第58話 ドヴェイルの野望

 クロエが里に戻って来る前、里が襲撃を受ける直前のこと。

 リューエルはクロエ達を見送った後、いつものように里の中の見回りをしていた。

 怪しい人物がいないかどうか、どこか異常はないか。それらを報告だけでなく、自分の目でしっかりと確かめるために。


「とはいえ、里の方は相変わらずね」


 家事をする者、農業に勤しむ者。パッと見れば村は平和そのものだった。

 しかし、その平和が薄氷の上に立っているものであるということをリューエルだけは理解していた。


(どれほど裏切り者の存在を訴えても、この里の人は信じようとしない。竜人族が同じ竜人族を裏切るはずがないと、そう心から思っている。そんな道理なんてあるはずがないのに)


 竜人族としての慢心か、それとも種への信頼か。里にいる竜人族は裏入り者の存在を信じようとせず、それどころから裏切り者の存在を訴えるリューエルのことを懐疑的な目で見る者までいた。


「決定的な証拠を見つけれていない以上、仕方のないことなのかもしれないけど」


 裏切り者の目星はついている。しかしそれを確定させるための証拠をリューエルは見つけることができていなかった。

 リューエルが外からやってきた族長だと言うことも信頼を集めきれていない理由の一つだ。


「はぁ……冒険者達の様子も確認しておきましょうか。何か足りない物資があるようなら追加で持って行かないと。費用は……今は考えないようにしましょうか」


 頭の中で様々な試算をしながら、冒険者達の下へと向かおうとした時だった。

 リューエルの前に一人の男が姿を現したのは。

 その男を見たリューエルは嫌悪が表情に出るのを必死に堪えてその名を呼ぶ。


「……ドヴェイルさん」

「これはこれは族長様。本日も大変お日柄が良く」

「えぇ、そうですね。これだけ太陽が照っていれば草木も喜ぶことでしょう。何か用ですか?」

「いえいえ、そんな用と呼べるほどのことは」


 ドヴェイルは慇懃でありながらどこか不遜な態度で話し続ける。

 その後ろには複数の竜人族の姿。全員がドヴェイルの信者だ。

 本来ならば前族長の後を継いで族長となるはずだったドヴェイル。そのドヴェイルを差し置いて族長となった余所者のリューエルのことを良く思っていない連中。

 リューエル自身としても手を焼いている一派だった。

 突っかかって来ること自体はよくあることだった。しかし、今日は何か様子が違うと感じたリューエルは警戒心を露にする。


「そんなに警戒しないでくださいリューエル様。ところで……ラミィ様の姿が見えませんが?」

「あの子は冒険者の方と一緒に竜命木のもとへ向かっています。それが何か?」

「まさか、他所の種族を竜命木へと案内したのですか?!」

「えぇ。何か問題でも?」

「何を考えているのですかあなたは! あれは我ら竜人族にとって何より大事な存在! それを人族に見せるなど……何かあってからでは遅いのですよ!?」


 急に人が変わったように非難てくるドヴェイル。その後ろにいる竜人族達も、同じように非難がましい目でリューエルのことを睨みつける。


「私が彼らなら問題ないと判断しました。それとも、何かあなたにとって不都合なことでもありますか?」

「それは……そいうわけではありませんが……こ、これは竜人族としての誇りの話です! あなたは竜人族としての誇りをあまりにも軽視している! 里の外に冒険者を呼んだこともそうだ。魔人族の襲撃など、我らの力だけで十分です!」

「その慢心が油断を生み、その油断が破滅をもたらします。種族は関係ありません。大事なのはその人自身です。はっきり言っておきましょう。私はこの閉鎖的な現状を変えていくつもりです。いずれはこの里にも他の種族を招いて——」

「ふざけるなっ!!」


 とうとう堪忍袋の緒が切れたかのように叫び出すドヴェイル。怒りを隠そうともせず、憤怒の表情でリューエルのことを睨みつけている。


「やはりダメだ。最後のチャンスをやろうとも思ったが、これ以上貴様に竜人族は任せておけん。やはりこの私が……俺が竜人族を束ね、導く存在とならねば」

「? 一体何を……」

「もう遅いぞ! 愚かな己のことを後悔するがいい!」


 そう叫んだドヴェイルは胸にしまっていた笛を取り出し、周囲一帯に響き渡るほど大きな音を鳴らした。

 その直後だった。大きな爆発がリューエルの立っていた地面を揺らす。そしてその爆発に呼応するように、里の至る所で爆発が起こる。


「これは……ドヴェイル! あなた何をしたんですか!」

「ふはははははっ! これも全て貴様の責任だ。この里は一度壊し、この俺が作り直す! 竜命木の生む竜の卵はこの俺が手に入れる! 貴様も、あの娘もそのための礎となるのだ!!」


