第147話 疑われるのは
〈レイヴェル視点〉
ラオさんの言葉に一瞬場に静寂が満ちる。
裏切り者、内通者の存在。この場に集められたメンバーは、俺、クロエ、ライアさん、リオさん、ラオさんの五人を除けば初めて会う人ばかりだ。クロエの場合は他にも昔一緒に旅をしていたファーラさんにヴァルガさん、ローゼリンデさんの弟子であるフェティとかもいるみたいけど。
そう考えると、この中で俺達と一番縁遠い人達はあの狐族のコルヴァ達になるけど……というかまぁ、一番怪しいと思うのもあの三人か。なんだかずっと変な行動もしてたしな。
先入観を持つのは良くないとわかっててもどうしても疑いたくなる。
「裏切り者がいる可能性について言及したけど、まだあくまで可能性というだけで確証はない。そしてなにより私達は互いの身の潔白を証明できる材料を持っていない」
確かにラオさんの言う通りだ。『月天宝』の狙いを分散させるために俺達はそれぞれ別々に行動してきた。それは言い換えれば互いの身の潔白が証明できないということに他ならない。俺達は俺達自身が潔白なことを知ってるけど、そのことをライアさん達やコルヴァ達は知らない。そして俺達もそのことを証明はできない。
内通者じゃないと声高に叫んだところで、それを証明する材料を俺達は持っていないんだから。
「だから、今回はあらためてそれぞれの昨日と今日の行動について——」
「ちょっと待って欲しい」
ライアさんの言葉を遮るようにしてコルヴァが手を上げる。
「どうしたの?」
「確かに僕達が互いの身の潔白を証明するためにはそれぞれの行動について伝え合う必要があるでしょう。しかし、言葉での証言などいくらでも偽ることができる。この場には嘘を見抜く魔道具もない」
嘘を見抜く魔道具。確かにそれがあればこの場での問題が一発で解決するだろう。でもそういう魔道具ってだいたい滅茶苦茶高価だし、そのぶん偽物も多い。本物って断言できるようなものは国が所有してるものくらいだろうな。
そして確かにコルヴァの言う通り、言葉での証言はいくらでも偽れる。現状ではっきりと黒と言えるような証拠を出すのは厳しいとは思う。
「もちろん僕達は無実です。現に僕達自身も盗賊に襲われている。全員返り討ちにしましたがね。盗賊を殺した証拠はお見せしたはずです。もし僕達が盗賊の雇い主だとするならば殺しまではしないでしょう?」
「偽装のために殺す可能性だって十分あると思うけど。まぁ確かに言っていることには一理ある。偽証についてはまぁなんとかする方法がないわけじゃないんだけど……絶対じゃないのは確かだし」
でも、そうなってしまうといよいよ内通者を見つけ出すのが難しくなる。もちろんこの中にいない可能性だって十分ある。だがそれだってこの場にいる全員が白であることを証明できてこそだ。
疑いを持ったまま明日精霊の森へと向かうわけにもいかない。下手すれば今日この夜に襲われる可能性だってあるからな。
「でもそれじゃあどうする? 何かいい案でもあるの?」
「案もなにも、この場にいるじゃないですか。圧倒的に怪しい人物が」
そう言ってコルヴァが視線を向けたのは、クロエの隣に座るフェティだ。
「私ですか?」
「あぁ、猫族の君だ。確かフェティとか言ったかな。どう考えても怪しいじゃないか」
「ちょっと待ってください!」
その言葉に反応したのは、案の定というべきかクロエだった。その目に怒りを滲ませながら立ち上がる。
「フェティが怪しいって、いったい何をどうしたらそうなるんですか!」
「クロエさん……」
「ふふ、少し落ち着いて欲しいなクロエさん。冷静に考えて欲しい。今日僕達は全員が盗賊達の襲撃にあった。そしてその時その場にいなかったのは彼女だけじゃないか」
「だからってフェティが裏切り者だって言うんですか?」
「僕はあくまで可能性の話をしているだけだよ」
「あなたは——」
「落ち着いてくださいクロエさん。私は別に気にしていませんので」
「でも……」
フェティに止められて若干勢いを削がれるクロエ。それでもコルヴァの言ったことに納得はしてないのか、コルヴァに鋭い視線を向けていた。
フェティが疑われて怒るクロエの気持ちはわかる。でも、それが感情論でしかないのもまた事実だ。
コルヴァの言った言葉を否定できるだけの、フェティが白である証拠を俺達は提示できない。フェティが朝に別行動すると言ってきたのが本当に突然で、その内容も俺達は詳しく聞いていない。
今日合流するまでの間、フェティ自身にアリバイがないのは事実だ。だからって内通者だって確定してるわけでもないし、俺個人としてはもちろんフェティのことは信じてる。
