だ。

 そこに至るまでにどれほどの懊悩があったのか、レイヴェルには想像もつかなかった。

 だからこそ思い悩む。所詮よそ者でしかない自分が口を出して良いことなのかと。

 もちろん戦争など起きないのが一番良いに決まっている。しかし、そんなレイヴェルでもわかっている理屈が知に長けるエルフにわからないはずもない。

 つまり、言葉でどうにかなる段階はとうに過ぎ去ったということだ。

 しかしそうして悩みつつもこうして行動しているのはクロエの存在と、そしてこの地にいた魔剣使い、クランとワンダーランドのことがあるからだ。

 レイヴェル同様余所者でしかない彼女達がこの国の戦争に関わろうとしている。そこにどんな契約があるのかレイヴェルは知らない、だが直感的にわかることもある。

 それはクラン達には確実に他にも狙いがあるということだ。これまでの国でもそうだったように。


「まぁ、あの二人からはもっと別の何かも感じるんだけどな」


 レイヴェルの直感が訴えている。あの二人は素直に手を貸すような奴らじゃないと。

 何をしようとしているかはわからないが、それがろくでもないことなのは間違いないだろう。


「とにかく、一度話をするしかないな」


 本当は声が聞こえる位置まで近づきたかったが、不用意に近づけば気配を消していても気取られるかもしれない。そう思えば不用意に近づくことはできなかった。

 それからしばらく様子を伺っていると、ようやく話が終わったのか散り散りになってテントから出て行く。


「しめた。チャンスだ」


 テントから離れ、クレイムが一人になったのを見計らってからレイヴェルはクレイムの前に姿を現した。


「よう、昼ぶりだな」

「っ!? レイヴェル!? どうしてお前が、いやどうやってここに来た!」


 クレイムは突然姿を現したレイヴェルに驚きながら警戒するように周囲を見渡す。そして誰も近くにいないことに安堵してから、レイヴェルのことを険しい目で睨んだ。


「その腕輪……なるほど。それで入ってきたのか。この場所のことも。どうやって調べたのかは知らないが今すぐこの場から立ち去れ。ここはお前が居ていい場所じゃない」

「そんなことはわかってる。でもだからって素直に引き下がるわけにはいかない。明日だったんだな」

「……なんの話だ」

「とぼけるな。明日仕掛けるんだろう。あのゴーレムやら、物騒な銃火器を使って」

「はぁ……もう知ってるなら隠すこともないか。その通りだ。俺達は明日、長老達に襲撃を仕掛ける。これはもう決定事項だ。たとえ何を言われても止めるつもりはないぞ」

「…………」


 その言葉暗に、お前の説得など聞くつもりはないと言っていた。

 目を見ればわかる。クレイムの本気度合いが。たとえここでレイヴェルが何を言ったとしてもクレイムがその意志を曲げることはないだろう。


「じゃあこれは知ってるのか? 明日、向こうもこっちに仕掛けるつもりだっていうことは」

「あぁ、もちろん知っている。だからこそ計画を早めた」

「やっぱりもう知ってたのか。もしかしたらと思ったけど」。もうどうしたって避けることはできないんだな」

「ここまで来て引けるわけがない。どのみち向こうが仕掛けてくるなら戦争は始まる。こちらも黙ってやられるつもりはない。たとえどれほどの犠牲を払うことになったとしても勝利して見せる」

「クレイム……」


 死をも恐れぬ強い意志。しかしそれは狂気と紙一重だ。


「どうしてそこまで……」

「この国の人間ではないお前にはわからないだろうさ。いったいどれほどのエルフがあの長老達のもと、抑圧されて生き続けてきたか。望むことは許されず、自由も無い。あのまま緩慢に飼い慣らされて生きるなんて俺はごめんだ。話はそれだけか? だったらもう出て行け、これ以上はお前をスパイとして突き出さなければいけなくなる」

「……わかった」


 クレイムはそのままレイヴェルに背を向けて離れていく。しかしその途中で歩を止めて、振り向かずに言ってきた。


「俺達は先手を取る。明日の昼には仕掛けるつもりだ。それまでに国を出ろ」


 今度こそ立ち去るクレイム。

 レイヴェルは何も言うことができなかった。

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