第148話 内緒話
〈レイヴェル視点〉
話し合いの後、一度解散することになった俺達はいったんそれぞれに割り当てられた部屋へとやって来ていた。ちなみに俺と同室なのは今まで通りヴァルガさんだ。
部屋に来たといっても寛ぐわけじゃない。今晩はこのまま『月天宝』の見張りもしないといけないからな。まずは剣の整備だ。
これはクロエと契約する前からやってたからさすがに慣れてる。クロエと契約して以降は普通の剣を持つことを許してくれなかったし、全然やれてなかったけどな。
なんていうかイグニドさんやライアさんから剣の整備についてはずっと言われ続けてきたから、やらないと逆に不安になるっていうか。癖みたいになってるところもあったから、そういう意味でもクロエが自分のレプリカを渡してくれたのはありがたいな。
まぁもちろんクロエはそんな意図で渡したわけじゃないんだろうけどな。
「剣の整備か、それはクロエのレプリカみたいだが……精が出るな」
「ヴァルガさんの獲物の槍は……こうして見ると綺麗ですね。ずいぶん年期は入ってるみたいですけど」
「まぁ、昔から使ってるものだからな。それこそクロエと旅をしていた頃から……もう二十年以上になるか」
「二十年……もう相棒って感じですね」
「そうだな。命懸けの修羅場も全てこいつと潜り抜けてきた。その意味でこいつはもう俺の半身とも言えるだろう。銘があるような槍ではないが、俺にとってはどんな名槍よりも頼りになる代物だ」
慈しむように槍を撫でるその手からは死地を共にしてきた相棒への深い信頼が感じられる。
はは、なんていうか流石だな。俺も何度も死にそうな目にあってきたけど、どれも自分力で乗り越えたとは言えない。
「だがその剣も相当な業物だな。レプリカでこれだけの力を感じるということは、本物はこれ以上……いや、比べものにならないか」
「そういうのわかるものなんですか?」
「わかる……というよりも経験だな。まぁ魔剣に関してはその実力を間近で見ていたということもあるが」
「えっと、クロエの先輩でしたっけ?」
「あぁ。クロエの先輩と言っても、クロエがそう呼んでただけなんだが。とにかく彼女の強さは常軌を逸していた。俺の知る誰よりも強かった。こうして成長した今ですら勝てるビジョンが全く浮かばないほどに」
「そこまでですか」
「だが魔剣とは元来そういうものだ。この世の理を超えた力。レイヴェル、お前が手にしたのもな。まぁ、もう何度も言われていると思うが」
「そうですね。イグニドさん……俺の師匠に当たる人のも言われました。俺には過ぎた力だってこともわかってます。他の人から見ればクロエに相応しくないと思われても仕方ないことだって」
「……レイヴェル、それは違うな」
「え?」
「お前は選ばれし者だ。他でもないクロエが選んだ、ただ一人の人間だ。他の人間が相応しくないと言おうと、たとえお前自身がクロエに相応しくないと思おうと、クロエが選んだその時点でそれだけがただ一つの正解になる」
「…………」
「まぁ、お前がクロエに相応しいかどうかを試そうとした俺が言うことじゃないな。それよりも見張りの準備はできてるのか? 俺達から最初に出るのはお前とクロエだっただろう」
「それは大丈夫です。もういつでも行けます。クロエにも声かけてきた方がいいですかね」
「……そうだな。まだ時間はあるが、一応確認はしておくべきだろう」
「それじゃあちょっと確認してきます」
整備を終えたレプリカの剣を携えて部屋を出る。
って言っても目的地は向かいの部屋だ。数秒もかからない。
だが、部屋をノックして出てきたのはクロエではなく、ファーラさんだった。
「おや、どうかしたのかい?」
「クロエに準備できてるかどうかの確認をしに来たんですけど。いないんですか?」
「あぁ、ちょっと前にフェティと一緒に出て行ったよ。てっきりレイヴェルと一緒にいるもんだと思ってたんだけどね」
「いや、こっちには来てないんですけど……どこに行ったんだ?」
「うーん、ま、そこまで心配することないんじゃないかい? 宿から離れるってことはないだろうしね。もしそうならアタシに一言くらい言ってくはずさ。それがないってことは宿の中にいるんじゃないかい? 見張りの時間になれば戻って来るだろうさ」
「だと思いますけど……」