でもこの場において大事なのは感情ではなく揺るぎない証拠。それがない限りフェティのことを白だとは言えない。
「それで、何かあるのかな? 君自身が内通者でないと言えるだけの証拠が」
「…………」
「何も言えない……つまり、黒と言うことでいいのかな?」
「それは違います。ですが、私にも守秘義務というものがあるので。たとえこの場において疑われたとしても、情報屋として守るべき矜持があります」
「やれやれ。話にならないな。君の守秘義務についてなど僕は興味がない。今回の任務、僕達は失敗するわけにはいかないんだ。多少痛めつけてでもしたら本当のことを話すだろう」
「コルヴァさん、ふざけたことを言わないでください。そんなこと絶対に許しませんから!」
「待てクロエ」
そのタイミングで口を挟んだのはそれまで黙って話しを聞いていたライアさんだった。
「なんですかライアさん、まさかあなたまでフェティのことを痛めつければなんて馬鹿なこと言いませんよね」
「いいから黙っていろ。フェティ、私の質問に私の目を見て答えろ」
「? はい」
「お前は内通者か? 盗賊を雇ったか?」
「違います。私は内通者じゃありません。そして盗賊を雇いもしてません」
「……なるほど。わかった。もういい、フェティは白だ」
「え?」
「は?」
「なるほど。リーダーがそう言うならそうなんだろうね」
「わかった。納得した」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なぜそうなる。彼女はただ違うと答えただけじゃないか!」
ライアさんの言葉に納得したのはラオさんとリオさんだけ。俺も含めた他のメンバーはわけもわからずポカンとするしかない。
「私に嘘は通用しない。目の動き、呼吸、仕草、それら全てから相手が嘘をついてるかどうかがわかる。そしてその結果フェティが嘘をついてないことはわかった。それだけの話だ」
「そ、そんなもの信用できるわけないだろう!」
「なら試してみるか? お前も含めて全員」
「っ、そ、それは……」
「まぁ、そのくらいでいいじゃないか。あんたが嘘を言うようなタイプには見えないし、それが本当ならフェティは潔白だってことなんだろう? クロエもそれさえわかれば満足だろう?」
「まぁ、それはそうなんだけど。でも、そんなことができるなら最初からそうしてたら誰が内通者かわかったんじゃ」
「今回の一件に関しては私も疑われる立場にある。そんな私が白だ黒だと言ったところで納得しないだろう。それに、この嘘の見抜き方はいくらでもごまかしがきく。不意打ちだからこそ効果があるんだ」
本当にそれだけか?
ライアさんの言葉に若干の引っかかりを覚える。あのライアさんならそれでも嘘を見抜くくらいのことはできそうだけど。
それにコルヴァもなんで言い淀むんだ? もし自分が潔白だって言うなら別に嘘を見抜かれたところで問題ないはずなのに。
やっぱり何かあるのか? ライアさんもそれがわかったうえで?
「……考えすぎか?」
「っていうかそもそもアタシらの中に裏切り者がいるって考えるのも間違いかもしれないだろう? 確かにその可能性は高いけど、そうじゃない可能性だってもちろんある。『月天宝』を狙ってる魔剣使い達がやった可能性だって十分あるんだろう?」
「確かに。その可能性も否定はできない」
「だったらそれを信じようじゃないか。アタシらは仲間だろう? 疑い合うよりもまず信じる方がいいじゃないのさ」
「それは私としても同意見なんだけどさぁ。それだと何も解決してなくない?」
「だったら今晩はそれぞれのチームから一人ずつ出して『月天宝』の見張りをするってのはどうだい? それなら問題ないんじゃないかい?」
「なるほど……それなら確かに。異常があればすぐに伝えれるってわけね。いいんじゃない? リオははさんせー」
「リオが賛成なら私も」
「異存はない」
「……僕達もそれでいい」
コルヴァの言葉にその近くにいた他の二人も頷いた。
「クロエ達も問題ないだろう?」
「うん、私は別に……レイヴェルは?」
「あぁ、俺もそれでいい」
「なら決まりだね。なんにせよ明日を迎えて精霊の森に行けさえすればアタシらの勝ちなんだ。なんとか協力して頑張ろうじゃないか」
「…………」
「クロエ? どうかしたのか?」
「……ううん。なんでもない。見張り頑張ろうね」
「あ、あぁ……」
こうして俺達の話合いはあっさりと終わり、一度その場で解散することになった。
それぞれ食堂を去っていくなか、何か言いたげだったクロエの様子だけが引っかかった。
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