第242話 子供を利用するやり方

 妙に明るい笑顔を向けて来るクロエに、アイアルは嫌な予感を覚えた。

 そしてこういう時の嫌な予感は大抵当たるものなのだ。


「やっと帰って来たと思ったら何だよ、話って」

「まぁまぁそんなに警戒しないでさ」

「そんなニコニコしながら来られたら警戒するに決まってるだろ。いったい何考えてるんだ」

「そんな大したことじゃないんだけど。いや、まぁアイアルにとっては大事かもしれないけどね」

「なんだその嫌な予感しか覚えない言い方」

「いいからいいから、とりあえず下の方に集まってくれる? みんなもういるからさ」

「……わかった」


 ここでだだをこねたところで意味がないことはアイアルもわかっている。それどころか、自分のいない所で話が進む方が厄介なことになるのは目に見えている。

 だからこそ不満はあったがクロエの言うことに素直に従うことにしたのだ。

 部屋を出てクロエの後についていくと、下の階にアイアル以外の全員が集まっていた。そして何故かその場にはキュウと一緒に遊ぶイルニの姿もあった。。


「やっと来ましたのね。遅いですわよ。これだから土臭いドワーフは」

「急に集まれなんて言われたんだから仕方ねぇだろうが。黙ってろよ森臭いエルフ」

「はいはい喧嘩しない。子供がいるんだからね」

「っ……ちっ」


 イルニの方を見たアイアルはばつの悪そうな顔をしてそっぽを向く。

 その反応を見てクロエは思った通りだと内心笑みを浮かべる。アイアルは子供に弱い。

 根本的な部分で優しいのが隠し切れていない。

 悪いとは思いつつ、クロエそんなアイアルの優しさを利用することにした。


「それじゃあ全員揃ったところで、今日私がでかけてた理由について説明するね。まぁもうだいたいの予想はついてると思うんだけどさ。これを買いに行ってたんだ」


 そう言ってクロエは机の上に巾着袋を置く。ずっとこれ見よがしに持っていた巾着袋だ。当然アイアルだけじゃなく、レイヴェルもコメットもその中身がなんであるのかをずっと気にしていた。


「ふふ、この中が何なのか気になる?」

「そりゃ気になるに決まってるだろ。なんとなくアタシにとって良くないものだってことはわかるけどな」

「そんなことないと思うだけどなー。まぁ嫌かもしれないけどね」

「でも、とりあえずその巾着の中に入ってるのが俺達がグリモアに行くために必要なアイテムってことか」

「そーいうこと。でもそんなに身構えることないと思うよ。たぶん」

「そのたぶんはめちゃくちゃ不安になるんだが」

「なんでもいいから早くその中身がなんなのか教えろよ。そんな引っ張るようなもんでもmないだろうが」

「そうですわ。結局この中身はなんなのか気になりますわ」

「ごめんごめん。中身はこれだよ」


 そう言ってクロエは巾着袋の中から一つの丸薬を取り出した。

 

「なんなんだそれ」

「私が買ってきた薬で、簡単に言うとエルフに変身できる薬かな」

「「「エルフに変身できる薬?!」」」

「三人とも良い反応するねー。まぁ私も初めて聞いた時はめちゃくちゃ驚いたんだけど」


 サクマの作った変身する丸薬。それは超がつくほど貴重な薬だった。薬の副作用や、いくらでも悪用の方法があることから、非常に危険な薬として国に管理されている。

 だが、どこからかその製法をサクマは知り、独自の改良を加えて作っている。その結果として国が保有している薬よりも上の性能の薬となったのだ。


「そんな薬一体どこで手に入れましたの?」

「まぁちょっと個人的なツテでね。あんまり大きな声で言える場所じゃないけど」

「お前、まさか危ないことしたんじゃないだろうな」

「だ、大丈夫大丈夫。この通り五体満足で帰って来てるわけだし。何も盗られてないし、怪我とかもしてないし」

「つまりそういう危険がある場所に行ってたってことなんだな」

「う……」

「あのなぁ」

「ごめん! そういうお説教は後で聞くから……とりあえず説明だけ。ね?」

「……わかった。でも後でちゃんと説明してもらうからな」


 そう言うレイヴェルの目は言い逃れは許さないと暗に告げており、クロエは若干項垂れる。一応クロエにも理由はあったとはいえ、その理由がレイヴェルを納得させることができるものでないのはわかっているからだ。

 だがクロエは気を取り直すように首を振ると話を続ける。


「とりあえずこの薬を飲むとしばらくの間エルフに変身できるっていうわけ。もちろん薬の効果で内側から変身してるから、正体を暴くような魔法を使われても問題無し。薬の効果がある内は本物のエルフとして活動できるって代物だよ」

「改めて聞くととんでもないな……ホントに大丈夫なのかその薬」

「副作用などはありませんの?」

「もらってきた分はね。とはいえ薬との相性なんかはあるから、とりあえず試して飲んでもらう必要はあるけど。とりあえずその結果次第かな」

「おい、ちょっと待て。まさかその薬、アタシにも飲めって言うんじゃないだろうな」


 案の定と言うべきか、薬の効能についての説明を聞いたアイアルが口を挟んでくる。

 だがそれはクロエにとっては予想の範囲内だった。


「もちろんそのつもりだけど」

「ふざけんな! なんでアタシが森臭いエルフなんぞの姿にならなきゃいけねぇんだ! アタシはエルフになんざならねぇぞ!」


 思わずカッとなって言い返すアイアルだが、その言葉に反応したのはクロエではなくキュウと遊んでいたイルニだった。


「アイアルお姉ちゃん、わたしのこと嫌いなの?」

「え? いや、アタシはそんなこと……」

「だって今、エルフになんてなりたくないって。だから、わたしのことも……嫌いなの?」

「うっ……いや、だからそれは……」

「大丈夫だよイルニちゃん。アイアルお姉ちゃんはイルニちゃんのこともエルフのことも嫌いじゃないから。ねー、アイアル」

「だからそれは……く、卑怯だぞ!」

「卑怯って言われても何のことかわからないなー」


 のほほんと惚けた顔をするクロエを見てレイヴェルとコメットは苦笑する。


「なんでイルニをこの場にって思ってたんだが、そういうことだったのか」

「クロエ様……なかなかあくどいですわね。でもそういう所も素敵ですわ♪」


 目を潤ませるイルニを見て、アイアルは気圧されたような表情をする。


「お姉ちゃん……」

「あーあ、どうするアイアル?」

「だからアタシは……だから……あーくそ! わかった! 飲めばいいんだろ飲めば!!」


 結局、イルニの視線に耐えきれなかったアイアルは薬を飲むことを了承してしまうのだった。

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