第268話 手にした情報の使い方
軍によるレジスタンス『グリモア解放戦線』の拠点襲撃作戦。それが意味するところは簡単で、クロエやレイヴェル達が思ってるよりもずっと早く戦いの時がやってこようとしているということだった。
軍が先に仕掛けるにせよ、レジスタンスが先に仕掛けるにせよ、その先に待つのはどちらかが壊滅するまで続く戦争でしかない。
侍女から聞いたという軍の作戦について話すコメットの表情はさすがに暗かった。
それも仕方ないだろう。侍女から聞いたのはまさに国の存亡をかけた戦いについての情報なのだから。
どちらが勝つにせよ、負けるにせよこの国に住む国民が甚大な被害を受けるであろうことはわかりきっている。そして国の在り方が大きく変わるであろうことも。
軍が勝てば今まで以上に国の側からの戒めはキツくなるだろう。そして逆にレジスタンスが勝てば国の在り方は根本から変化するだろう。
どの道に進んだとしても変化は避けられない。そのことをコメットは憂いていたのだ。
「せめてもう少し明確な情報でもあったらこっちの動きも決めやすかったんだけど。コメットちゃん、そのレジスタンスの拠点の場所まではわからないんだよね?」
「えぇ。さすがにそこまでは。申し訳ありませんわ」
「あ、いいのいいの。気にしないで。さすがにそこまで全部調べられるとは思ってなかったし。そんな無茶なことは言わないからさ」
申し訳なさそうにするコメットだが、クロエ達にとっては今与えられた情報があるだけでもかなり大きかった。もしコメットが軍の情報を持って来てくれなければ、レジスタンスに対する襲撃のことを知ることはできなかっただろう。
「問題はここからどう動くかってことなんだよね。もちろんだけど私達は軍にレジスタンス情報を持っていくわけにはいかないし。というか私達の持ってる程度の情報なんかとっくに知ってる可能性の方が高いか」
「あぁ、そうだろうな。端的に言えば俺達は完全に出遅れた形になるわけだ。もっと前に来てたら話は別だったんだろうが」
「……だったら逆に、こっちの情報をレジスタンスに持っていったらどうなんだよ」
「え?」
「だから、軍の襲撃情報だよ。軍はレジスタンスのこと色々知ってるかも知れねぇけど、レジスタンスの方が同じかはわからないだろ。もしこの情報持ってったら何か使えるんじゃないか?」
「……確かに。それは一理あるかも」
アイアルの提案にクロエは考え込む。
コメットの持って来た情報はクロエ達にとって武器でもあった。レジスタンスの人達と交渉するための武器だ。
しかし同時に扱うのが危険な武器でもある。もし扱いを間違えればすぐさま戦端が開かれることになるだろう。そうなった時にいったいどこまで被害が広がるかはわからない。
「扱い方を間違えれば劇薬。でも使い方を間違えたら大変なことになるのは目に見えてるしなぁ」
「相手にパッとこんな情報ありますよって渡すわけにはいかないだろうな。というか交渉材料もこの一つしかないしな。というかそもそも交渉ごと得意か? 少なくとも俺は苦手だぞ」
「いやいやそんなこと言われても。エルフじゃない私が表に出るわけにはいかないし。というか私だって交渉ごとなんか得意じゃないし」
クロエもレイヴェルも頭は悪くないが交渉が得意とは言えなかった。そもそも相手の腹を読むのが苦手な二人だ。クロエがかつて旅をしていた時も、商人などとの交流は他の人の役割だった。
「ア、アタシの方見るなよ! アタシが得意なタイプに見えるか!?」
「見えない」
「そうだけど、すぐに認められるとそれはそれで腹立つな!」
クロエもダメ、レイヴェルもダメ、アイアルもダメ。そうなれば最後に頼りになるのはこの場に一人しかいなかった。
「わ、わたくしですの!?」
「この中じゃ一番可能性があるかなぁなんて思ったんだけど」
「実際問題、コメットは交渉ごととかは得意なのか?」
「得意というほどではありませんけれど。交渉術については一通り学んではいますわ。えっと、本当にわたくしがやるんですの?」
「ダメ……かな」
「…………」
クロエに頼まれたコメットは迷うような表情を見せる。
そんなコメットの手をクロエは優しく握って言う。
「大丈夫。コメットちゃんのことは何があっても私達が守るから」
「クロエ姉様……」
クロエの言葉に背を押されたのか、コメットは決心したように頷く。
「わかりましたわ。わたくし、レジスタンスの方と話をしてみます」
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