第237話 エルフへの変身薬

 サクマが机の上に置いた巾着袋を手にとって中身を確認する。

 中に入っていたのは複数の丸薬だった。


「形は前と同じだけど……これが変身薬なんだよね」

「うん、もちろんだよー。契約書もあるし、そこは誤魔化せないしー」

「その契約書だけは信用してるけど。なんとなく疑っちゃうんだよね」

「ひひっ♪ ひどいなー」

「そう思われる理由はわかるでしょ」

「まぁねー。これでもお客さんには誠実にやってるつもりなんだけど」

「あなたの誠実は悪意が多分に含まれてるでしょ」


 でもサクマは確かにある意味で全ての客に対して平等だ。相手がどんな人物かなんて気にもしない。だからこそ多くの人に利用されるんだろう。

 そもそもこの店のことを知ったのだって先輩が教えてくれたからだし。裏の人間だけじゃない。表に属する人達も場合によっては利用することもあるらしい。


「ちなみにそれはエルフへの変身薬だからー。用法、用量はちゃんと守ってねー。じゃないと効果の保証はできません。ちょっとお試ししてみる?」

「私が飲んでも意味ないのは知ってるでしょ」

「いひっ♪ だよねー」


 今回買ったのは変身薬。その名の通り、他種族へ変身するための丸薬だ。

 その種族しか入れない場所へ潜入するために使ったりする。あんまり褒められた行為じゃないし、グレーゾーンの行為って感じだけど。

 でも、こと変身薬にかけてはサクマの右に出る人はいない。そこだけは確信を持って言える。変わるのは見た目だけだけど、それでも見た目だけは完璧にその種族へ変身できるんだ。

 以前キアラとハルが飲んだ時も完璧にエルフ族に化けてたし。

 変身魔法なんてのもあるけど、使える人は限られてるし、変身してる間ずっと魔力を消費することになる。それを考えたら飲んだだけで変身できるこの丸薬は非常に貴重だった。

 でも、この丸薬はヒトに属する種族にしか効果がなかったのか、それとも何か他の理由があるのか、魔剣であるオレが飲んでも変身することはできなかった。

 前回はそれでもなんとかなったんだけど、今のエルフの国の情勢がわからないし。


「ちなみに、一丸の効果時間は八時間だからー」

「八時間? ずいぶん伸びてないの? 前は四時間くらいじゃなかったっけ?」

「いひひっ♪ そりゃ薬の改良くらいするよー。ちなみに副作用ありでもよければ十二時間くらいの分もあるけどー、どうする?」

「……一応聞くけど、どんな副作用なの?」

「うーん、症状はそれぞれだけど。多いのは不完全に戻っちゃうパターンかな」

「それはシャレにならないでしょ!?」

「大丈夫だよー。一応それをなんとかする薬も開発したし、基本的には時間さえあれば解決することだし」

「時間さえあればって……はぁ。ねぇ、もしかして副作用をなんとかする薬でさらに儲けようとか考えてない?」

「それも考えはしたんだけどさー。どっちかっていうと副作用があるなんて広まると他の薬まで疑われちゃうからねー。ちゃんと改良はするよー、追々だけど」

「できれば早くして欲しいんだけど」

「うーん、材料がねー。いっぱい手に入るなら改良もしやすいんだけど」

「なに使ってるかなんて聞きたくもないけど。まぁこんな珍しい薬だし、稀少なんだろうね」

「そりゃもう稀少だよ。クロエの血ほどじゃないけどね。値段に換算したら……これくらい?」

「えっ!? 前よりも高くなってない!?」

「時価だよ時価。材料だってタダじゃないんだからね」

「そうかもしれないけど……」


 言わんとすることはわかる。でももしこの値段だったとしたら相当ギリギリだった。目玉が飛び出るかと思うほど高いな。


「……ホントにタダでいいの?」


 ここまでの値段だとホントにタダでいいのか疑いたくもなる。


「言ったでしょ。クロエの血にはそれだけの価値があるんだから。これでもお釣りが来るくらいだよー。いひひっ♪」

「ホントに渡していいのかなー。いや、もう今更なんだけどさ」


 でもオレの血にはそれだけの価値があるのか。なんか不思議な感覚だ。


「さ、とりあえずこっちは商品を渡したわけだし、料金を貰おうかなー」

「うっ……やっぱりそうやって取るんだ」


 採血用なのか、ちょっと大きめの注射器を手ににじり寄って来る。


「そんな嫌そうな顔しなくても大丈夫だよー。天井のシミでも数えてる内に終わるからさー」

「その言い方はやめてくれない!? なんか嫌なんだけど」

「冗談が通じないなー。はい、それじゃあ手を出してー」

「……はい、どうぞ」

「軽く手を握っててねー、そうそう、そんな感じで。アルコールを塗ってー、ちょっとチクッとするよー」

「っ!」


 針が刺さる瞬間に思わず目を逸らす。痛いってのもあるけど、自分の体に針が刺さる瞬間を見たくなかった。


「へー、一応真っ赤なんだねー。うん、ルビーみたいですごく綺麗な血だよー」

「実況しなくていいから」


 血を抜かれる感覚が気持ち悪い。時間にしたら一分もかかってないのかもしれないけど、オレにとってはかなり長い時間のように感じた。


「はい終わったよー」

「ふぅ。思ったより痛くなくて良かった」

「いやー、大量大量。見てよこれ、こんなに取っちゃったー」

「見せなくていいからっ! まったくもう、ホントにあなたは」

「うーん、これで何作ろうかなー。これだけあったら色々実験できるかもー。今から楽しみだなー」

「もうこっちの話聞いてないし。まぁいいや。それじゃあね。できればもう会うことがないといいんだけど」

「そんなつれないこと言わないでよー。お得意さんになってくれてもいいんだよー?」

「い・や・だ!」

「はいはい。でも気をつけてねー。今エルフの国の情勢、かなり危ないみたいだからー。何が理由で行くかは知らないけど」

「なに急に……でもありが――」

「もしエルフの国でクロエに死なれちゃったらせっかくの稀少な材料が無駄になっちゃうもんねー」

「……そーだね。そうだった。一瞬でもお礼を言おうとした軽率な自分を殴りたい。それじゃあね!」

「はいはーい、またねー」


 ひらひらと手を振るサクマに見送られて、オレは店を後にするのだった。

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