第100話 ファーラとヴァルガ

 狼族のファーラとヴァルガ。

 その昔……って言っても二十年くらい前の話だけど。一緒に旅してた仲間だ。二十年前……一番旅仲間が多かった頃だな。

 ラミィに先輩達に、ファーラにヴァルガ。エルフ族とドワーフ族の仲間もいて、それからあいつとキアラもいた……たぶん、オレの中でも一番、楽しかった思い出の多かった頃。

 色んな事情があって集まったメンバーだったし、全員の仲が良かったわけでもない。そんな滅茶苦茶なパーティだったけど、でも本当に楽しかった。それだけは絶対に嘘じゃない。

 この二人は事情があって途中でパーティを抜けて獣人国に戻ったんだけど、その後どうなったのかはほとんど知らなかったからかなり驚いてるっていうのが正直な所だ。


「そっか、さっきの人だかりの中心にいたのってファーラとヴァルガだったんだね」

「そうそう! 実はアタシ達ちょっとした有名人なんだよねぇ」

「まぁ意図したことではないが、俺達の名がそれなりに有名なのは事実だろう」

「ファーラはともかく、ヴァルガは目立つの苦手だったのに。克服できたの?」

「あっははは! この男がそれを克服できてるわけじゃないでしょ。いまだに人前に出る時はガチガチ、おかげで怖がられたりしちゃって。もう情けないったらないっての」

「ふふ、そういう所は相変わらずなんだ。なんかちょっと安心したかも」


 ヴァルガはいわゆるあがり症だ。

 見た目はレイヴェル以上の強面。カムイにも負けないほどの巨躯のせいで怖がられることも少なくなかった。

 まぁ強面だけどイケメンではあるから女性人気は昔からかなりあったけど。

 寡黙だーとか言われてさ。でも本当は寡黙なんじゃなくて喋れないだけ。女性に囲まれて固まってるヴァルガをみんなで笑って見てたこともある。

 昔よりもずっと成長してるけど、そういう所は変わってないんだな。


「ヴァルガが心底リラックスしてるのなんて家の中にいる時とか寝てる時くらいじゃない? 寝顔だけは穏やかだもんねぇ、こいつ」

「……ん? ねぇ、ちょっと待って」

「どうしたの?」

「なんでファーラが家だとリラックスしてるとか、ヴァルガの寝顔は穏やかだとか知ってるの?」

「「っ!」」


 驚いた顔をしたと思ったら、急に顔を赤らめてモジモジしだす二人。

 え、いや、ちょっと待て。この反応……もしかして当たりか?

 いやでもこの二人に限ってそんなことが?

 だってこの二人旅してた時相当仲が悪かったぞ。奔放なファーラとクソがつくほど真面目なヴァルガ。

 二人とも一流の戦士ってこと以外は合わなさ過ぎていつも喧嘩してたくらいなのに。


「その……もしかしてなんだけどさ」

「う、うん……」

「報告しようとは思ってたんだ」


 すっと手を出す二人。

 二人の左手の薬指にハマっているのは多少の違いはあれど、同じような意匠が施されたペアリング。いわゆる結婚指輪。

 その瞬間、ふとキアラの言葉を思い出した。



『ねぇクロエ、あの二人いつか結婚すると思わない?』

『え、いやいやあり得ないでしょ。だって今もあんなに喧嘩してるのに。相性最悪だよあの二人』

『はぁ……だいぶ思考は染まったと思ったけどまだまだ理解力が足りない。私の予想は絶対、外れたりなんかしないのに』

『その根拠のない自信はホントどこから来てるの……』

『それは私が私だから。とにかく、あの二人は結婚する。これは絶対と見た』



 あの頃はキアラの妄言だとしか思わなかったけど……いや、まさか本当に当たるとは。

 ごめんキアラ。あの時は本気でバカにしてた。


「そっか……結婚したんだね」

「結婚したのは二年くらい前だけど」

「お前達と別れた後、こちらにも色々とあってな」

「二十年だもんね。そりゃ色々あるよ」


 あの頃の二人が十四歳と十五歳。つまり今は三十四歳と三十五歳か。

 獣人族は成長が早くて老いが遅い。寿命自体は人族とそれほど変わらないけど、全盛期の期間がかなり長い。そう考えたら早いともいけないけど、決して遅い結婚ではないんだろう。


「でも、そういうクロエは全然変わってないね」

「あぁ、あの頃のままだ」

「当たり前でしょ。私は魔剣。不老の存在だもん」

「クロエのこと見てるとあの頃を思い出すなぁ」

「懐かしい……今でも夢に見るほどだ」

「そういう割にはすぐに私だって気付かなかったみたいだけど」

「それはその……ちょっと酔ってたからで、ア、アタシは悪くないよ。ヴァルガが言ってくれないのが悪いんだ」

「それを俺のせいにするな。まだ昼なのに俺が止めるのも聞かずに阿保みたいに飲んで、かと思ったら懐かしい匂いがするとか言ってフラフラこっちへ来て。お前の振り回される俺の迷惑を考えろ」

「何よ! アタシを支えるのがあんたの役目でしょ!」

「限度があると言ってるんだ! だいたい支え合うのが夫婦というものであってだな、お前にはその辺りの自覚が——」

「あー、でたでたヴァルガの小言。そういうの今はいいから」

「俺の話をちゃんと聞け!」


 目の前にいるオレとレイヴェルのことも忘れて喧嘩を始める二人。

 突然始まった喧嘩にレイヴェルは唖然としてる。まぁそれも無理もない。

 でもオレからしたら懐かしい光景だ。まるであの頃が戻ってきたみたいな。

 そうか……そうだよな。


「ふふ……」

「? どうしたのクロエ。急に嬉しそうに笑って」

「何か面白いことでもあったのか?」

「うん、今まさに目の前でね。なんていうか……ファーラとヴァルガだなって思っただけ」

「なにそれ」

「どういうことだ」

「なんでもない。それより喧嘩はそれくらいにしてよね。こっちの紹介もあるんだから」

「っ! そうだった!」

「そうだな。それも聞かねばなるまい」


 喧嘩を止めた二人はオレの隣に座るレイヴェルへと目を向ける。

 完全に置いてけぼりの状況だったレイヴェルは急に注目されてちょっとビックリしてた。ちょっと面白い顔だ。


「ずっと気になってたんだけど。その……アタシ達の予想通りだったりする?」

「うん、たぶんね」

「あのクロエにとうとう彼氏が——」

「ってなんでそっちに行くの!」

「え、違うの?」

「違うから!」

「ファーラ、ふざけるのはそれくらいにしておけ。その少年はお前の契約者……なんだな」

「……うん」

「つまり恋人と」

「だからぁ! 違うって! 言ってんでしょお!」

「ごめんごめん。冗談だからそんなに怒らないでってば。そっか、クロエの契約者か」

「どうも」

「君、名前は?」

「レイヴェル。レイヴェル・アークナーです」

「「…………」」

「あの、何か?」

「あ、ううん。なんでもない。ただあれだけ色んな人から契約を迫られたクロエが選んだ人が君なんだなぁって思って。ちょっと感慨深くなっただけ」

「ラミィさんは言わずもがな、聞けば獣王様からも契約を乞われたことがあるそうだからな」

「っ!? そうなのかクロエ!」

「昔の話だよ。ずっと昔の話。その場ですぐに断ったし」

「ってきりクロエには契約する気なんてないんだと思ってたけど、とうとう決めたんだね」

「別に契約する気がなかったわけじゃないし。相応しい人が現れたら契約したいと思うのは魔剣として当然でしょ。レイヴェルは私が初めて心から契約したいと思えた人だから。だから今はすごく幸せだよ」

「おぉ……」

「はは、なんとうか……」

「? 何? どうしたの?」

「まさかクロエに惚気られる日がくるなんてねぇ」

「あぁ、予想外だ」

「べ、別に惚気てなんてないでしょ! ってなんでレイヴェルまで恥ずかしそうな顔してるの!」

「いやだってお前……相当恥ずかしいこと言ったぞ。自覚ないのかよ」

「え、えぇ……」


 どこだ。どの部分が恥ずかしい言葉だったんだ……全然わからない。


「あははっ、でも良かった。クロエも元気でやってるみたいで。連絡取りたかったけどどこにいるかもわからないし。この国にも来てくれないし」

「それはその……悪かったと思ってるけど」

「レイヴェルは冒険者なの?」

「あぁ、はい。一応。まだまだ駆け出しですけど」

「そっかぁ。それじゃあレイヴェル達が今回依頼を受けて来てくれた冒険者なわけだ」

「? なんでそんなこと知ってるの二人とも」

「あぁ、実は今回至宝の移送にあたって依頼を受けたのはレイヴェルのような冒険者だけではない。俺達狼族もまた依頼を受けたんだ。狙われた至宝は狼族にとっては」

「えぇ!? そうだったの!」

「私達だけじゃないけどね。とにかく、よろしくね二人とも!」

「俺達も微力を尽くさせてもらおう」


 そう言って頼もしい笑みを浮かべるファーラとヴァルガ。

 カムイ……オレとファーラ達が知り合いだってことは知ってたはずなのに。わざと言わなかったなあいつ!

 ファーラ達と一緒に依頼を受けれる喜び半分、それを教えてくれなかったカムイへの怒り半分って感じだ。


「ねぇねぇ、それよりもさ。今回の依頼についての話はまたいつでもできるんだから、クロエ達の話をもっと聞かせてよ」

「それはいいけど……じゃあその代わり、そっちの話も聞かせてね」


 その後もレイヴェルを交えて二人の馴れ初め話やオレとレイヴェルの出会いについてなど、色々な話に花を咲かせたのだった。

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