第26話 ラミィ・アイスファル

 ラミィ・アイスファル。

 腰の半ばまで伸びた綺麗な水色の髪と、同じ色の瞳。そして額に生えた二本の角が特徴的な少女。超がつくほどの美少女だ。

 人ではないのではないかと思うほどの美貌を持つラミィ。確かに言ってしまえばラミィは人じゃない。彼女は竜人族だからだ。

 そんなラミィとオレは七十年前からの友人だ。エルフ族や竜人族は他の種族と比べてもかなりの長寿だ。

 それこそエルフなんかだと二千年生きてますみたいな奴もいるし。昔あった竜人族の長も千年以上は生きてるって言ってたっけ。

 だからラミィも見た目は完全に十代なんだけど、その実年齢はもっと上だ。

 まぁ、人の年齢で考えたら見た目通りの十代で間違いないんだけど。このあたりはやっぱり種族間の違いってやつなんだろう。

 不老不死の魔剣であるオレが言うのも変な感じだけど。

 んで、そんなラミィがなんでかイージアの前で検問官と喧嘩してたわけなんだけど……。


「クロエ、クロエじゃない! わぁ、本物ね。クンクン……うん、この匂いは本物のクロエだわ!」

「ちょ、ちょっとラミィ。匂い嗅ぐのは止めてっていつも言ってるでしょ」

「しょうがないじゃない。私、クロエの匂い大好きなんだもの」

「わぷっ」


 ラミィの身長はオレよりかなり大きい。170後半はあるはずだ。遠慮なしに抱きしめられるとちょっと苦しい。


「あぁ、久しぶりのクロエの匂いに温かさ。何年振りかしら」

「確かに最後に会ったのはもう何年も前のことだけど……って、そうじゃなくて! こんなところで何してるの!」

「何って、私はここの冒険者ギルドに用事があったから来たんだけど。そしたらあのおっさん共が私が怪しいから通せないだなんて言い出して。シエラのことけしかけてやろうかと思ったわよ」

「そんな物騒なこと言わないでよ……」


 シエラってのはラミィが乗ってた真っ白な竜のことだ。紛れもない魔物ではあるんだけど、シエラはちょっと特別だ。

 だけどそんなこと、竜人族の里内ならまだしも外の人が知ってるわけないし。


「そんなことしちゃダメだからね」

「クロエがそういうならしないわ。でもシエラを中に連れて入れないとなると困ったわね。どうにかできないかしら」

「さすがにシエラを中には連れていけないと思うよ。可哀想だけど」

「うーん。でもだからってシエラを外に置いとくわけにはいかないし。小さな魔物なら連れて連れて入っても大丈夫かしら」

「うん。それなら大丈夫だと思うよ」


 危険性の無い小さな魔物ならペットにしてる人もいるしな。王都にもいたし、そういう人。


「ならなんとかできるかも。ちょっと待っててねクロエ。すぐに終わらせて来るから」

「?」


 そう言うとクロエはずかずかと歩いて検問官達の所へ戻っていった。

 どうする気だあいつ。まさかホントにシエラのこと暴れさせる気じゃ……いやでもそれはないか。

 自惚れてるつもりはないけど、オレは相当ラミィに気に入られてる。だからオレがダメだって言ったことラミィがしたことはこれまで一度もない。

 だから大丈夫だと思いたいんだけど。

 ハラハラと見つめる視界の先でラミィは兵士達に囲まれても臆した様子なく言い放つ。


「あんた達の言いたいことはわかったわ。ようは私のシエラが危ないから私を中に入れられないって言うんでしょ」

「それもそうだが……」

「ならわかったわ。郷に入っては郷に従え。苦渋の決断だけどシエラを中に連れていくのは諦めるわ。それでいい?」

「それなら……」

「いや待て。その間その魔物はどうする気だ。まさかここに置いていくつもりではないだろうな。いつ暴れ出すかもわからん魔物をこんなところに放置するのは許さんぞ」

「心配ご無用。この子には首輪がついてるでしょ。この首輪には特別な魔法がかかってるの。転送魔法がね。あらかじめ定めた場所にこの子を飛ばせる魔法。それでこの子を送り返すわ」


