第75話 依頼完了
冒険者の依頼完了にはいくつかの手続きがある。
討伐とか採取の依頼なら、冒険者ギルドにそれを提出して終わり。
でも今回みたいな防衛とか、護衛みたいな依頼は依頼主にサインを貰わないといけない。それを貰って初めて依頼を完遂したことになる。後はそれをギルドに提出すると。
ま、そんなややこしい手続きじゃない。
問題があるとしたら依頼の遂行中に依頼主と問題起こしたら報酬を削られたりすることかな。滅多にないけど、絶対にないわけじゃない。
それに問題を起こしたとかギルドに知れたら信用問題にもなるし。
だから極力問題を起こさないのが鉄則……なんだけど。
「……はい。これで依頼の完了手続きは終わりね。無くさないようにね」
「ありがとうございます」
リューエルさんから受け取った書類を懐にしまうレイヴェル。
無くしたら大変な書類だ。
レイヴェルに任せてて大丈夫かな。
「おい、何心配そうな顔してんだよ」
「だって、そんな重要な書類レイヴェルに任せて大丈夫かなって。ホントに無くしたりしない?」
「俺は子供か! 大丈夫だよ」
「ならいいんだけど」
「うふふ、仲が良いわね本当に」
「ここでまでそんな姿見せなくてもいいと思うけど。それよりママ、あの話もしないと」
「そうね」
あ~来た。まぁそりゃそうだろって感じだけどさ。
オレ達は竜命木を守るっていう依頼事態は果たしたわけなんだけど、下手したらそれ以上に大きな問題を起こしたかもしれない。っていうか起こした。
起こしたのはオレじゃなくてレイヴェルだけど。オレも話を聞いた時はビックリしたくらいだし。
「二人ともそんな顔しないで。別に悪い話じゃないから」
「そうなんですか? でも、レイヴェルとんでもないことしちゃったし」
「とんでもないことってお前なぁ。いやまぁ、そうなんだけど」
「そうね。とんでもないことしてくれたわね、あんたは」
「ラミィ」
「……別にそれが悪いって言ってるわけじゃ。でも、前代未聞だもの。竜の卵を人間が継承するなんて」
「…………」
レイヴェルの左目に宿った竜の卵。人族が竜の卵を授かるなんてオレも聞いたことがない。
「確かに前例はないかもしれない。でも、前例がないからこの先もないわけじゃないわ。レイヴェル君の話を聞く限り、あなたは本当にセフィ様に会ったんでしょう」
「はい」
「セフィ様があなたを選んだというなら、それはきっと何か意味があってのこと。心配しなくても私達から何か言うことはないわ」
「でもそれで他の竜人族の方たちは納得してくれるんですか?」
「すぐには納得してくれないでしょうね。でもそれは私とラミィに任せて。納得させてみせるから」
「クロエも心配しなくて大丈夫よ。それよりもレイヴェルにはしてもらわないといけないことがいっぱいあるの。そっちの心配をしたら」
「し、してもらわないといけないことってなんだよ」
「はい、これ」
「うわっ、すごい量の本」
「なんだ……これ……」
「竜の育成本」
ドンッ、と多大な質量を感じさせる重低音と共に机の上に置かれたのは目を背けたくなるほど分厚いいくつもの本。
タイトルは……『初心者でもわかる! 簡単竜の育て方!』『竜と心を通わせるには? 竜育成の達人が教える十の鉄則』『厳選! 知っておくべき竜の習性七選!』などなど……。
いや、うん。わかるんだけどさ。こういうタイトルの方が読みやすい気はするんだけど。なんか……軽い。これが大事な本?
