第297話 囮という役割

 囮となることを決めたコメットはキュウとともに身を隠しながら目的の場所へと向かう。


「できるだけ多くの目を集める必要がありますわ。キュウ、あなたにも手伝ってもらいますわよ」

「キュウッ!」

「ふふ、頼もしいですわね」


 任せろと言わんばかりに翼を広げるキュウの姿にコメットは小さく微笑む。

 しかしその笑みはすぐに無くなり、その視線は自分の手へと向けられた。

 

「……情けないですわね」


 銃を持つ手が震えている。

 それは決して武者震いなどではない。純然たる恐怖からだ。

 これまでも魔物と戦ったことはあった。しかし、同族と本気で戦ったことは無かった。

 これは訓練では無い。実戦だ。それがわかっているからこその恐怖。もしかしたら命を失うかもしれない。もしかしたら誰かの命を奪ってしまうかもしれない。

 その恐怖が震えという形でコメットのことを苛んでいた。


「ですがやらなければいけないのです。他ならぬわたくしが」


 震えを抑え込むためにギュッと銃を持つ手に力を込めて。そしてその勢いのままにコメットは建物の影から飛び出した。


「キュウ、叫びなさい!」

「キュァアアアアアアアアアッッ!!」


 コメットの言葉に従って、キュウは全身全霊の叫び声を上げる。

 当然のことながらその叫びはその場にいたエルフ達の耳にも届き、コメットとキュウへとその視線が集中する。

 ゾッとするほど無機質な視線がコメットに突き刺さる。また震えそうになる体を意思の力で抑え込み、コメットは近くにいるエルフに照準を向ける。

 コメットに対して攻撃を仕掛けようとする者から狙って狙撃していく。コメットはその目もさることながら、正確な射撃術が群を抜いていた。それは本人すら気づいていない資質だった。


(まずは武器を破壊することですわ。これだけの数、一斉に撃たれたらひとたまりもありませんもの!)


 事前にアイアルから施された魔障壁が他の方向からの射撃を防ぐ。しかしその守りも絶対では無い。このまま攻撃され続ければいずれ突破されるであろうことは目に見えていた。

 

「くっ、ホントに容赦ありませんわね! これでもわたくし王族ですのよ!」


 まさしく集中砲火。その場にいた二十人以上のエルフがコメットとキュウだけを狙って攻撃してきている。当初の目的である囮という役割は十分に果たせていたが、そう長くは持ちそうになかった。


「こうなれば死中に活ですわ。飛び込みますわよキュウ!」


 銃で応戦しながら集団に飛び込むコメット。そうなれば当然四方を兵士達に囲まれることになるが、必然兵士達の銃口もまた仲間に向くことになる。そうすれば銃撃は止めることができるとコメットは考えたのだ。

 そしてその読み通り、コメットが中心に飛び込んだ瞬間に銃撃が止まった。だが今度は直接捕まえようと近接武器を手に襲いかかってくる。


「させませんわ!」


 銃で撃ち抜くのは武器を持つ手と足。同族を傷つけること自体にある種の呵責のようなものはあったが、その気持ちはグッと堪えて冷徹に撃ち抜く。

 幸いだったのは、撃ち抜かれたエルフ達が無表情なままであることだろう。もし苦悶の表情など浮かべられたら撃つこと自体を躊躇ってしまったかもしれないからだ。

 コメットは知らぬことではあったが、ワンダーランドに操られた状態にあるエルフ達はあらゆる感覚が遮断されている。まさしく人形と化していたのだ。

 正確な射撃で近づかせないようにしていたコメットだったが、多勢に無勢。少しずつ距離を詰められ、その包囲網は小さくなっていた。


「キュウッ、キュキュ!!」


 キュウはコメットの背後を守りながら近づいてくるエルフのことを翼や爪を使って追い払っていた。


「彼女はまだですの!?」


 戦い始めてからどれだけ経ったのか、まだ少ししか経っていないのか、それともアイアルが魔法の発動をするのに十分な時間は稼げたのか。身を守りながら戦い続けるコメットにはどれだけの時間が経ったのかわかっていなかった。


「っ!? しま――」


 そんな焦りが動きを鈍らせてしまったのか、一瞬の隙をついて一人のエルフがコメットの腕を掴む。そのままコメットを押し倒したエルフは短剣を振り上げる。


「っ!」


 ギュッと目を瞑るコメット。しかしいつまでたっても予想していた衝撃は襲いかかってこなかった。

 恐る恐る目を開けるコメット。するとコメットを押し倒していたエルフの視線が、それ以外のエルフの視線も一点の集中していた。


「あれは……」


 巨大な火球が空中に浮かんでいた。

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