第30話 チョロイン、クロエ

 椅子に座ってから少しして、オレが色んなシミュレーションをしている間にマリアさんがやってきた。


「ごめんなさいねクロエちゃん、レイヴェル君。待たせちゃって」

「いえ、気にしないでください。用があったのは私ですから。むしろ忙しい時にお時間作ってもらって申し訳ないくらいです」

「それこそ気にしないで。こんなうちはそんなに忙しくなることがないもの。それで、お話って何かしら」


 来た。さっそくだけど本題だ。


「あのですね。不躾なお願いだってことは十分理解してるんですけど……私もここに住ませていただけませんか? もちろん家賃は払いますし、お手伝いできることがあればなんでもお手伝いしますので」


 直球ストレート。変に話をややこしく。回りくどくするよりもこっちの方が良い。

 んー、でもこのマリアさんずっと笑顔でいるせいで表情が読めないんだよなぁ。

 さぁこっからだ。いきなり認めてもらうのはまず無理だと思うから、なんとか交渉していかないと。


「もちろんいいわよぉ」

「へ?」

「あら? 聞こえなかったかしら。もちろん大歓迎よ。うちが賑やかになるのは楽しいもの」

「え? は、え?」


 あまりにもあっさり認められ過ぎて上手く言葉が出てこない。

 オレが必死に色んなパターンをシミュレーションした意味とは。

 話がすんなり行き過ぎて、逆に何か裏があるんじゃないかって思うレベルなんだけど。

 だってさ、普通あり得ないだろ。素性の知れない奴が住ませてくださいって言ってきたのを、あっさり受け入れるとかさ。レイヴェルの仲間だからってことを考慮しても普通はもうちょっとなんかあるんじゃないかと思うんだけど。

 そう思ってチラッと隣に座るレイヴェルの顔を確認したら、諦めて受け入れろと言わんばかりの表情で小さく嘆息している。

 どうやらこの人のこれは今に始まったことじゃないらしい。


「この人ずっとこうなんだ。俺の時もかなりあっさり住まわせてもらうことになったからな。こっちが大丈夫かって心配するくらい」

「レイヴェルもそうだったんだ……えっと、ホントにいいんですか?」

「えぇもちろん。そうと決まったらさっそくお部屋の用意をしなくちゃ。フィーリア、ちょっとこっちに来て」

「はぁーい!」


 マリアさんに呼ばれて向こうで机の拭き掃除をしてたフィーリアちゃんが走ってくる。


「どうしたの?」

「ふふ、今日からクロエちゃんも一緒に住むことになったから。お部屋の用意してあげてくれる。あ、クロエちゃんはレイヴェル君の隣のお部屋がいいかしら?」

「いえ、別にお部屋をいただけるのであればどこでも構わないんですけど」

「遠慮しないで。レイヴェル君の隣の部屋も今はちょうど空いてるから。あ、でも今はちょっと荷物を置いてるからまずは片付けないとね。ちょっとだけ時間をくれるかしら?」

「あ、それなら私も片付け手伝いますけど」

「いいのよ。クロエちゃんもここに来たばっかりなら冒険者ギルドに行かないといけないんでしょう? その間に片付けちゃうから」

「え、でも悪いですよ」

「いいのよぉ。これからクロエちゃんも家族になるんだものぉ。遠慮しなくても」


 家族認定早っ!

 なんだこの人。なんか調子狂うなぁ。

 そんなことを考えてたら、ポンと軽く肩を叩かれた。

 肩を叩いてきたのはフィーリアちゃんだった。


「クロエさんの言いたいことはわかりますけど、うちのお母さんずっとこんな感じですから。さっさと慣れちゃった方がいいですよ」

「えっと……でも、大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。だって、お母さんの人を見る目は確かだから。レイヴェルとか、今はいないけどイズミさんとか。お母さんが大丈夫だって言った人はみんな大丈夫なんです。だから、お母さんが大丈夫だって判断したならクロエさんも大丈夫ってことです」

「すごい信頼してるんだね」

「親子ですから。あ、さっきは失礼なこと言っちゃってごめんなさい。レイヴェルってなんていうか人付き合いが下手じゃないですか。だからすぐに女の人に騙されそうだってずっと心配してて。そこにクロエさんみたいな綺麗な人が来たからつい」

「フィーリアちゃん……」


 ええ子や! なんてええ子なんや!

 なんて思わず慣れない関西弁を叫んでしまいたくなるくらいにはオレはフィーリアちゃんの言葉に感動していた。

 っていうかこの子めちゃくちゃしっかりした子だな。

 さっきは年相応って感じだったけど、今はしっかり者って感じだ。


「あの……それで一つお願いがあるんですけど、いいですか?」

「なにかな? 私にできることならなんでも言って」

「お姉ちゃん……って呼んでもいいですか? イズミさんには恥ずかしいからって断られちゃって。でも私、お姉ちゃんにすごく憧れてて……」

「っ——」


 か、可愛いっっ!!

 いじらしくポニーテイルの尻尾を弄るフィーリアちゃんの姿にオレは胸を撃ち抜かれた。

 

「もちろん! 私でよければ好きに呼んで! むしろこっちからお願いしたいくらい!」

「わぁっ、ホントですか!」

「うんうん! もう敬語なんて使わなくていいよ。だって私、お姉ちゃんだから!」


 レイヴェルがお前チョロすぎんだろ、みたいな目で見てるけど気にしない。

 だって私はフィーリアちゃんのお姉ちゃんだから!

 天使。この子は天使やで!


「それじゃあ……これからよろしくね、お姉ちゃん!」

「ぐはっ!」


 あ、危ない。もう少しで鼻血が出るところだった。

 なんとかギリギリで耐えたけどさ。

 妹かぁ。妹欲しかったんだよなぁ。日本に居た頃はくそ生意気な弟しかいなかったし。

 この世界に来てからも妹扱いされるようなことはあっても、お姉ちゃんなんて慕ってくれる子は滅多にいなかったし。

 これからここにいる間はお世話になるんだし、お姉ちゃんとしてしっかり可愛がってあげよう。


「ふふ、二人ともすっかり仲良しねぇ」

「仲良しっていうか。クロエがチョロすぎるだけだと思いますけど」

「フィーリアとも上手くやっていけそうで良かったわ」

「それはまぁ、オレも安心しましたけど」

「お母さんもレイヴェルもなにコソコソ話してるの。ほら、お母さんと私は早くお姉ちゃんの部屋の片づけしないと。レイヴェルはお姉ちゃんと一緒にギルドにいかないといけないんでしょ」

「はいはい。わかってるわよ。あ、そうだクロエさん。それじゃあさっそくで悪いんだけど一つお願いしてもいいかしら?」

「もちろんです。何ですか?」

「今日はクロエちゃんっていう家族が増えた記念日だから、盛大にお祝いしたいの。だから、帰りに市場で少し買い物をしてきて欲しいなって」

「わかりました。任せてください。何を買ってきたらいいですか?」

「それじゃあメモとお金渡すから、それをお願いね。場所はレイヴェル君が知ってるから」

「はい。わかりました」

「イズミさんにも伝えておくから、今日は早く帰って来てね、お姉ちゃん」

「うん、すぐに用事終わらせて帰って来るから待っててね!」

「テンションたけぇなおい」

「レイヴェルもだからね」

「はいはい。わかってるよ。それじゃあ行くか」

「二人の荷物はこっちで預かっておくから。そこに置いておいて」

「ありがとうございます」

「どうも」

「それじゃあ二人とも、いってらっしゃい」

「「はい、行ってきます」」


 ちょっとだけ気恥ずかしい気持ちになりながらオレは返事をする。

 こうしてオレはイージアで住む場所と、可愛い妹を手に入れたのだった。


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