「タイトルがあれなのは私達でもそう思うんだけど。でもこの本が役に立つのは本当よ。私もシエラを育てる時はこの本を読んだもの」
「クゥン」
「そうだったんだ。で、これをレイヴェルにってこと?」
「そう。だって何も知らないでしょ? 竜の育て方なんて。本当は私が教えたいけど、今はそんな暇もないし」
「そういうこと。だからこの本をね。役に立つことは間違いないから持って行ってもらえる?」
「わかりました。ありがとうございます」
「レイヴェル君には大変な役目を任せることになっちゃったわね。本当なら私達がちゃんと手助けをしないといけないのに。ごめんなさい」
「いえ、今がそれどころじゃないのはわかってますから。あの、でも一つ聞いてもいいですか?」
「何かしら」
「この竜って、いつか孵化するんですよね。それがいつになるかわかりますか?」
「そうね。それはわからないわ。一ヶ月か、一年か……私の時は半年。ラミィの時は三ヶ月だったわね」
「バラバラなんですね」
「そうね。だからレイヴェル君の竜がいつ孵化するかはわからないわ」
「ちなみに、竜の卵を授かってる間注意することとか……」
「あ、それも伝えておかないとね。竜が卵の間に気を付けるのは——」
うーん。なんだろう。会話だけ聞いてると妊婦さんに対する注意事項みたいだな。
妊婦……レイヴェルが妊婦。レイヴェルは男なのに妊婦……ぷっ、くくく……。
やばい。想像したらちょっと面白い……。
頭の中で妊婦姿のレイヴェルを想像して思わず笑ってしまう。
「あいたっ! ちょ、ちょっと急になんで頭叩くのっ!」
「お前が変なこと考えてるのがわかったからな」
「別に変なことなんて……ちょっとくらいしか考えてない」
「ちょっとは考えてたんじゃねーか!」
「だ、だってぇ……」
「とにかく注意事項は聞いたから。もう行くぞ」
「え、もういいの?」
「えぇ、大丈夫よ。それよりもギルド長から戻ってこいって言われてるんでしょう? 早く発たないと遅くなってしまうわよ」
あー、確かにイグニドさんの場所まで帰るにはもう里を出ないと夜遅くなるか。
そっか、もうお別れか。
「行きと同じでラミィに送ってもらうわ」
「ラミィが送ってくれるって、シエラはもう大丈夫なの?」
「大丈夫よ。シエラは竜だもの。確かにあの戦いで深い傷は負ったけど、私よりもずっと速く回復したもの」
「そっか。もう大丈夫なのね。良かった」
「クゥン♪」
「あははっ、くすぐったいから舐めないで」
ペロペロと頬を舐められてくすぐったい。
あぁ、可愛いなぁシエラは。
「ホントにクロエが好きねぇシエラは。まぁ私もだけど。それじゃあ私は先に外で準備してるから。荷造り終わったら来てね」
「うん、わかった」
「あぁ。助かる」
ラミィはそのままシエラを連れて部屋から出て行く。
「それじゃあ私達も行こっか。って言っても、荷造りするほどのものはないけど」
「確かに。ほとんどこの里で用意してくれてたしなぁ」
「里がこんな状況じゃなかったらあなた達に渡すお土産くらい用意したんだけどね。ごめんなさいね」
「いえ、リューエルさんにそこまでしてもらうわけにはいきません。むしろ返さないといけないものがいっぱいあるっていうか……」
レイヴェルが眠ってる間とか、ずっと世話になってたわけだし。
あぁなんか考えれば考えるほど申し訳なくなってきた。
昔からずっとリューエルさんには迷惑かけっぱなしで。
「気にしなくていいのよ」
「え?」
「クロエちゃんは私の娘みたいなものだもの。むしろ、あなたが一番大変な時に私もラミィも傍にいれなくて」
「そのことはもういいんです。今はレイヴェルもいますから」
「……そうね。レイヴェル君がいるものね。レイヴェル君、クロエちゃんのことよろしくね」
「え、あ、はい。わかりました」
「ちょ、ちょっとリューエルさん! なんでレイヴェルに私がよろしくされないといけないんですか! 逆です逆! 私がレイヴェルの面倒見るんです!」
「こういう子だから」
「……そうですね」
「ちょっと二人とも、聞いてる? おーい、ちょっとー!!」
二人はオレの言葉なんてどこ吹く風で、クスクスと笑い合う。
こうして、オレとレイヴェルの短くも長い竜人族の里での戦いは幕を下ろし、オレ達はイージアへと帰ったのだった。
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