第60話 死闘の始まり
〈レイヴェル視点〉
最初に仕掛けたのはラミィだった。
「氷の恐ろしさを知りなさい——『氷剣創造』!」
俺達の周囲に、氷の剣が浮かび上がる。その数は百や二百ではない。その数実に千本。俺とラミィの姿を覆い隠すように氷の剣が作りだされた。
それはさながら剣の結界だ。誰一人として近づくことを許さないという強い意思を感じる。
そして、そのうちの一本をラミィは俺にに渡してきた。
「冷たっ!」
「我慢しなさい。何も持ってないよりマシでしょ」
「いやまぁ、そうだけど……」
剣の柄を握る手が酷く冷たい。このまま握り続けていたら凍傷になることは確実。
でもラミィの言う通りで、今の俺は丸腰だ。魔法もろくに使えない俺がこの状況でできることなんてほとんどない。
「相手に攻めさせたら私達の負け。だから、息を吐く暇もないほどの連撃で一気に仕留める。行くわよ!」
ラミィは決して魔剣使いを侮っているわけではないのだろう。いや、むしろ俺以上に魔剣使いの恐ろしさを知っているはずだ。
だからこそ、自分達から攻撃を仕掛ける。ラミィの言う通り、ディエド達から攻撃されたら、俺達に防ぐ手段などない。
特にダーヴには、未だ判然としてない能力もある。クロエがいたからなんとかなったけど、クロエがいないこの現状で看破できる自信は正直ない。
シエラも戦闘態勢に入り、高速飛行でディエド達に向けて飛ぶ。
シエラの背に乗る俺達は飛ばされないようにラミィが魔法で固定し、風の魔法で身を守ってくれている。
そんなことできるなら最初からしてくれよって感じだが……まぁ、その文句は今言うことじゃない。
「おぉ、おぉ、すげぇなこりゃ」
『いひひっ♪ 綺麗だねぇ』
しかし、ディエドもダーヴもこの氷剣を前にまったく焦りを見せなかった。むしろ、そうじゃないと面白くないと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「っ、行きなさい!」
氷剣の切っ先がディエド達に向き、音速に近い速度で飛んでいく。
常人ならば反応もできないはずの速度。でも相手は常人じゃない、魔剣使いだ。
「遅ぇ」
『うひひっ♪』
見えなかった。
俺が辛うじて視認することができたのは、一瞬の光。それはおそらくディエドが剣を振った軌跡だ。
その一瞬で、ディエドに向かって飛んでいた氷剣が全て斬り落とされた。
ありえない光景。およそ人のものとは思えない剣技に俺は思わず息を呑む。
でも、ラミィはそうじゃなかった。
「それくらい想定の範囲内よ! まだまだ、行きなさい!」
続けざまに放たれる氷剣。今度は正面からだけでなく、上下左右、四方向から同時だ。
「『氷剣乱舞』!」
そして、そこからは波状攻撃だ。ディエドに息を吐く暇すら与えない。その言葉を実行するかのように壊されては創造するを繰り返し、ラミィは絶え間なく攻撃を仕掛け続ける。
だが、その全てをディエドは見切ってみせた。自らに迫る氷剣の全てを正確に把握し、どれが自分に当たるものでどれが当たらないのか。瞬時に判断し、斬る。斬り続ける。
精神が擦り切れてもおかしくないような状況の中で、ディエドは余裕の笑みを浮かべたままだった。
そして逆に、攻めているはずのラミィの顔には疲労の色が濃く浮かび始める。
「おいラミィ、大丈夫か!」
「うるさわね。私の心配してる暇があるなら……対策の一つでも考えないさい。その頭は飾りなの? 戦う覚悟は嘘だったわけ?」
こんな時でも俺に対する皮肉を欠かさないその精神は流石だと言わざるをえないけど、今ばっかりはそれに付き合ってる状況じゃない。
魔力の欠乏。明らかにラミィにはその症状が出始めていた。
でも考えてみれば当たり前の話だ。これだけの氷剣の創造。魔力を消耗しないはずがない。
戦い始めてから今までで、すでにラミィが創造した氷剣の数は数千にものぼる。
俺が今も手に持っているこの氷剣は、決して玩具じゃない。見た目以上に完成された剣だ。この剣を息を吸う様に容易く作りあげてしまうラミィの魔法技術は驚異的なもの。
でも、それでも、あの魔剣使いの前には小手先の技術など無意味だと教えられてしまう。
あれは力だ。純粋な力。
技術も戦術も、全てを呑み込み喰らってしまう力。
このままでは必敗。
考えろ。考えろ俺。この状況で俺にできることはなんだ。
何もできませんなんて泣き言は許されない。
魔法の使えない俺に遠距離攻撃の手段はない。もしここに先輩がいたら衝撃波と飛ばす、なんてこともできたのかもしれないけど。そんな技術今の俺にはまだない。
このまま何もできませんでしたなんて許されるはずがないだろ!
