第151話 クロエとライア
「…………」
「…………」
気まずい。
滅茶苦茶気まずい。
見張りが始まってからしばらく、オレはライアと一緒に『月天宝』の元にいた。レイヴェルとコルヴァは最初に言っていた通り外の方へ見回りに行ってる。
色々考えた結果だからしょうがないといえばしょうがないけど、それでもライアと二人きりっていうのは……うー、早く戻ってこないかなぁレイヴェル。
チラッと横目でライアの方を見て見れば、何も言わずにジッとしたまま目をつむっている。何を考えてるかなんてまるでわからない。
気まずくないのか? いや、この人はそんなこと考えるようなタイプじゃないか。
「……おい、クロエ」
「は、はぃっ?! な、なんですか急に」
「さっきからチラチラ見てくるな。鬱陶しい、気が散る。目障りだ」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
気付かれてた……って、当たり前か。ライアがオレの視線に気づかないはずがない。
はぁ、この状況で何時間もって、軽い精神的な拷問なんだけど。でも見張りってそういうもんか。わいわい騒ぎながらやるようなもんじゃないし。
そう考えたら毎日門の警備とかしてる衛兵ってすごいな。毎日同じ人じゃないんだろうけど、朝まで門の前に立って見張りとかしてるわけだし。
「余計なことを考えている暇があるなら見張りに集中しろ」
「あの、思考読まないで欲しいんですけど」
「別に読んだわけじゃない。ただお前は必要以上に顔に出やすいことを自覚しろ」
「そ、そうですかね? そんなことないと思う……思いたいです……」
「諦めろ」
「……あの、この際だから聞きたいんですけど」
「なんだ?」
「見張りの時って何考えてるんですか?」
「? 何が言いたいんだ」
「いやその、暇って言うとちょっと違う気もするんですけど。こうしてただ見張ってるだけって、やることないじゃないですか」
「見張り自体がやることなんだがな。常に周囲を警戒し続ける、襲撃が来るならどのルートで来るか、どんな方法で来るかを想定する。あらゆる想定はしておくべきだからな。お前はこの見張りの前に宿を一通り確認したか?」
「え、いえ……してないですけど……」
「普通はする。侵入しやすい経路の確認は必須事項だ」
「そう言われると……確かにそうですね」
「まだまだ未熟だな。レイヴェルにも言えることだが」
「どーもすみませんでしたー」
言ってることはもっともなのかもしれないけど、もうちょっと言い方ってものがあるだろうに。まぁこの人に言ってもしょうがないんだろうけどさ。
この人にはそれを言うだけの実績も実力もある。悔しいけど。悔しいけど!
「それよりも、それがお前の聞きたいことだったのか?」
「? えぇ。そうですけど」
「そうか。私はてっきり、お前が今抱えている葛藤についてだと思ったがな」
「っ!」
「言っただろう。お前はわかりやすい。こうしてほとんど関わったことがない私ですら見抜けてしまうほどに」
「…………」
「“それ”がお前が見張りに集中できていない要因か」
その言葉に感じたのは単純な不快感。あの目が、どこまでも真っすぐで鋭い目がオレの心をかき乱す。
この人は本当にどこまでも……いや、違う。これはオレの問題だ。オレが単純に言われたくない所を突かれたからイラついてるだけ。
深呼吸して心を落ち着ける。
「……そうですね。そうなんだと思います。こうしてる今も私は……迷ってる。レイヴェルにも全てを伝えられないくらいに」
「違うな」
「え?」
「答えは出してる。ただ、その答えを自分が出せてしまったことに驚いてる。そしてその戸惑いが一歩踏み出すことを止めている。そんなところか」
「っ……」
「図星か。だが妙だな。何を迷うことがある。私はそれが疑問でならない。たとえそれが——」
「わかってます!!」
「…………」
「わかってるんです。でも私はそんなに簡単に割り切れない」
「……お前は魔剣だ。私が嫌いな魔剣。だが……それにしては人間らし過ぎるな」
「それは」
「詳しい事情は聞かない。聞くつもりもない。興味がないからな」
「うぐっ、そこまで言いますか」
「事実だからな。だが、いかに人間らしかったとしてもお前は人間じゃない。魔剣だ。そして魔剣とは契約者のために存在している。契約した者に理不尽なほど膨大な力を与え、その性根を腐らせる」
それは穿った見方だと言いたい……でも言い切れない。ものすごい偏見ではあるけど、ある意味事実だ。
レベル一の戦士がレベル百の戦士と戦ったらどうなるか。答えは簡単、レベル一の戦士が勝てるわけがない。逆立ちしたって勝てない。それが現実。でもその現実を壊すのが魔剣。
魔剣を持てばレベル一の戦士でもレベル百の戦士に勝てる。勝ててしまう。ライアの言う通り理不尽なほどの膨大な力を与えて。
それが使い手を腐らせる理由。どれほど修練を積んだとしても、魔剣を握れば全てが塵芥となる。その人の努力を否定する力だ。
だから魔剣を嫌う人がいるのは知ってるし、それは仕方のないことだとも思う。
「そんな魔剣であるお前が迷うこと自体が間違いであるのはわかってるんだろう。お前はレイヴェルを選んだ。レイヴェルの剣となった。それが全てだ。腹立たしいがな」
「私は……あなたみたいに真っ直ぐは生きれません。迷わず生きるなんて——」
「甘ったれるな」
「っ!」
気付けばライアがオレの目の前に刀を突きつけていた。鞘から抜いた音すらしていない。いや、認識できなかった。
冷たい光を放つその刀を見て思わず息を呑む。
この人はオレのことを殺せる。
そう理解してしまったから。
「何度でも言ってやる。私は魔剣が嫌いだ。この世から無くなればいいとさえ思ってる。例外はない」
その目に宿るのは明らかな憎しみの感情。刀を持つ手に力が込められてるのがわかる。
「自惚れるな魔剣。壊すことしかできないお前が何かを手にできると思うな」
この人の言う通りだ。オレは魔剣で、人並みの何かを願うこと自体が間違いかもしれない。それでも……。
「……その通りです。私は魔剣。それはどうしたって変えようのない現実。でも、だからって私はただ力を振るうだけの存在にはなりたくない」
それでも、オレはオレだ。魔剣である前にクロエ・ハルカゼだ。他でもないレイヴェルが、そう言ってくれたから。他の魔剣なんて知らない。どうでもいい。
「レイヴェルと一緒に迷って、悩んで、足掻いて……そうやって成長していきたい。たとえそれがどれだけ苦しくても。間違いだったとしても」
「……ふん」
オレの言葉に呆れたのか、ライアは剣を鞘へとしまう。
内心でかなりホッとする。正直生きた心地がしなかったし。
「えっと……ありがとうございました」
「? なにがだ」
「私のことを心配……してくれて?」
「…………」
「あぁいや、そういうのじゃないのはわかってるんですけど」
オレの心配なんかするような人じゃない。さっき刀を向けてきた時だってたぶん本気だった。だからこの人は本当に思ったことをそのまま言っただけなんだろう。
それでも、それがありがたい時もある。
「示して見せますから。私なりの答えを」
「好きにしろ。お前が何をしたとしても私のすることは変わらない。敵となるものは斬る。それだけだ」
結局それから会話らしい会話をすることもなく、オレ達はレイヴェル達が戻って来るのを待ちながら見張りを続けるのだった。
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