第241話 アイアルの夢

 アイアルは、アルマが居なくなる前日の夜のことを思い出していた。

 その日もいつも通りアイアルは父親であるアルマの仕事を手伝った後、鍛冶の練習をしていた。

 鋼を打つ甲高い響き、絶え間なく燃え続ける炎が肌を打つ。熱気に当てられ、大量の汗を流しながらもアイアルは鋼を打つ手を止めなかった。


「ここだっ!」


 そして、熱した鋼を水の中に入れて一気に冷やした。


「……ダメだ。全然ダメだ。こんなんじゃ強い剣は打てない」


 冷やされた鋼をジッと見つめた後、アイアルは深くため息を吐く。父親の剣を作る作業を長年見続けてきたからこそわかるのだ。自分の打った鋼がいかに拙いものであるかということが。


「親父の打つ鋼はこの段階でもっと魔力の通りが良かった」


 強い剣であるかどうかの分かれ目は、切れ味以上にどれだけの魔力を伝導させることができるかに尽きる。剣の先から根元まで、一切のムラ無く魔力が通って初めて一流に足る剣となる。

 アルマの打つ鋼は、まだ形を整える前の段階から魔力の通りが良かった。力まなくても魔力が通る。それどころか、何倍にも膨れ上がるような、そんな鋼。それを作って作られた剣はどれも名剣と呼ぶに相応しかった。

 当代最高、稀代の鍛冶師として名高いアルマ。同じドワーフ族に腫れ物のように扱われながらも、その実力だけは誰もが認めていた。しかしその娘であるはずのアイアルはまともに剣を打つことすらできていなかった。


「くそっ!」


 そんな自分が情けなくてアイアルは思わず舌打ちする。だが、どんなに苛立ったところで現実は変わらない。

 なぜ自分はまともに剣を打つことができないのか、そんなことを考えながら魔法で生み出した炎を消した。


「魔法は簡単に使えるのに」


 そう、アイアルはドワーフにしては珍しく魔法に長けていた。ドワーフとは生来魔法が苦手な種族であり、だからこそ鍛冶や物作りに長けていったとも言える。だがそんなドワーフ達の中にあって魔法を使えたのがアイアルだった。

 そしてその代償とでも言うかのように鍛冶の才能に恵まれなかったのだ。


「親父は名匠なんて呼ばれてるのに。アタシのあだ名はドワーフもどき……馬鹿にしやがって」

「まだやってたのか」

「親父!」

「毎日熱心なことだ」

「当たり前だろ。アタシは親父の後を継ぐんだからな!」

「……そうか」

「親父こそどうしたんだよ。今日はいつもよりも早く閉めてたみたいだけど」

「ちょっと用があってな。明日は……」

「どうしたんだ?」

「いや、なんでもない。明日は店を閉める」

「おっ! ってことは明日は自由か! 朝からここ使っていいよな!」

「あぁ、好きにしろ」


 それだけ言ってアルマは立ち去った。この時アルマの様子が違うことに気づけていればと、アイアルは今でもそう思っている。

 そしてその次の日、アルマは置き手紙だけを残して居なくなってしまった。






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「……っ! 夢か……」


 飛び起きたアイアルはさっきまで見ていた夢を思い出して顔を顰める。

 朝起きて、あの手紙を見た時の心の底が冷えるような感覚を今でも覚えている。それほどにアイアルにとっては衝撃的な出来事だったのだ。

 そして、いてもたってもいられずに国を出てアルマを探しに行ったのだ。


「それがどうしてアタシがグリモアなんかに行く羽目になってんだ」


 アイアルはまだ心の底から納得したわけではなかった。ただクロエにそこにアルマの手がかりがあると言われたから向かうだけの話なのだ。

 それでもアイアルにとってエルフの国に向かうというのはそれだけで心中穏やかでは無かった。


「それにアタシはドワーフだぞ。あの森臭いエルフ共がアタシも国に入れるわけねぇだろうが」


 アイアルが文句を言いながら立ち上がると同時、部屋の扉がノックされた。


「誰だ?」

『あ、アイアル起きてた? 私だけど』

「クロエか。帰って来てたんだな。鍵なら開いてるぞ」

「じゃあ入るね」


 入ってきたクロエは、その手に巾着袋を持っていた。


「あのねアイアルちょっと話があるんだけど」


 そう言って笑みを浮かべるクロエに、アイアルは嫌な予感を覚えた。


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