 ラミィはそう言うとシエラの首輪に手を当てる。すると、光りがシエラの体を包み込んで……その光が消える頃にはシエラの姿はその場から消えてなくなっていた。

 周囲の兵士達が慌ててシエラの姿を探してるけど見つかることは無かった。

 かくいうオレも目の前で起こったことに驚いていた。

 へぇ、すごいな。転送魔法なんてあるんだ。知らなかった。

 どこに転送したんだろ。里かな?


「ほら、これで満足でしょ」

「ま、待て。お前の身分は」

「私の身分? 竜人族、第五族が長リュシャンの娘ラミィ・アイスファル。これでいい?」

「どうだ」

「……嘘は言っていないようです」

「嘘なんて言うはずないでしょ。ったく、時間かけさせて。ほら、入るからさっさと門を開けなさいよ」


 威圧的に検問官達のことを睨むラミィ。ほんとに昔から気が強いっていうか。

 もっと言い方あるだろうに。ここにいるオレが言っても仕方ないことだけど。

 まぁでもとりあえず無事に入れたみたいだし、良かったかな。

 門をくぐる直前、ラミィが振り返ってオレに向かって小さく手を振る。オレも手を振り返すと嬉しそうに笑顔を浮かべてイージアの中へと入っていった。

 オレやシエラに向ける愛想の十分の一でも他の人に向けれたらなぁ。

 なんて、あいつには無理な話か。


「列も動き出したし、早く戻らないと」


 ラミィの騒動が解決したことでようやく渋滞の列も動き出した。

 オレはそのまま走ってレインの元まで戻る。


「あ、やっと戻ってきたのか。もう列も動き出したぞ」

「うん、ちょっと色々あって」

「それで、結局先頭で何が起きてたんだ?」

「ちょっとしたもめ事……かな」

「もめ事か。いったいどんな奴が検問官に噛みついてたのやら。たまにいるんだよな、そういうやつ。顔が見てみたいぜ」

「あはは……たぶんまだ中で待ってると思うからレイヴェルも会うことになると思うけど……」

「ん? なんか言ったか?」

「な、なんでもない。それよりさ、イージアに入ったら最初はどこに行くの?」

「そうだな。とりあえずオレの居候してる宿に行く予定だよ。オレの荷物も置いときたいし。クロエも荷物持ったまま移動するのは嫌だろ」

「宿に泊まってる……じゃなくて、居候してるの?」

「あぁ。店主の好意でな。部屋を一室借りてるんだ。その代わりなんだかんだって手伝いさせられてるけど」

「等価交換ってやつだね。私もレイヴェルと同じ宿に住めるかな?」

「どうだろうな。その辺は相談してみないとわからないけど。あの人のことだからたぶん大丈夫だと思うけど」

「だといいんだけど」

「その後にギルドだな。帰って来たってことを伝えに行くのと……クロエのことも話さないとだし。なぁ、極力秘密にって言われたけどよ。ギルドマスターには本当にこと伝えといていいか?」

「え、どうして?」

「下手に隠し事すると後が面倒なんだ。あの人そういうの目敏いし」

「信用できる人なの?」

「まぁ大丈夫だと思う……たぶん、おそらく、きっと……」

「そこは言い切って欲しかったけど……ま、いいか」


 色々と考えないといけないこともあるけど……目下の問題はラミィだよなぁ。

 たぶん……っていうか絶対中でオレのこと待ってるだろうし。

 レイヴェルのこと教えたら怒るかなぁ。はぁ、ちょっと憂鬱かも。

 そんなオレの憂鬱とは裏腹に、さきほどまでとは打って変わって列はどんどんと進んでいく。

 そしてオレ達もまた、イージアへと足を踏み入れた。

 

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