「魔力……魔力、そうだ! ラミィ、ドレインとアブソーブの魔法使えるか!」
「ドレインとアブソーブ? 使えるけど」
氷剣の操作をしながら返事をするラミィ。
使えるのか。ならいけるはずだ。
「俺にドレインを使ってくれ!」
「は、はぁ!? 急に何を」
ドレインは犯罪者を捕らえたりした時に使う魔法だ。そいつが抵抗できないように、ドレインでそいつの中にある魔力を吐き出させる。その魔法を使えと俺は言っているのだ。
「ドレインで吐き出した魔力をアブソーブで吸ってくれ。魔力の量なら自信がある。今から俺のことは魔力タンクだと思え!」
「あんたねぇ、ドレインがどんだけ魔力を消耗させるか知ってるの? あっという間にすっからかんになるわよ」
「それでもだ。接近できないこの状況じゃ何もできない。ならせめてラミィの魔法のサポートくらいはするべきだろ。それに今は手段を選んでられる状況じゃない!」
「……あぁもうわかったわよ! 後悔しないでよ!」
ラミィが俺の手を握る。
その瞬間、俺の中にある魔力がごっそりと削られるのを感じた。
普段魔法を使わない俺にとってあまり感じることのない感覚だ。
キツイ……でもまだ耐えられないほどじゃない。
魔力の量だけは自信がある。イグニドさんにも『魔力量だけは人外レベルだな』って褒めてるのか呆れてるのかわからないことを言われたこともあるくらいだ。
「あんた……どんだけ魔力持って……いえ、でもこれならいける。あんたの魔力使わせてもらうわよ! ——『氷剣創造』!!」
ラミィの生み出す氷剣の数がさらに増える。さっきまでの倍以上に。
でも、それでもまだ攻め切れない。ディエドは自分の身に近づく氷剣をものともしていない。
くそ、これでもまだダメなのか。
「レイヴェル、耳を貸しなさい」
「え?」
「いいから早く! ここで一気に決めるわ」
「うおっ!」
繋いだままの手を思いっきり引かれて距離が近づく。
こんな状況だけどラミィの匂いを間近に感じて、思わずドキリとしてしまう。
「何顔赤くしてんのよ変態!」
「へ、変態じゃねーよ!」
「いいから耳貸しなさい。いい?」
そして、ラミィは手短に俺に作戦を説明する。
一発逆転の賭け。リスクはあるが、成功した時のリターンもある。
やらない手はなかった。
悩んでいる暇はない。
ラミィが小さく息を吸い、言い放つ。
「吠えなさいシエラ!」
「ルォオオオオオオオンッッ!!」
シエラが咆哮と共に火炎球を撃ちだす。
「効かねぇよ!」
「そんなこと知ってるわよ!」
火炎球をあっさり切り裂くディエド。でもそれは想定の範囲内。
シエラに火炎球を撃たせた目的は俺達の姿を隠すことだ。
「氷剣よ!」
「っ!」
火炎球の後ろから、氷剣をその身に纏ったラミィが突撃する。
「せぁあああああああっっ!」
ラミィの不意打ちにディエドがわずかに身を引く。
「はっ、俺に剣で勝てると思ってんのかよ」
「勝てる勝てないじゃなくて、勝つのよっ! レイヴェル!」
「うぉおおおおおおおっ!」
ラミィが作ってくれた僅かな隙。それを無駄にはしない。
ラミィが氷剣で作った足場を蹴って、俺はディエドに肉薄する。
「だから甘ぇんだよ!」
俺に向かってディエドの剣が迫る。
その反応の速さはさすがという他ない。でも、今の俺は一人じゃない。
「甘いのはあんたよ! 氷剣!」
「っ!」
『うひゃっ!』
横から飛んできた氷剣が、ディエドの剣を弾き上げる。
その先にあるのはがら空きになったディエドだけだ。
「終わりだぁああああっ!」
そして、俺の剣がディエドに届いた。
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