「ついでにコルヴァ達の方には声かけといたらどうだい? 明らかにやる気なさげだったからね。ライア達の方は問題ないだろうけどね」
「コルヴァ達ですか……あんまり好きじゃないんですけど」
「ははっ! そりゃそうだろうね。あの大男の方はともかく、他の二人は明らかに下卑た目でアタシらのこと見てたし、コルヴァに至ってはクロエにご執心だったしね。あんたからしたらさぞ落ち着かないことだろうさ。でも、冒険者としてやってくならあの程度の手合いはいくらでもいるよ。それでも仕事なら合わせなきゃいけない。気に喰わない奴でもね。練習だと思っときな」
「……そうですね。すみません」
「いいってことさ。そんじゃ、頼んだよ」
そう言って部屋の中に戻るファーラさん。
完全に窘められたな。確かにファーラさんの言う通りだ。
コルヴァのことは気に喰わないけど、こうして一緒の依頼に取り組んでいる以上は仲間だ。仲良くなる必要はないけど、それでも仕事仲間として合わせる必要はある。
冒険者として基礎中の基礎だ。こんな当たり前のことを今さら言われるなんてな。情けなさ過ぎる。
「はぁ……剣士としてだけじゃなく、冒険者としてもまだまだ……か。ってD級なんだから当たり前だけど。とりあえず先にコルヴァの方に行ってみるか」
この宿はそれなりに広い。この村の規模からすれば破格の大きさと言ってもいい。
三階建てのコの字型の宿で、俺達とコルヴァの部屋はちょうど真反対の場所にあった。
そして、俺がコルヴァ達の部屋に向かっている途中のことだった。
「フェティ、今言ったの本当なの!?」
「はい。間違いありません。後、少し声が大きいです」
「あ、ごめん……」
これは……クロエとフェティか?
なんであんな隅の方で隠れるみたいにして喋ってるんだ?
「私の調査した結果によれば——約一ヶ月ほど前——それだけじゃなく——も目撃されています」
「でも、それだけじゃ……」
何の話をしてるんだ? ダメだな。この位置からだとちょっと遠くて詳しい内容まで聞き取れない。
フェティの方は声を潜めてる余計に途切れ途切れにしか聞こえない。
「確かに——ですが、——あります。まず最初に——が……どうにもおかしいと——が使用された形跡がありました。そして、盗賊達についてですが、そちらも——が確認できました」
「……私達が——を候補に挙げたのは——そうなるとやっぱり……」
「えぇ、やはり目的は——っ! 誰ですかそこにいるのは!」
「えっ!?」
まずい。バレたか……って、別に隠れる必要はないだろ。
「あ、いや悪い……盗み聞きするつもりはなかったんだ」
「レイヴェル……あの、もしかして今の会話……聞いてた?」
「いや、聞いてたっていうか……あくまで断片的にだけしか聞こえてないな。ほとんど聞こえてないぞ」
「それでも聞こうとはしたんですね。盗み聞きは感心しませんよ?」
「だから悪かったって! ホントに聞くつもりはなかったんだ」
「えっと……ホントに断片的だったの?」
「あぁ。でも、気付いた段階で二人に声を掛けるべきだった」
「……ううん。気にしないで」
チラッとクロエがフェティの方に視線を送る。それに対してフェティは小さく頷いた。
明らかに何か隠してる感じだな……でも、それを問い詰められる感じでもないか。
「でも、どうしてレイヴェルはここに? どうかしたの?」
「あぁそうか。ちょうどよかった」
「?」
「いや、単純に見張りの準備ができてるかどうかの確認をな」
「あ……あぁっ、そっか。そうだった」
「そうだったってお前なぁ」
「あ、ごめんごめん。でも大丈夫だよ。準備はできてるから。それだけ?」
「まぁそれだけだな。ついでにコルヴァにも確認しようと思ってるから、ちょっと行って来る」
「え、もしかして一人で行くの?」
「? あぁ。確認するだけだからな」
「……私も一緒に行く」
「いや別に一人で大丈夫だぞ?」
「いいから、私も一緒に行くの! フェティ、ありがとね」
「別にお礼を言われるようなことではありません。ですが、お役に立てたなら幸いです。私は部屋に戻ってますので」
「うん。さ、それじゃ行こうレイヴェル」
「あ、あぁ……」
そして俺はクロエと一緒に見張りをするコルヴァの元へと向かうことになったのだった。
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