 悲鳴が響き渡る。

 目を向ければ、里の砦が破壊され、そこから魔人族達が入りこんできていた。

 すぐに助けに行きたいリューエルだったが、その周囲をドヴェイル達に取り囲まれる。


「貴様の竜は前の里に残してきたのだったな。ではれば貴様など恐るるに足らん。その命、ここでここで貰い受けるぞ!」

「くっ!」


 一斉に襲いかかって来るドヴェイル達。武器は持っていない。武器となっているのは己自身の爪だ。

 竜人族は強靭な体と豊富な魔力を持つ。そのため、下手な小細工など必要なく戦うことができるのだ。いわば、体そのものが武器となる。

 リューエルは鉄をも切り裂く爪撃の嵐を紙一重で避け続ける。というよりも、避けるしかなかった。

 複数の竜人族による攻撃に対応するのは容易ではない。むしろ避けれることを称賛するべきだろう。


「くくくっ、さすが族長と言うべきだな。なかなかの身のこなしだ。だがいつまで避け続けることができるかな!」

「っ!」


 ドヴェイル達のコンビネーションはかなり秀逸だった。隙を探すリューエルだったが、その隙を互いにカバーし、絶妙な間合いで攻め立ててくる。頬や腕などを浅く切り裂かれ、鮮血が飛び散る。

 

「このっ……アイスバースト!!」


 徐々に追い詰められたリューエルが選んだのは、自爆攻撃。己の体を起点にして、一体を凍らせる氷の爆弾が炸裂する。


「なんだとっ?!」


 捨て身の一撃を避けることができたのはドヴェイルだけだった。

 それ以外が全て爆発に巻き込まれ、氷像となっている。しかしもちろんリューエルも無事ではない。

 身を切るような冷たさがその身を襲い、魔法を放った左腕や足元は氷ついていた。


(仕留めきれなかった……今の一撃で全員沈めるつもりだったのに)


 悔し気に表情を歪めるリューエル。対するドヴェイルは僅かに動揺を見せたものの、すぐに気を立て直してリューエルのことを嘲笑するような笑みを浮かべる。


「これは素晴らしい魔法だ。しかし、俺を仕留めるには後僅かに……足りなかったようだな」

「えぇそうですね。あなたのくそったれなにやつき顔を凍らせてやろうと思ったんですけど。しばらく戦いとは無縁の生活を送っていましたから。勘が鈍ったみたいです」

「言い訳とは嘆かわしい。戦い方を忘れた竜人族とは。いや、それはお前だけではないか。他の竜人族を見てみろ」

「?」


 ドヴェイルの指さす方に居たのは、魔人族から逃げまどう竜人族と戦う冒険者達の姿。


「わからないか? わからないんだろうなお前には。嘆かわしい。貴様も牙を失った竜か」

「どういうことですか」

「戦う意志すら持たぬ竜人族が嘆かわしいと言っているのだ!!」


 叫び散らすドヴェイル。その表情は怒りと狂気に満ちていた。


「かつては違った。どれほど強大な敵であろうとも、恐れず立ち向かい、そして勝利してきた! しかし、今はどうだ。平和に侵され、牙を抜かれた竜人族共! こんな腑抜けた姿……誇り高き竜人族として認められるか!!」

「そのために……そのために竜命木を狙ったと?」

「あぁそうだ。竜命木から得られる卵さえあれば、俺がこの竜人族を率いることができる。腑抜けたこの竜人族を変えることができるのだ!」

「そんなふざけたことのために……」

「ふん、所詮貴様には理解できぬであろうよ。そして理解する必要もない。貴様はここで死ぬのだから」

「くっ……」 


 リューエルのことを嘲笑し、爪を向けるドヴェイル。

 先ほどの自爆攻撃で自身もダメージを負っているリューエルに、ドヴェイルの一撃を避ける余裕はない。


「死ねリューエルゥウウウッッ!!」


 ドヴェイルの鋭爪がリューエルに迫る。

 絶対絶命かと思われたその時だった。


「させるかぁああああああああっっ!!」

「ぐぉっ!?」


 爪がリューエルに届く直前、ドヴェイルの体が乱入してきた第三者に蹴り飛ばされる。


「大丈夫ですか?!」

「ク、クロエちゃん?」

「なんだかよくわからないですけど、なんかマズそうだったんで助けに来ました!」

「貴様……何者だっ!」

「私はクロエ、イージアからやって来た冒険者レイヴェルの相棒のまけ——じゃなくて、冒険者!! えぇと……あなたのことをぶっ壊しに来た!」


 そう言ってクロエは、ドヴェイルへと怒りの目を向けた。

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