第65話 化け物
「あぁあああああああああっっ!!」
怒りを燃やせ。
「くははっ! 最初から全力かよ!」
『本気で怒ってるじゃん』
理性なんていらない。
闘争心で理性を塗りつぶせ。
「らぁっ!」
怒りに身を任せれば、理性を捨ててしまえば、今もこの胸に巣食うどうしようもない無力感を忘れられるから。
なんでオレはレイヴェルの傍にいなかった?
なんでオレはレイヴェルの隣で戦ってないんだ?
オレはレイヴェルの相棒で、レイヴェルだけの魔剣で、だからずっと隣にいてレイヴェルの戦いをサポートしないといけなかったのに。
どうしてオレは……なんでオレはいつも間に合わない。
なんでもできる最強の魔剣?
違う。オレはそんなんじゃない。
わかってたはずだ。
わかってたのに目を逸らした。
少しでも自分を良い風に見せようとして、できもしないことを謳った。
オレにできるのはその能力のまま。
全てを《破壊》すること。
怖かった。
自分の力がレイヴェルの大事なものまで破壊してしまうんじゃないかって。
だからこそ安心してしまった。
レイヴェルが自分も強くなるって言ってくれた時に。
オレの破壊の力を……オレ自身でさえ制御しきれてない破壊の力だけを頼りにしないって言ってくれたことが嬉しかった。
でも……その結果がこれだ。
オレがオレの力を恐れて十分に力を発揮しなかったから、誰よりも守りたかったはずのレイヴェルは倒れてる。
大事な友達が傷ついてる。
誰のせいだ?
決まってるオレのせいだ。
オレにもっとちゃんと覚悟があれば……魔剣としての自覚があれば、きっとこんなことにはならなかった。
でも大丈夫だから。もう大丈夫だから。
人間としての意識なんていらない。今のままじゃ最強になり切れないから。
オレは武器だ。もう人間じゃない。そのことをちゃんと思い出さないといけない。
自分自身に刻み込まないといけない。
オレは……。
オレは…………。
クロエが地面を殴った瞬間、地面が破砕した。
ただの一発で巨大なクレーターが完成し、石礫がディエド達に襲いかかる。
「最高じゃねーか! なんつー破壊力だよ」
そんなクロエの一撃を見てもディエドが慄くことはなく、むしろ心底楽しいと言わんばかりに高笑いする。
「それがてめぇの力か? 違ぇよなぁ! もっとあんだろ! 見せてみろや!!」
ディエドがクロエへ呪剣を飛ばす。
レイヴェルを瀕死へと追いやった呪剣を前にクロエが憤怒の表情を見せる。
相手がクロエ……魔剣ということだけあってディエドも容赦はしない。
正面からだけでなく、前後左右全方位を呪剣で囲んだ。
逃げ場などなく、無手のクロエにこの一撃を防ぐ術はない。
しかし、クロエの目には焦りも動揺も無かった。
「“全部砕けろっ!!”」
怒りのままに叫ぶクロエ。
それだけで、クロエの迫っていた全ての呪剣が砕け散った。
「おいおいマジかよ」
『ヒュ~、最高だね』
驚きつつもどこか愉悦を隠しきれない声。
敵が、クロエが強者であることにもはや疑いはなく、そして強者との戦いを望む二人にとってそれは何よりも最高の情報だった。
「お前達も……壊れて無くなれ!!」
「いいなぁ、いいなぁおい。本気で俺らのことを殺しに来てやがる。そうだよなぁ。戦いってのはそうじゃねぇと面白くねぇ。互いに対等に命を懸けたうえで、正攻法でも卑怯な手段を使ってもなんでもいい! どんだけボロボロになろうが最後に生きてた方が勝ち! そうが真剣勝負ってもんだよなぁ!」
『いっひひひ♪ ディエド楽しそうだねぇ。わかる、わかるよぉ。だってダーちゃんも今最高に楽しいもん』
「だよなぁ。最近強ぇ奴と戦えなくてイライラしてたんだ。俺らがお前のことぶっ壊してやるよ! ディエド!」
『あいあいさー。やっちゃうよぉ♪』
ディエドの持つ剣が紫紺の光を帯びる。
ここにいたってディエドはダーヴの力を本気で使うことを決めた。
それはディエドとダーヴがクロエのことを強者と認めた証左でもある。
しかしクロエにとってはそんなことはどうでもよかった。
目の前にいるディエドとダーヴを壊す。
今のクロエの頭にあるのはそれだけだ。それ以外のことは何も考えていなかった。
地面を蹴って突進してきたクロエに対してディエドは何度も無造作に剣を振る。
『《残撃》いっちゃうよー』
「呪剣技——『苦喪の糸』」
剣の通った軌跡が全て残り続ける。それがダーヴの持つ能力の一つ《残撃》の効果だ。
その残撃に触れればその箇所は斬られることになる。オンもオフも自由自在。突然襲い来る不可視の一撃だ。
蜘蛛が獲物を絡めとるよに不可視の剣撃の範囲を広げるディエド。クロエがどこから仕掛けて来ても必ず残撃の糸に触れることになるのだ。
「邪魔……だっ!」
そんな一撃に対してクロエの答えは単純明快だった。
自分の能力を使って《残撃》を《破壊》する。
クロエの持つ
それは魔剣の能力ですら例外ではない。
