第300話 群と個の戦い

 クラン、ワンダーランドと対峙したクロエ達は昨日と同じように突然相手の領域に巻き込まれないように最大限に警戒しながら間合いを計っていた。


『あははっ♪ すっごい警戒してるね。まぁ昨日あんな目にあってたらそれも当然かもだけど』

「だから奥の手は使わない方がいいって言ったのに」

『しょうがないでしょ。だってその方が楽しそうだったし♪』

『ずいぶんな物言い。忘れたわけじゃないよね。昨日は私達がその奥の手を破ったこと』


 もう一度同じことをやれと言われたら厳しいと言わざるをえないクロエだったが、それでも一度ワンダーランドの奥の手を破ったことは事実。多少とはいえこの場はクロエ達が精神的優位に立つことができていた。

 そしてその精神的優位がクロエに考える余裕を与えていた。すなわち、二人がここで何をしているのかということを。


『見たところそこの聖天樹に用があったみたいだけど。その樹をどうするつもり』

「あなた達がそれを知る必要はない。ただあの方が必要だって言うからわたしは回収するだけ。理由なんてそれだけでいい」

『あの方……それってもしかしてハルのこと?』

「お前があの方の名前を口にするなっっ!!」

『っ!?』


 それは初めて目にするクランの強い感情の発露。クロエがハルミチの名前を出した途端にクランは豹変した。強い怒りの感情が仮面越しにも伝わってくる。

 だがそれは一瞬のことで、次の瞬間にはいつもと同じ雰囲気に戻っていた。


『あーダメだよ。この子の前であの人の名前はタブーなんだから。ふふっ、すっごいよね。この子基本的に他人興味ないんだけど。あの人だけは別だから。だからさぁ、君のことすっごい嫌ってるんだよこの子。あの人の特別だから』

「ワンド、余計なこと言わないで。あと、そこのそいつは別に特別じゃない。あの方にとって特別なのはたった一人だけなんだから」

『なんか散々な言われようなんだけど』

「気にするなクロエ。別にあいつに好かれたいわけじゃないだろ」

『それはそうなんだけどさ』


 別にクランに好かれたいわけではない。ただそれでも理由すらわからないままに嫌悪されるのはさすがに納得はできなかった。


「わたしはあの方の命を果たすだけ。でもその前にあの方の過去を断ち切る。あなた達は邪魔なの。どこまでもどこまでもどこまでも」

『いいねぇ♪ 珍しくクランがやる気になってくれてるし。あたしも久しぶりに本気、出しちゃおっかなぁ』


 二人の纏う雰囲気が一変する。飄々とした雰囲気は消え去り、魔剣使いのそれへと変わっていた。それを見てクロエとレイヴェルも意識を切り替える。


『来るよレイヴェル』

「あぁ、わかってる。こっちも今回は最初から全力でいくぞ」

『うん!』


 クランとワンダーランドの戦い方はディエド、ダーインスレイヴとは違い搦め手が主体だとクロエは考えていた。準備する時間を与えることは不利を生む。

 短期決戦。それこそが今回のクロエとレイヴェルの戦略だった。

 

『鎧化――『破黒皇鎧』!!』


 レイヴェルの全身を生み出した鎧が覆う。レイヴェルを守る絶対の防御にして、攻撃にも使える最強の鎧。その力を持って一気に勝負を決めるつもりだった。


『あはは♪ 最初から鎧化してくるなんて飛ばしてるねぇ。いいよいいよ! そっちがその気ならこっちも受けて立とうかな!』

「面倒は嫌い。だけど今回ばかりはわたしも本気で行く――『素晴らしき人形劇ワンダーマリオネット』」


 クランが杖型の魔剣へと変化したワンダーランドを高く掲げる。

 クランの背後に生まれた亜空間から大量の人形が姿を現す。人形だけではない、獣人にエルフやドワーフ、人族、中には魔人族や竜人族まで。様々な種族がそこには居た。しかし当然のことながらその表情は無。それどころか生気すら感じられない状態だった。


「さっきの奴らとは違うか。死んでるのか?」

『うん、そうだね。生気も魔力も感じられない。ただワンダーランドの力で無理矢理動かされてる状態なのかも』

「そうか。なら遠慮する必要は無いな」

『いいね。そっちもやる気十分って感じだ。それじゃああたし達が作った人形のコレクションと君たち。どっちが上か決めようか!』


 こうして戦いの幕が上がった。

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