第264話 クレイム・ドーク

〈レイヴェル視点〉


 街中でぶつかったエルフの男に連れられて来たのは、人気の無い家だった。

 一応何かあるんじゃないかと思って警戒しながら進んできたけど、他に誰もいる気配はないしクロエも何も言ってこないから大丈夫だろう。

 家の中は何もないってほどじゃないけど、生活感はほとんど無かった。目につく物と言えば食事をとるための机と、寝るためのベッドだけ。

 極力物を減らして生活してるって感じだ。こいつ、こんな場所で生活してるのか?


「さっきは取り乱してすまなかった。好きな場所……と言ってもそこしかないか。まぁまずは座ってくれ。客人をもてなす用意が無かったのはすまない」

「いや気にしないでくれ」


 椅子に座った俺は気づかれないように目の前のエルフを観察する。

 エルフは魔法に優れた種族で、だからこそ魔法が使えることを前提の生活を中心に送っている。さっきの市場でも遠方から運ばれて来たであろう生ものなんかは氷魔法で凍りづけにされてたしな。

 でも、目の前にいるこの男は妙に鍛えてる気がする。単純に筋トレとかで鍛えてるとかじゃない。実戦で鍛えられてる。そんな感じの鍛えられかた。

 服の上からでもわかる筋肉の付き方からして、この人は肉弾戦で戦うタイプって気がする。まぁ俺の見立てだからどこまで正しいかはわからないけど。


「さっそくだが本題に入らせてもらって構わないか?」

「あぁ。って言ってもだいたいの予想はついてるけど。このペンダントのことだろ?」

「そうだ。そのペンダント……いったいどこで手に入れた」


 その告げる目は俺に対する不信感と警戒。そして何よりも隠しきれない敵愾心があった。

 返答によってはすぐにでも攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気だ。

 まぁそれも仕方無いのかもしれないが。とはいえ、いわれの無い敵意を向けられ続けて喜ぶような趣味もない。


「これはこの国に来る前に会った人から預かったんだ。この手紙と一緒に、とある人に渡して欲しいってな。それが誰かについては教えてもらえなかったが、このペンダントを持ってればわかるって言われてた。なるほど、あんたのことだったんだな」

「……その手紙とペンダントを渡した人物の名は?」

「ミサラさんだ。娘にイルニって子がいる」


 そう言った瞬間の男の反応は顕著だった。椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がり、俺から手紙をぶんどってきた。

 そしてその手紙を穴が開かんばかりに凝視している。書かれている文字を一文字も見逃すまいとしているかのようだった。

 そして、全てを読み終わった男は安堵したように椅子に深く座りこんだ。

 

「はぁ……そうか。二人とも無事なんだな。良かった……本当に良かった……」

「やっぱりあんたのことで間違いなかったんだな」

「あぁ。そうだ。すまなかった。おっとそうだ、まだ名乗っていなかったな。俺はクレイム。クレイム・ドークだ。クレイムで構わない。君は?」

「レイヴェル・アークナーだ。俺もレイヴェルでいいぞ」


 クレイムの目から敵意は無くなっていた。手紙の内容はわからないけど、手紙を読んだことで気持ちが落ち着いたんだろう。

 差し出された手を握り返す。


「さっきはすまなかった。そのペンダントを見て、どうにも平静ではいられなくてな」

「いや気持ちはわかるよ。えっと……やっぱりクレイムはミサラさんの?」

「あぁ。俺はミサラの夫だ。イルニは娘になる。手紙を読んだんだが、二人のことを助けてくれたんだな。ありがとう」

「いや、礼を言われるようなことじゃないよ。助けたのは俺じゃなくて俺の仲間だしな」

「そういえば手紙にもそう書かれていたな。女性に助けられたと。その人は一緒にいるのか?」

「今は宿の方にいるよ」

「そうか……レイヴェル。君は何が目的で今この国に来たんだ? この国の状況を知らないわけじゃないだろう?」

「あぁ。確かに知ってる。あんまり情勢的に良くないことも。それでもこないといけない理由があったからな」


 コメットのことはあえて口にしない。

 俺の想像が正しければあんまり言わない方がいいだろうと思ったからだ。

 クレイムは何か言いたげな表情でジッと俺の方を見ていた。


「レイヴェル。悪いことは言わない。どんな事情があるかは知らないが仲間と一緒にこの国を早く出た方が良い」

「クレイム……お前、もしかして」


 ことここに至って俺の中にあった疑いはほとんど確信へと変わっていた。

 ミサラさんとイルニがこの国を出なければいなかった理由。そしてこの家に物がほとんどないのも。

 それらが合わさったときに導きだされる可能性は一つだ。


「レジスタンス……の一員なのか?」

「……あぁそうだ。俺は『グリモア解放戦線』の一人だ」

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