第240話 微かな嫉妬

「んー、疲れたぁ。精神的にも疲れたし、目も疲れたー」


 魔剣の体でも目が疲れたりするんだなぁ。って当たり前か。一応今は人の体なわけだし、疲れるに決まってる。

 でもおかげで色んな情報を得ることができた。この情報を元にグリモアに行ってからの行動を考えとかないと。

 出発は明日だし、帰ったら色々と決めないと。

 それに――。


「念のためこれも試しておかないとね。アイアルは嫌がりそうだけど」


 サクマから受け取った変身薬。一応本人にちゃんと合うかどうかを判断するためのお試し用の物も受け取ってる。いきなり飲んで体に合いませんでしたじゃ話にならないし。


「こういうところだけはちゃんとしてるんだよなぁ。ま、クレームとはそういうの無いようにするためだろうけど」


 そんなことを考えながら宿に戻ってきたオレの目に飛び込んで来たのは、コメットちゃんと楽しそうに話すレイヴェルの姿だった。


「ふーん、へぇー」


 スッと心の奥が冷えるのを感じる。

 こっちがみんなのために一生懸命色んなことやってたのに、レイヴェルはその間にコメットちゃんと仲良くやってたんだ。


「ただいま」

「あぁお帰りクロエ。って、どうかしたのか?」

「まぁ別にどうもしないんだけど。なーんかむかつく」

「いきなりだな。どうしたんだよ」

「わからないなら別にいい。はぁ」


 なんかここまで悪気無く言われると軽く嫉妬しちゃった自分が過剰反応な気がする。もしかしてオレって心狭いのか?


「クロエ様、おかえりになったんですのね。結局どちらに行かれてたんですの?」

「まぁちょっと色々と入り用でね。ギルドとかにも行ってたけど。レイヴェル達は何してたの?」

「俺は剣の修行だな。一応明日からは街を出て街道の方を歩くことになるわけだしな。魔物と戦うこともあるだろうから、念のために軽く練習してたんだ」

「そっか。確かに明日からは安全な道ってわけじゃないしね。まぁ滅多なことはないと思うけど。じゃあコメットちゃんはその手伝いを?」

「えぇ。と言ってもほとんど見ていただけですけれど」

 

 でもそういう割には何か違和感が……。


「ん? ねぇレイヴェル。ちょっと渡してる剣見せてくれない?」

「剣をか? どうして急にそんなこと」

「いいから見せて」


 有無を言わせぬ口調で言い放つ。

 そうしてレイヴェルがようやく渡してきた剣をまじまじと見つめた。

 この剣はオレのレプリカだけど、刃はあるしちゃんと斬れる実剣でもある。そんじょそこらの剣じゃ比べものにならないくれいの切れ味はあるんだ。

 でも今のこの剣……オレが渡した時よりも切れ味が良くなってる。というか、めちゃくちゃ綺麗に研がれてる。

 レイヴェルの研ぎの腕は、言い方は悪いけどこのレベルの研ぎじゃない。それこそオレが知ってるなかでこんな研ぎができるのなんて……。


「これ、もしかしてコメットちゃんが研いだの?」

「えぇ、そうですわ」

「……そっか」

「クロエ、その研ぎは俺が頼んだんだ。勝手に研ぎを頼んだのは悪かったと思ってるけど、コメットは悪くないんだ」

「何慌てて言ってるの?」

「怒って……ないのか?」

「まぁそりゃ多少は……だけど。別にそこまで目くじら立てるようなことでもないし。レイヴェルには後でちょっと言いたいことがあるけど。でもコメットちゃんの研ぎの腕、さすがだね。私が見てきた中でもトップクラスだよ」

「そう言っていただけると光栄ですわ。でしたらこの旅の間、研ぎはわたくしにやらせていただいても?」

「うーん……まぁこのレプリカだけならいいよ。さすがに私の本体は触らせてあげれないけど」

「そうですの。残念ですわ」

「ごめんね。気持ちは嬉しいんだけど。そういえばアイアルは?」

「土臭いドワーフのことは知りませんわ」

「またそういう言い方する」

「たぶん部屋の方にいるんじゃないか? 少なくとも、俺達がここにいる間に姿は見てないしな」

「そっか。なら良かった。ちょうど二人に渡したいものがあったし」

「俺とアイアルにか?」

「うん、今日はそのために出かけてたようなものだから。まぁちょっとアイアルの方は説得がいるかもしれないけど」


 問題はそこだ。エルフに変身する薬なんて、あのアイアルが素直に飲むとは思えない。


「どうやって説得したものかな」

「あ、お姉ちゃんだ!」

「おっと、イルニちゃん」

「おでかけしてたのー?」

「うん。ちょっとね」


 可愛いなぁイルニちゃん。なんかこう小動物的な可愛さがあるというか。


「……あ、いいこと思いついたかも」


 イルニちゃんを見て妙案を思いついたオレはにやりと笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る