クロエは自身の身に破壊の力を纏うことで、強引に残撃の糸が張り巡らされた場所を突破したのだ。
「ちっ、やっぱそうだよなぁ。前もそうだったもんなぁ」
『むー、相性悪すぎ。でもさぁ……ちょっと能力に頼り過ぎじゃない?』
クロエとダーヴ。単純な能力にだけ目を向ければクロエの方に軍配が上がるのかもしれない。クロエの持つ《破壊》の能力はダーヴの能力をことごとく無力化できるからだ。
しかしそれだけで勝てるほどディエドとダーヴは甘くない。経験してきた修羅場の数はクロエの比ではないのだから。
能力の通じない相手も、技術で及ばない相手も、全てにおいて負けていたとしても。その全てに勝利しここまでやってきた。それがディエドとダーヴだ。
「能力は頭抜けてる。でもよぉ、お前自身は紛れもなく素人だ」
「っ!」
乱雑に振るわれるクロエの拳を全て躱し続けるディエド。破壊の力が込められたクロエの拳は当たれば脅威だ。しかし、当たらなければただの拳と何ら変わりない。
クロエがどれほどがむしゃらに拳を振るってもディエドはその全てを冷静に見切る。
能力では勝っている。しかしそれを生かしきるだけの技や駆け引きがクロエにはなかった。
「あぁああああっっ!!」
「くははっ! 獣みてぇに吠えても当たるわけじゃねーぞ!」
「ぐっ!」
ディエドの蹴りがクロエの腹に命中する。
生半可な威力ではない。天と地がわからなくなるほどの衝撃を受け飛ばされるクロエ。
『あれぇ? いいのかなぁ、その先……残撃あるよぉ♪』
「っ!」
はっとするクロエだが、空中では受け身を取ることもできず、威力を殺すこともできない。
「っ……破壊!」
飛ばされた先にあった残撃を無理やり破壊するクロエ。しかしそれこそがディエド達の狙いだった。
無理やり姿勢を変えたせいで、クロエはディエド達に背を向けることになってしまった。
「いいのかおい、隙だらけだぞ」
「うぐぁっ!」
『あっはぁ、捕まえたぁ♪』
剣がクロエの肩を貫く。
着地した隙を狙われ、避けることも防御することもできなかった。
『ねぇ痛い? 痛い? 今どんな気分なのかなぁ? 必死に拳を振って当たらなかった気持ちは? 怒りに身を任せて勝負仕掛けたのに無意味だった気持ちは? ねぇ教えてよ。ダーちゃんはねぇ、最高の気分だよぉ。冒険者を斬るよりも、魔物を斬るよりも、同じ魔剣少女を斬る瞬間が何よりも心地良いの。ゾクゾクしちゃう』
「おいダーヴ。ちょっと黙って——っ!」
「……ない……」
クロエが剣身を掴む。
掴んだ拳から血が流れ出る。しかしそんなことは気にも留めずにクロエはグッとさらに力を込めた。
「私の怒りは……こんなもんじゃないっ!! この程度で止まると思うなぁっ!」
『ちょ、やば——ディエド!!』
「こいつ……抜けねぇ!」
『ダーちゃんの《呪い》を直接受けてるのになんで平気なのさ!』
《残撃》ともう一つのダーヴの
この呪いを受けた者は様々な制限を受けることになる。その力は剣が掠っただけでも発動できる代物。
それが刺さっているのだ。クロエは最早指一本動かせなくなっているはずだった。
だというのに、今にも剣を圧し折らんばかりの力でクロエは剣身を掴み続けている。
その瞳に宿る怒りの炎は萎えていない。
「あぁああああああっっ!」
『っ! ディエド!』
「わかってる!」
クロエは破壊の力で容赦なくダーヴを握りつぶそうとする。しかし、それよりも僅かに早くディエドがダーヴを再召喚した。
間一髪でダーヴは破壊の力を免れた。そしてそれはつまり、クロエの肩から剣が抜けたことを意味する。
「はぁ……はぁ……」
『こいつ、さっきまでより力が強くなってる』
「どこにそんな馬鹿力が眠ってやがったんだ?」
「足りない……力が……もっと……力を!」
「こいつまさか……くくく……あははははははっっ!! 面白れぇなお前! 死にかけのあいつから無理やり魔力奪ってんのかよ!」
『なになに? 怒りで我を失っちゃった感じ? 何それバッカみたい。でも好きだよそういうのぉ。いいよぉ、もっと怒りに身を任せなよ。それが君の大事な契約者を死なせることになるかもしれないけどさぁ』
「——っっ!!」
クロエが拳を振り下ろす。ディエドの避けたその拳が地面に突き刺さった瞬間、大地が悲鳴を上げた。
これまでとは比にならない破壊の力。
クロエの理性は完全に怒りの呑まれていた。その頭にあるのはディエドとダーヴを破壊することだけ。
ラミィもシエラも……レイヴェルのことすら、もはや見えてはいなかった。
「おっと、あぶねぇ。いいなぁお前。気に入った。いいぜ、とことん付き合ってやるよ」
『ホント……これだから楽しいんだよねぇ。いっひひひ♪』
「ふーっ、ふーっ……ぁあああああっっ!!」
そしてここに、全てを《破壊》する
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます