第三章 獣人族の宝玉編

プロローグ 最強の冒険者

「サイクロプスが出たぞぉおおおおおおっっ!!」


 冒険者の男の叫びが響く。その叫びは緊張を孕んで他の冒険者達へと伝えられた。

 冒険者達がいるのは山間部にある村だった。この村では最近、サイクロプスによる被害が頻発していた。

 もういくつも村が滅ぼされている。

 サイクロプスの危険度はA級。個体によっては、低級の竜とすら渡り合えるほどの魔物だ。

 サイクロプスは人間を肉を主食としており、さらにはその中でも人肉を好んで口にすることで有名だ。

 ゆえに、現れた際の討伐優先度は非常に高い。

 何か特別な力を持っていると言うことはない。しかし、その肉体が驚異的だった。全長にして十メートルは軽く超えるであろう巨体。剣も魔法も通さぬ鋼の肉体。

 このサイクロプスを討伐するために、十人以上の冒険者が集まっていた。


「前衛、サイクロプスを足止めしろ! 魔法部隊、詠唱開始!」


 討伐部隊のリーダーを任されていた男が詠唱の準備をしていた魔法部隊に指示を出す。

 前衛がサイクロプスを足止めし、その間に魔法部隊が高火力魔法を詠唱し、一気に殲滅する。それがリーダーの用意した作戦だった。

 シンプルだが、これがもっとも期待値の高い作戦だったのだ。


「くらえ、『フレイムランス』!!」

「『アースバレット』!!」

「『ウォーターボム』!!」

「『ウィンドカッター』」

「『サンダーボルト』!!」

 

 それぞれがもっとも得意とする魔法を放つ。

 魔法が着弾するギリギリで前衛の冒険者達は後方に飛び退き、その直後にそれぞれの魔法が直撃する。

 避ける暇などない。正面からの直撃だった。


「やったか!?」


 確かな手応えにリーダーの男が歓喜の声を上げる。

 しかし——。


「グググ……ギギギ……」

「ば……バカな……」


 煙の中からサイクロプスが現れる。しかも、ほとんど無傷の状態で。


「お前達本気で撃ったのか!」

「ふざけるな! 当たり前だろ! 俺達は本気で魔法を撃った!」

「ならなぜ無傷なんだ!」

「そんなこと知るか!」


 冒険者達の立てた作戦が悪かったわけではない。むしろ全て上手くいっていたと言っても過言ではなかった。

 ただ一つ、相手にしていたサイクロプスが、変異種であるということに気づくべきだったのだ。

 数多の人間や魔物を喰らい、力を増したこのサイクロプスは通常のサイクロプスよりもずっと強かった。肉体も、その知能もだ。

 バラバラとサイクロプスが身に着けていた物が剥落する。


「あれは……魔防着!?」


 魔法の威力を減衰させるために作り出した服。それを何枚もサイクロプスは身に着けていたのだ。これまで襲った村、そして返り討ちにしてきた冒険者から奪い取って。

 この魔防着が、冒険者達が放った魔法からサイクロプスを守ったのだ。


「くそ、ならばもう一度だ! 前衛、もう一度足止めを! 魔法部隊、詠唱開始だ!」


 慌てて準備し始める冒険者達だったが、一度崩してしまった陣形をすぐに立て直させるほどサイクロプスは甘くなかった。


「ウォオオオオオオオッッ!!」

「うあわぁああああっ!」

「ダメです、陣形立て直せません!」

「くそ!」


 そうしてもたついている間に、サイクロプスは徐々に近づいて来る。

 まさに万事休すといったその時だった。


「はい、どいたどいたー!!」

「そう、どいて」


 緊迫した状況とはあまりにも場違いな、能天気な声が響く。

 突如現れた二人は、今にもサイクロプスに踏みつぶされそうになっていた冒険者を抱えて飛び退く。


「大丈夫?」

「大丈夫でしょ」

「お、お前達は!」

「自己紹介なんて後でいいでしょ。それより今はあいつを……って、もうその必要もないかも」

「ないね」


 鏡映しのようにそっくりな双子の少女達。唯一の違いは赤い髪をまとめたサイドテールを結ぶ位置。それだけが左右対称になっていた。


「その特徴的な赤毛。【塵滅姉妹】……フィール姉妹か!」

「リオ、その呼び方可愛くないから好きじゃなーい」

「ラオは好き。カッコいいから」

「えー、ラオ趣味悪」

「リオこそセンスがない」

「お前達、そんな言い争いをしている場合じゃ……」

「えーなんで?」

「なんでって、見えないのかあのサイクロプスが!」

「あれなら気にしなくていい。もう終わる」

「終わる……っ!」


 そう言われてリーダーの男は気付いた。サイクロプスの前に誰かが立っていることに。


「今回のリオ達の仕事はー、邪魔な人を退けること」

「あの人の邪魔をしないこと。それだけ」

「まさか……それじゃああれが……」


 慄くリーダーの男の視線の先で、その女性は静かにサイクロプスのことを見つめていた。


「ずいぶんと大きく育ったものだ。そこまで成長するのに、どれだけ喰った?」

「ギギ……クウ……クウッ!」


 目の前にいる人間を食おうと手を伸ばすサイクロプス。しかし女性は全く動じない。

 薄紫の長髪をたなびかせながら、そっと腰に佩いた剣に手を伸ばす。


「愚かな……所詮は理性無き魔物か。彼我の力の差も理解できんとは」


 光が走る。リーダーの男が目にすることができたのはそれだけだった。

 次の瞬間には、女性が剣をしまっていた。


「終わりだ」


 ズゥン、と重い音と共にサイクロプスが膝をつき、そのまま倒れた。

 それから少し遅れてサイクロプスの頭が落ちてくる。


「あ……あの一瞬で斬ったのか」

「いやー、お見事。さすがだねぇ」

「それでこそリーダー」

「【剣聖姫】……ライア・レリッカー……」

 

 誰もが知るその女性の名を呟く。

 あれほど苦戦していたサイクロプスを。多くの被害を出していたサイクロプスを。いとも簡単に容易く倒してしまった。

 呆然とする男のもとにライアが近づいて来る。


「お前がこの討伐隊のリーダーか」

「あ、あぁ……そうだ」

「なら、後の処理は任せる。私は行かなければならない場所があるからな。行くぞ、リオ、ラオ」

「はーい!」

「わかった」


 さっさと去って行くライア達をリーダーの男はただ見つめることしかできなかった。






□■□■□■□■□■□■□■□■


「飛べ、ガロウ」

「ガウッ!」


 ガロウと呼ばれた魔獣——雷をその身に纏った、狼のような魔獣——が、ライア達が乗ったことを確認して飛び立つ。


「それで、次はどこに行くんですか?」

「ずいぶん急いでるみたいだけど」

「イージアだ」

「イージア?」

「帰るの?」

「これを読めばわかる」

「手紙? イグニドさんからだ」


 リオとラオはライアから渡された手紙に目を通し、ライアの考えを理解した。


「なるほどねぇ。でも、それじゃあ久しぶりにレイ君に会えるんだ。楽しみだなぁ」

「うん。楽しみ」

「リーダーもちょっと嬉しかったり……あいたっ!」

「黙っていろ」

「余計なこと言うから」

「てへへ、ごめんごめん」


 そんなやり取りをする姉妹を横目で見つめながら、ライアはイグニドから送られてきた手紙。その一文に目を落とす。


『レイ坊が魔剣と契約した』


 そこには確かに、そう書かれている。


「どういうことか……説明してもらうぞレイヴェル」



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