第267話 逼迫する事態

〈クロエ視点〉


 宿に戻ってきたオレは、ようやく剣の姿から解放されて思いっきり伸びをした。

 まぁ別に剣の姿で居たからって疲れるわけじゃないんだけど。というかむしろ楽まであるんだけど。

 でもこればっかりは気持ちの問題。人の姿で居た方が気持ち的には楽なんだから仕方無い。


「戻りましたー」

「あ、クロエちゃんにレイヴェル君も帰ってきたのね。ちょうど良かったわ」


 宿に戻ってきたオレ達のことをスアサさんが迎えてくれる。でもスアサさんは少しだけ困ったような顔をしていた。


「どうかしたんですか?」

「その。さっきね、クロエちゃんとレイヴェル君に会いに来たって子がいたの。だからとりあえず部屋にいたアイアルちゃんを呼んだんだけど……」


 チラッと二階の方へ目を向けるスアサさん。

 なんとなく事情はわかったかも。というか……うん、めっちゃ聞こえて来てる。

 隣にいたレイヴェルもそれに気づいたのか、思いっきりため息を吐いて頭を抑える。


「あいつら……」

「ごめんなさいスアサさん。すぐに止めてきますから」

「ううん、それはいいのよ。でも、大丈夫なの? ほら、訪ねて来たのって彼女の……」

「大丈夫です。ちゃんとわかってますから」


 心配そうなスアサさんに見送られてオレ達はすぐに二階へと向かった。

 近づけば近づくほどに言い争う声は大きくなる。誰と誰が言い争ってるかなんて考えるまでもない。

 まぁ何かを投げたり壊したりするような音が聞こえないだけまだマシ……かな?

 部屋の前まできたオレはノックもせずに扉を開く。


「こーら二人とも! なに喧嘩してるの!」

「ふろえねえふぁま?!」

「ひつのまにふぁえってひたんだよ!」

「いつの間にって、たった今だけど。それより取っ組み合いしない。二人ともせっかく可愛い顔が台無しになってるし。はしたないでしょ」

「「…………」」

「おまえからふぁなせよ」

「いやですふぁ。ふぉちらからふぁなしてくだふぁいな」

「いいからさっさと離す!」

「「ふぁいっ!!」」


 オレの一喝にビクッと身を竦ませた二人はパッと手を離し、オレの前に並ぶ。

 

「今更原因を聞いたりはしないし、別に今更二人仲良くとは私も言わないよ。相性とかもあるだろうから。でももう何回も何回も言ってることだけど、喧嘩しないで。小さな子供だって守れるようなことだよ。喧嘩しないって。ましてや二人はもう十四歳でしょ? だったら喧嘩せずに大人しく私達のこと待つくらいできるはずでしょ」

「ですけど彼女が!」

「でもこいつが!」

「い・い・わ・け・し・な・い!!」

「「いたぁっ!!??」」


 二人の額にデコピンを叩き込む。もちろん普通のデコピンじゃない。ちょっと力を使ったからかなり痛いはずだ。


「言ってわからないなら体で覚えてもらうから。もう何回もデコピンしてるのに、これでも足りないなら次は拳骨だからね」

「はいぃ、わかりましたわ」

「わかったよ」

「はい。それじゃあこの話はここまで。もうおしまいね」


 場の空気を切り替えるためにパンッと手叩く。

 これ以上引きずっても仕方無いしね。


「それにしてもコメットちゃん、思ったより早く出てこれたんだね。最悪今日はもう無理かと思ってたんだけど」

「わたくしもそう覚悟していたのですけど。どうやら今はそれどころでは無いようでして。近衛の兵達もわたくしを城に連れて帰ると用があるからと侍女に預けてそのままでしたわ」

「それで出てこれたんだ」

「はい。実は懇意にしている侍女がおりまして。彼女に事情を説明したら外に出れるように取り計らってくれましたの。ついでに色々な話を聞くことができましたわ。城の中がやけに慌ただしかった理由についても」

「ほんとに!?」


 城の侍女の話。古来より侍女の噂話っていうのは馬鹿にできないものばかりだ。もちろん完全に鵜呑みにできるものじゃないけど。でもそういう話を聞いてきてくれたのは正直かなりありがたい。

 レジスタンスの側にはクレイムっていう取っ掛かりを得ることができたけど、長老達の側の情報は全く手に入れることができていなかったから。


「はんっ、侍女の話なんて信用できんのか?」

「むっ、馬鹿にしてますの? 彼女は今でこそ侍女ですけれど、その昔は他国へ間者として潜入していたこともあるほどの実力者ですわ。情報収集ならお手の物ですのよ」

「どんな経歴……いやまぁ、普通にすごいんだけどな。それで、コメットが聞いたのはどんな話だったんだ?」

「それが……クロエ姉様達は、今のレジスタンスの動向について知っておられますか?」

「まぁ多少は。ってさっきちょっと知ったくらいだけど」

「そうですのね。実はレジスタンスの動向について長老達もある程度掴んでいますの。近く何かを起こそうとしていることも」

「うん、それは私達も知ってるけど。それがどうかしたの?」

「それをただ座して待つような真似はしませんわ。調べた結果、どうやらレジスタンスの拠点の一つを見つけたそうですの」

「拠点を!?」

「場所までは聞けませんでしたけれど。そしてどうやら長老達は明日その拠点に奇襲を仕掛ける予定だそうですの」


 コメットちゃんが教えてくれた情報に驚きが隠せない。

 国とレジスタンスとの戦いは、目前にまで迫っていた。

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