第102話 二人の魔剣使い

「ほう、逃げ切られた……か」


 【業炎猛鬼】アリオスと呼ばれるその男は今まさに自分達の追撃を逃れきった幼き少女に驚嘆と称賛の意を込めて小さく呟いた。


『何が逃げられた、よ。逃がしたの間違いじゃないの?』


 若干不機嫌そうに呟くのはアリオスの相棒である魔剣【ヴォルケーノ】だ。

 不機嫌な理由はもちろん、アリオスがつい先ほどまで追っていた少女を逃がしたことにある。

 アリオス自身は逃げ切られた、と言っているがアリオスとヴォルケーノが本気を出して相手が逃げきれるはずもない。

 何よりも闘争を望むヴォルケーノにとって、不完全燃焼な戦いというのは何より苛立ちを募らせるものだ。


「無茶なことを言うな。ここは森の中。ヴォルの力を全力で発揮すればどうなるかは明白だろう。潜伏してるこの状況で、あまり目立つような真似をするなというのがオーダーだ」

『それはそうなんだけどさぁ……あぁもう、むしゃくしゃする! いつまでこんな鬱屈な所にいりゃいいのさ。いい加減全部燃やしちまうよ!』

「落ち着けヴォル。時が来ればその力、存分に発揮させてやろう。それまでの辛抱だ」

『もうその言葉何回目さ!』

『ウフフフ、荒れてるわねぇ』

「こ、怖いからあんまり近づきたくないんだけど……」


 荒れ狂い、今にも力を暴発させそうなヴォルケーノ達の元にやって来たのは同じく魔剣使いであるクルトと魔剣【ネヴァン】だ。


『ちっ、何よ。あんた達か』

「ひぃっ! そ、そんなに睨まないでくださいよぉ」

『はぁ……全く。アリオスと比べてあなたと来たら。魔剣使いのくせに度胸が足りないわ。だから嫌いなのよ』

『このジメジメとした環境でお前見てるとイライラすんだよ。ネヴァンも含めて失せろ』

『あら、つれないわねぇ』

『この状況でテメェの相手したくねぇんだよ。それよりもなにか? テメェらがこのアタシの苛立ちを受け止めてくれるってのか?』

「そ、そんなことボクにできるはずないよぉ。そんなことになったら手加減できなくなっちゃうじゃないか!」

『あぁ? 手加減だと?』

「ひぃいいっ!!」


 ヴォルケーノの言葉にクルトは心の底から竦み上がりながらも、その瞳の奥にはどこか余裕が残っていた。

 それは、魔剣使いとしての自負。アリオスの実力は知りながら、正面からアリオスとぶつかっても負けないという自信があるからこその余裕だ。


「そこまでだ。ヴォルもネヴァンも。前にも言った気がするが、あまりヴォルを挑発しないで欲しい。ヴォルが本気になったら俺でも止めるのに苦労するんだ。それに何より……俺まで本気になったらどうする」


 その瞬間、その場にいたクルト、ネヴァン、そしてヴォルの三人を貫いたのは闘気。

 アリオスから放たれた、凍てつくような……しかしその裏に確かにある抑えきれないほどの熱。


『クッ……ハハハッ!』

『やっぱりあなた……たまらないわねぇ』

「び、びっくりしすぎて心臓が止まるかと思ったぁ。やめてくださいよアリオスさん」

「あぁ、すまない。どうやら抑えきれなくなっているのはヴォルだけじゃないようだ。俺もまだまだのようだ」

『いいなぁアリオス! やっぱお前はそうじゃねぇと! 抑える必要なんてねぇだろ、さっさと暴れ回ろうぜぇ!』

「だからしないと言ってるだろ。その時はすぐに来る——そうだろう、ノイン」

「気づかれていたか」

『ふん、当たり前だろ陰キャ女。アリオスがお前程度の気配に気付かないはずがない』

「確かにそれもそうだ」

「一つ報告しておこう。この場所に侵入者が現れた。気付いた時点で迎撃に向かったものの、まんまと逃げられてしまったな」

『勘違いすんなよ。相手が強かったからじゃねぇ。お前のオーダーって奴のせいなんだからな。それさえなけりゃアタシとアリオスは誰にも負けねぇ』

「侵入者……本気ではないとはいえ、魔剣使いから逃れられるほどのか。なるほど、いくつか候補はあるが。まぁ、それは今はどうでもいいだろう。バレようが関係はない。こちらの準備も整った」

『お、それじゃあついにか!』

「あぁ。明日以降、お前達には動きだしてもらう。相手は予定通り【剣聖姫】そして狼族最強の戦士である【銀狼】共。そして……お前達と同じ魔剣使いだ。獣王のもとにいる魔剣使いとは別のな」

「ほぅ」

「えぇ!? む、向こうにも魔剣使いがいるの? そんなぁ」


 【剣聖姫】以外は大した敵ではないと思っていたクルトにとって、相手にも魔剣使いがいるというのは最悪の情報だった。


「主様はこの状況を見越して二人の魔剣使いをこの地に呼んだというわけだ。さすがの慧眼と言うべきだろう。【銀狼】も脅威ではあるが、【剣聖姫】ほどではない。こちらでどうとでもできる。【剣聖姫】はアリオスが、そしてもう一人の魔剣使いはクルトが相手をするのが妥当だろう」

『私としてはぜひ【剣聖姫】とやり合ってみたいものだけど』

「ボ、ボクはそんなのごめんだからね!」

『はぁ、まったくもう』

「協力者との連絡も終えた。準備は整ったと言えるだろう。さぁ、始めるとしよう」

「心得た」

「はぁ、嫌だけどやるしかないかぁ」

『クハハハハッ! 【剣聖姫】楽しみだなぁ!』

『こちらは魔剣使い……ま、期待させてもらうとしましょうか』


 クルトを除いた他の面々、アリオス達はそれぞれの獲物に心を躍らせながら動き始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る