第76話 あれから一ヶ月

 レイヴェルと一緒にイージアに戻って来てから約一ヶ月の時が過ぎ、オレ達は普通の依頼をこなすようになっていた。


『レイヴェル、後ろ!』

「あぁ、わかってる! くらえっ!」


 オレの声に合わせて背後に迫ってたゴブリンを切り裂くレイヴェル。

 今ので最後のゴブリンだ。

 よし、これでなんとか依頼完了だな。


『レイヴェル、大丈夫?』

「あぁ、もうだいぶ調子戻って来たな」


 竜人族の里からイージアに戻って来た直後は動けはしたけど、剣の練習すらできない状態だった。だからもちろん依頼だって受けれるわけない。

 イグニドさんにもロミナさんにも止められたし、オレ自身も反対だった。

レイヴェルは大丈夫だって言い張ってたけど。

 それから時間も立って、医者の人から大丈夫だってお墨付きをもらって、ようやく依頼が受けれるようになった。

 正直オレはまだ心配だから薬草採取くらいから始めて欲しかったんだけどさ。

 レイヴェルと色々話合った結果、ゴブリン討伐に落ち着いたってわけだ。

 

『それでもまだ万全ってわけじゃないんでしょ?』

「あぁ。まだなんとなく感覚がズレてる気がする」

『私の力使ったらそんな心配することもないのに……』

「それだと俺のリハビリにならないだろ。それに、お前の力に頼り過ぎるのも良くないってイグニドさんも言ってたしな」

『そうだけど……』


 魔剣であるオレとしてはもっと頼られたいって言うか。

 だって相棒だし。レイヴェルの言うこともわかるんだけどさ。


「むぅ……」

「お前のことはちゃんと頼りにしてるよ」


 剣から人に戻ったオレの頭をレイヴェルの手が撫でる。

 女の子の頭を気軽に撫でるのはどうかと思ったりもするけど……まぁレイヴェルだから許してあげよう。

 決して、撫でられるのが気持ち良いからとかそんなんじゃない。絶対にない。

 体は女でも心は男らしく硬派に! ナデポしてしまうようなチョロい女ではないのだ!


「ホントに頼りにしてくれてる?」

「当たり前だろ。さ、早く帰ろうぜ。あんまり時間かけてるとまたロミナさんにどやされる」

「それもそうだね。あ、でもそうだ。私との約束ちゃんと覚えてるよね?」

「約束?」

「まさかもう忘れたの!?」

「あぁいや、忘れたわけじゃないって。ほら……あれだろ。あれ……」

「忘れてるじゃん! 酷い!」


 依頼に出る前にあんなに念押ししたし、絶対って約束したのに!

 これはもうあれだ。オレが心の広い魔剣だからまだ耐えられるけど、魔剣によっちゃ契約を反故にするレベルの仕打ちだ!


「レイヴェル……私、本気で怒るよ?」

「冗談! 冗談だから! ちゃんと覚えてるって! 俺が忘れるわけないだろ」

「……ホントに?」

「あぁ。ホントに覚えてる。宿に戻ったらお前の体を洗うっていう……その、あれだ」

「そうそう! なんだ、良かった~、ちゃんと覚えててくれたんだ」


 はぁ、危なかった。もし本当にレイヴェルが忘れてたら今後の付き合いを改めて考え直すところだった。


「いや、それはいいんだけどよ……いや、よくないのか?」

「どっちなのさ」

「よくない。っていうか、お前はいいのか? その……俺に体洗われても」

「うん、むしろレイヴェル以外に洗われたくないし。っていうか自分じゃ洗えないし」

「やっぱ剣の体は自分じゃ洗えないのか……」

「剣の状態じゃ手も足も出せないからね」


 そう。レイヴェルとの約束とはオレの剣状態の時の体を洗ってもらうことだ。

 今の普通にお風呂に入ればいいけど、剣の状態はそうもいかない。

 だからレイヴェルに洗ってもらう約束をしたんだ。


「あのさ。根本的な疑問なんだが」

「なに?」

「洗う必要あるのか?」

「はぁ? それ本気で言ってる?」

「あぁいや、悪い」

「はぁ……まぁいいけど。必要あるかないかで言ったら……ないかな」

「ないのかよ!」

「だって、私の体は何を斬っても、どれだけ斬っても血とか脂がつくようなこともないから。でもさ、これは気分の問題なの」

「気分?」

「そう。気分。だってレイヴェル想像してみてよ。自分の体がゴブリンにぶつかるんだよ? っていうか、ぶつかるだけじゃなくて中まで抉りこむんだから。そんなの嫌でしょ? 気持ち悪いでしょ?」

「……まぁ確かに気持ち悪いな」


 自分の手がゴブリンの体内に入るのは気持ち悪いでしょって話だ。そんなことしたらもちろん体を洗いたくなる。でも、自分じゃそれはできないからな。


「だからお願いするねって話。ほら、前にも言ったと思うんだけど魔剣の切れ味は私のテンションに依存するから。レイヴェルが綺麗に洗ってくれたら私の切れ味も維持できると思うんだよね!」

「なるほどな。まぁそれでいいなら俺はやるけど。それじゃあクロエは鍛冶師にメンテナンスしてもらう必要とかはないってことか」

「うーん、まぁそうだね。鍛冶師いらずではあるかな」

「そうなのか。てっきり鍛冶師の人にはメンテナンスしてもらう必要があるのかと思ってたけど」

「大丈夫だよ。っていうか私レイヴェル以外の人に触られたくないし。レイヴェルだって嫌でしょ? 私が他の人に触られるの」

「なんかその言い方だと変な感じになるけどな。まぁ……うん、まぁ……嫌と言えば……嫌か」

「なんでそこ歯切れ悪いの! もっとはっきり言い切ってよ!」

「いや恥ずかしいからだよ! わかってくれよそこは!」


 うーん、まぁ確かに男的視点で考えると恥ずかしい……のか?

 男だった時にそんな経験がないからわからない。

 はっきり言ってくれた方がこっちとしては嬉しいものがあったりするけど、とりあえずはこの答えで満足しておくか。


「ちなみになんだけどさ。そういう細かい整備とかしなくても良かったりするっていうこともあって、鍛冶師と魔剣って結構仲が悪いんだよねぇ……」


 魔剣を嫌悪する人は少なからずいたりするけど、鍛冶師もそんな中の一人だ。

 最初こそ魔剣って存在に対して興味を持ってたみたいだけど、魔剣……私達のこういう性質を知るにつれて、どんどん嫌われていった。

 こればっかりはどうしようもない。鍛冶師の生み出す万の剣よりも魔剣一振りの方が強い。そんな風に言われたことまであったらしいし。


「なんていうか……複雑だな」

「そう。複雑なの。だから私もできる限り鍛冶師とは会いたくない。嫌われるのが目に見えてるから。レイヴェルの友達に鍛冶師とかいたりする?」

「お前……俺に友達いないの知ってて言ってんだろ」

「あはは、冗談だよ。冗談。それじゃあ帰ろ。依頼の完了報告して、レイヴェルに体を洗ってもらう! そのために!」

「はいはい。って、足もと気を付けろよ。その辺は木の根っこが——」

「うわぁあああっっ!!」

「言うのが遅かったか」


 やいのやいのと騒ぎながらオレ達はギルドへ向かった。

 ギルドで待ち構えている存在を知らないままに。

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