第252話 野営の常識、非常識

 クロエとアイアルが森の中へ枝を集めに向かっている頃、レイヴェルとコメットは野営のための準備を進めていた。

 と言っても、そこまで大仰なものではない。前が降りそうな天気であるならば屋根のようなものも用意するのだが天気が悪くなるような兆しも無い。

 用意するのは寝床と焚き火の場所くらいだった。


「とりあえず寝る場所はこんなところか。これならすぐに解体もできるしな。多少寝づらいかもしれないが」

「ずいぶん手際が良いですわね。さすが冒険者ですわ。慣れていますのね」

「まぁ冒険者には必須技能だからな。毎度こんな綺麗に寝床を用意できるわけじゃないから、どんな環境でも寝れるようするのが一番なんだが」


 レイヴェルの師匠であるイグニドや、剣を教えてくれてるライアなどはどんな悪環境でも何の用意も無しに眠ることができる。それに比べればまだまだだとレイヴェル自身は思っていた。

 もっとも、イグニドやライアが異常なだけで一般的な冒険者としてはレイヴェルのように野営地を作るのが普通なのだが。だが、一般的な冒険者を知らないレイヴェルにとってはライア達こそが目指すべき位置であった。

 こうしてまた常識外の冒険者が一人生み出されていくのである。


「まぁそうですのね。冒険者って大変ですわね」

「大変だけど、やりがいはあると思う。なんて、俺も冒険者としてはまだまだなんだけどな」


 レイヴェルとクロエの冒険者としての階級はまだまだ初心者クラス。ベテランと言われる冒険者達と比べればレイヴェルの経験値はまだまだ足りないと言えるだろう。

 むしろ経験という値で言えば、かつて世界中を旅していたクロエの方が上だ。サンドワームの一件に関しても、周囲を警戒していたレイヴェルよりも寝ていたはずのクロエの方が気づくのが早かった。

 魔剣としての力と言ってしまえばそれまでだが、それでもレイヴェルは納得していなかった。こうして設営している今も馬に乗っていた時以上に周囲の警戒をしている。

 レイヴェルはふと森の方へと目を向けた。今まさにあの森の中でクロエ達が焚き火のための枝を集めている最中だった。


「あそこがグリモアの森か。コメットはあの森の中に住んでいたんだよな」

「えぇ、そうですわ。住処となっているのはもっと奥の方ですけれど。かなり広大な森ですわ。案内がなければエルフの魔法の力と合わせて一生あの森で彷徨うことになるでしょう」

「そこまでか……クロエ達大丈夫なのか?」

「入り口付近だけなら問題ありませんわ。エルフの魔法が効力を発揮するのはもっと奥地に入りこんでからですもの」

「そうか。ならいいんだけどな。それにしても、明日はいよいよグリモア入りか。クロエの持って来た薬があれば大丈夫だと思いたいけど」

「まぁ入る分には問題はないでしょう。問題はその後ですわ。何度も言いますけれど、レイヴェルさん達が想像している以上にグリモアの状況は逼迫していますわよ?」

「それでもここまで来たら行くしかない。そうだろ?」

「……そうですわね。何を言ったところで今更引き返すのは無理な話ですし。レイヴェルさんにはお願いしていることもありますもの。まだ返事は聞いていませんけれど」

「うぐっ、そうだな。さすがにグリモアに入る前には答えを出しておくべきか。今すぐ……は無理だから、今日の夜には」

「この上まだ先伸ばしするんですのね。まぁいいですわ。安易に答えられることでもありませんものね。でもこれ今夜いっぱいが限度ですわ。明日までには答えをだしてくださいまし」

「あぁわかってる」

「そんなに思い詰めないでくださいな。無理を言ってるのがこちらなのは百も承知なのですから」

「そう言ってくれると少しだけ気が楽になる」

「わたくしの育った国を悪く言いたくはありませんが、今のグリモアは歪んでいますわ。それはきっと長年積み重ねられてきたものが表層化してきているということなのでしょう。変わるべき時が来ているのかもしれません。レイヴェルさんクロエ姉様がそのきっかけになってくれるとわたくしは信じていますわ」

「過大な期待だと思うけどな。クロエがいくら魔剣だからって、国そのものを変えるようなことはできないだろうしな」

「それでも信じたいのですわ。たとえそれがどれほど小さな希望だとしても」


 森に、その先にあるグリモアに目を向けながらコメットは言う。その胸中にいかなる思いが渦巻いているのか。それはレイヴェルには計り知れなかった。

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