第29話 『鈴蘭荘』
走り去ってしまったラミィのことは気がかりだったけど、追いかけても今はまともに話を聞いてくれないだろうってことで、オレとレイヴェルは当初の目的通りまずはレイヴェルの泊ってる宿に向かうことになった。
「それにしても、さっきは言わなかったけど竜人族の友達がいるって何気にすごいな」
「あはは、これでも色んなところを旅してたからね。人脈の広さには自信があるよ」
竜人族は他種族に対して非常に気難しいことで有名だ。
このセイレン王国は他種族国家で、人族だけじゃなくてエルフ族とかドワーフ族とか、獣人族とかが住んでたりするけど、竜人族と魔人族は滅多に見かけない。
竜人族は自分の住んでる里から滅多に出ないし、魔人族は……まぁ色々と問題のある種族だし。
種としての絶対数の少ない竜人族は特に排他的っていうか。自分以外の種族を認めない、みたいなところもある。
先輩曰く、昔よりはマシになったらしいけどな。
それでもそういう意識は完全に拭いきれてないらしくて、今日のラミィの検問官達やレイヴェルへの態度はまさにそれの表れだ。
まぁ、レイヴェルはオレのことも大きいんだろうけど。
オレは昔、元の世界に戻る手段を探すためにひたすら色んなところを旅してたから世界各地、色んな種族に友達がいる。
これはオレのちょっとした自慢だ。
「レイヴェルはこのイージアに友達いたりする?」
「……いると思うか?」
「思わない」
「だったら言うんじゃねーよ!」
まぁレイヴェルに友達がいないことはなんとなくわかってた。
いたら一人で冒険者してないだろうし。
でも確かに目つきは悪いけど、話して見たら悪い奴じゃないし、普通に友達できそうなんだけどな……なんか理由でもあるのか?
んー、まぁ今は気にしてもしょうがないか。
友達がいないならこれから作ればいいわけだし。できればラミィとも友達になって欲しい……ってのは無理かなー。レイヴェルはともかく、ラミィが嫌がりそう。
「それでさ、レイヴェルが住んでる宿の名前ってなんだっけ?」
「『鈴蘭荘』って名前だ。なんでもマリアさん……あ、宿の店主な。そのマリアさんが好きな花の名前をつけたらしい」
「店主女性なの?」
「あぁ。マリアさんと、その子供のフィーリアちゃんと、住み込みで働いてるイズミさんの三人で切り盛りしてるみたいだぞ。旦那さんはフィーリアちゃんが小さい頃に事故で亡くなったらしくてな。まだ十歳なのにちゃんと手伝いして、偉いと思うよ」
「ふぅーん……そのイズミさんって人も女性?」
「そうだけど。それがどうかしたのか?」
「ううん。なんでもないけど……」
あれ、ってことはつまりなんだ?
女性だけがいる宿にレイヴェルは住んでるってわけか?
「男手が欲しかったからって好意で部屋を貸してもらってるけど、ほんとにありがたい話だよ。イージアに来た時はろくにお金も持ってなかったし。っと、ほら、あそこだ。見えてきたぞ」
大通りからは少し外れた場所にその宿はあった。
想像してたよりも綺麗な宿だ。それに思ったより大きい。三人でやってるって話だから、これ以上の大きさは無理なんだろうけど。
「たぶん今の時間なら全員いるだろうし、さっそく入るか」
「うん。あ、私が魔剣だってことは言わないでね」
「わかってるけど。それならなんて言うんだ?」
「んー、王都で見つけた冒険者仲間?」
「それしかないよなー。他に一緒にいて不自然じゃない理由なんてないし」
ちょっと緊張してきた。レイヴェルの契約者として一緒に居たいけど、それも認めてもらえたらの話だし。最悪この近くに住む場所探さないといけないんだよなぁ。
オレが緊張してることに気づいてるのか、気付いてないのか。たぶんわかってないんだと思うんだけど。
「ただいま戻りました」
「あ、レイヴェルだ!」
レイヴェルとオレが宿の中に入ると、金髪のポニーテイル少女が元気よく駆け寄って来た。さっきの話を聞く限り、この子がフィーリアって子なのかな?
「おかえりレイヴェル! と……誰?」
「初めまして。私クロエって言います」
とりあえず第一印象大事ってことで、笑顔で挨拶。これは結構得意だ。
相手に不快感を与えない笑顔。何年も練習して身に着けた完璧な笑顔だ。
「レ……」
「レ?」
「レイヴェルが彼女連れて帰って来たぁああああああああっっ!!」
「「ぶっ?!」」
想像もしてなかった言葉にオレもレイヴェルも思わず吹き出す。
でもこのフィーリアって子の驚きはその比ではなかったらしく、わなわなと小さく震えたかと思ったら急に駆け出した。
「お母さんに報告しなきゃ!」
「お、おいフィーリア!」
「おかーーさーーーん!! 大変だ大変だぁ!!」
レイヴェルが呼び止めても聞く耳すら持たず、キッチンにいたであろう母親のことを連れて来た。
「どうしたのフィーリアちゃん、大きな声で。机の掃除は終わったの?」
「それどころじゃないんだってば! ほら、早く早く!」
「あらあらもう、そんなにひっぱらないで。服が伸びちゃうから」
連れてこられたのはフィーリアちゃんと同じ綺麗な金色の髪を持った女性。
とても一児の母とは思えないほど美人さんだ。え、フィーリアちゃんはたぶん十歳前後だと思うんだけど……あの人二十歳くらいにしか見えないんだけど。
しかもめっちゃ巨乳。否、爆乳。あれが母性の塊か。
思わず自分の胸に手を当てる。いや、別に小さいわけじゃないんだけどさ。巨でも貧でもない普だからなぁ。
ラミィは美乳って騒ぐけど。あの胸の前では全てが霞む気がする。
これが胸部格差か。
ま、まぁ別に大きくなりたいわけじゃないから。気にしてないから。
「あらぁ、レイヴェル君じゃない。帰ってきたのね。それと……」
「あ、初めまして。クロエです。私はレイヴェルの——」
「彼女だよ! お母さん、レイヴェルが王都で彼女捕まえて帰ってきた!」
「あらあらまぁまぁ」
彼女じゃねーよ! っていうか捕まえて来たってなんだよ。オレは野生動物か!
「レイヴェル君もそういうお年頃なのね~」
「いやあの、違いますから。クロエは俺の彼女じゃないです」
「あらそうなの?」
「えーー、違うのー」
「なんで二人とも残念がるんですか。クロエは俺の冒険者仲間です。王都で一緒に仕事する機会があって、それで気が合ったんでチームを組むことになりました」
「彼女候補ってこと?」
「違う! なんでもかんでも彼女と話を繋げようとするな!」
「でも本当に大丈夫? こーんなに綺麗な人が強面無愛想のレイヴェルとチーム組んでくれるなんて、どんな奇跡があったらそうなるの」
「こらフィーリア! 失礼なこと言っちゃダメでしょ。ごめんなさいねぇクロエさん。この子が失礼なことを」
「いえ、気にしないでください」
フィーリアちゃんの言うことももっともだし。普通に考えたらレイヴェルが王都で女に騙されたようにしか見えないよな。
「ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だって。こいつはそういう奴じゃないから」
「ふーん、ずいぶん信頼してるんだね」
「色々あったからな」
チラチラとオレに目を向けてくるフィーリアちゃん。疑い、心配……そんな感じの目だ。
うーん、なるほど。この子はオレのことを信用してないっていうより、レイヴェルの事が心配なのか。
いきなり王都から知らない女連れて帰ってきたらそうなるのも当然かもしれない。この子からしたらお兄ちゃんが急に彼女連れて家に帰ってきたみたいな感じだもんな。
オレは彼女じゃないけど。
まぁ冒険者仲間だって似たようなもんだ。心配するのも当たり前か。
ふふ、いい子なんだな。ちょっと言い過ぎな感はあるけど。
「それで、こいつのことで話があるんですけど……今ちょっと大丈夫ですか?」
「えぇ。あ、でももう少しだけ待ってくれる。昼食の仕込みしないといけないの。すぐに終わるから、座って待ってて。フィーリア、お茶をお出しして」
「はぁーい」
さぁ、こっからが本番だ。なんとかしてこの宿に住ませてもらえるように頼まないとな。
小さく深呼吸して、オレは椅子に座った。
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