第15話 レイヴェルの覚悟

〈レイヴェル視点〉


 魔物数は俺が想像してたよりもかなり多かった。ゴブリン、コボルドみたいな低級の魔物からオークやミノタウロスみたいな厄介な魔物もいる。俺じゃ逆立ちしたって勝てないような魔物まで。

 クロエにはちょっとカッコつけて来たはいいけど、この場で俺ができることはかなり限られてるかもしれない。

 こうして戦ってる今も、他の冒険者や王都の警備が魔物と戦ってる。人々の逃げた方向に行くことがないように必死に防衛線を張りながら。


「はぁっ!」

「ガッ!」


 もう何体倒したかわからない。っていうか。どんだけ捕まえてんだよ。いくらなんでもこの量はおかしいだろ。捕まえた魔物の一部が行方不明とかそんなレベルじゃない。

 これもしかしてあれか。魔物が仲間呼んでたりするのか?

 だとしたらかなり厄介だ。地下の下水道とかを通って集まってるなら、いくら戦ってもキリがない。


「クロエの奴……大丈夫だよな」


 ふと、さっき別れたばかりのクロエの顔が頭を過る。

 戦えないあいつがこっちにいるはずがない。そうわかってるのに、変な胸騒ぎがする。

 なんでだ? くそ、目の前の戦いに集中しないといけないっていうのに!


「おいそこのお前、ぼさっとするな! まだ魔物来てんだぞ!」

「っ!」


 襲いかかって来たゴブリンを切り捨てる。

 クロエのことは心配だけど、今はそれを考える時じゃない。

 じゃないと俺の命が消し飛ぶことになる。

 そうして魔物と戦ってるうちに、ふと視界の端の子供の姿が映った。


「って、子供だと!」


 茶髪の小さな子供。赤いチェックの服はボロボロで、ところどころが破れ、汚れている。


「っ! まずい!」


 近くにいたゴブリンが子供の姿に気づき、嬉々として襲いかかる。

 間に合えっ!


「させるかっ!」

「ゲギャッ!」


 間一髪で子供に襲い掛かろうとしたゴブリンを斬り倒す。


「おい、大丈夫か!」

「はぁ、はぁ……ぼ、冒険者……さん?」

「あぁ、もう大丈夫だ。怖かっただろ」


 逃げ遅れたのか?

 だとしたら相当怖かったはずだ。

 子供は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、俺の服を掴んで離さない。


「今安全な場所に——」

「ダメッ!」

「え?」

「お姉ちゃんを、お姉ちゃんを助けてっ! 私を助けて、あっちの残ってて、おっきな魔物がいて」


 相当焦ってるのか支離滅裂になっている。なんとか落ち着かせてあらためて話を聞くと、どうやらこの子を逃がすために囮になったやつがいるらしい。

 そいつを助けて欲しいと、この子は必死に訴えているのだ。


「とりあえずそいつの特徴を教えてくれ」

「特徴? えっとね、黒髪で——」


 瞬間、心臓が跳ねた。


「クロエっていうお姉ちゃんだよ」


 クロエ? クロエだと。なんだあいつがこっちにいるんだよ!

 同じ名前の他人だとは思えない。そんな楽観視はできない。つまり、今こうしてる瞬間にもあいつは魔物に襲われてるってことかよ!


「くそっ!」

「おいお前、どこに行くんだよ! って、子供?」

「あっちにまだ人が残ってる! その子のことは頼んだ!」

「あ、おい!」


 返事も聞かずに俺は走り出した。

 あの子供は大丈夫なはずだ。魔物はまだ残ってたけど、俺がいなくても他の冒険者たちがいる。

 きっと助けてくれるはずだ。

 それよりも今はクロエだ。なんであいつがこっちの方に戻って来てんだ。

 理由なんていくらでも考えれる。でも、大事なのはそこじゃない。今ここにいるってのが問題なんだ!


「どこだ、どこにいる!」


 路地を走り抜けてクロエのことを探す。

 今ばっかりは魔法に適性のない自分の体が恨めしい。

 探知系の魔法、体を強化する魔法。今使いたい魔法はいくらでもある。でも俺は何一つ使えない。

 

「でも、だからって諦めるかよ!」


 ここで俺が諦めたら誰がクロエを救えるっていうんだ。

 そうして路地を走り抜けた先、開けた道に出た俺が目にしたのは巨大な魔物、オーガに殴り飛ばされるクロエの姿だった。


「っっ!」


 全身の血の気が引く。オーガ。怪力で知られる魔物だ。戦闘訓練も受けてない奴がその一撃をくらって無事でいれるはずがない。

 それでも一縷の望みをかけてクロエに向けて走る。

 すると、そんな俺の願いが天に通じたのか、そもそもオーガの攻撃の当たりが浅かったのか。クロエがゆっくりと体を起こすのが見えた。

 だが、オーガも追撃を仕掛けようとしてる。

 その姿に、過去の情景が頭を過る。

 血の海に倒れ伏す両親。魔物に襲われそうになってる弟と妹。そして……動けない俺。

 あんなこと、繰り返してたまるか!

 その想いが、オレの体の限界を一時的に突破させた。


「うぉおおおおおおっっ!!」


 オーガとクロエの間に体を滑りこませる。

 迫りくる巨腕。防げるか。いや違う。防ぐしかないんだ!

 剣でオーガの一撃を防ぐ。あまりの衝撃に吹っ飛びそうになるけど、全力で踏ん張って堪える。


「レイ……ヴェル?」

「何してんだ……このバカ!」


 生きてる。その安堵が胸に満ちる。

 怪我はしてるし、ボロボロになってるけど。それでもまだクロエの意識ははっきりしてる。


「バカ、バカってなによ」

「バカはバカだ! いいから早く逃げるぞ!」


 言いたいことは山ほどあるけど、そんなの全部後だ。まずはここから生きて帰ることが先決だ。

 正直言えばオーガの相手は荷が重い。というか、俺一人じゃ絶対に勝てない。

 討伐難度Bクラス。それがオーガだ。D級の俺じゃどう足掻いても無理だ。

 さっきの一撃を防げたのだってかなり運が良かった。クロエごとまとめて殴り飛ばされててもおかしくない。


「動けるか」

「なんとか」

「なら走れ!」


 走り出した俺達のことをオーガは全速力で追いかけて来てる。

 クロエも必死に走ってるけど、怪我の影響なのか決して早いとは言えない。

 そうこうしてるうちに、オーガとの距離が縮まる。


「くそったれが!」


 クロエを背中側に移動させて、剣を振る。

 でも無駄だった。オーガの分厚い筋肉に阻まれて、かすり傷程度しかつけれない。

 隙を見て反撃しようにも、そもそも剣が通らないんじゃ意味がない。

 こうなったら、クロエだけでも逃がすしかない。


「クロエ、俺が時間を稼ぐから走って逃げろ!」

「え、そんな。だ、ダメだよ! そんなことしたらレイヴェルが」

「俺なら大丈夫だ! こいつ倒してすぐに追いかける!」


 嘘だ。できてもせいぜい時間稼ぎ。

 でもそれさえできれば十分だ。

 クロエが逃げる時間だけでも稼げたなら。


「お前がここに居ても足手まといになるだけだ。俺一人ならもっと自由に動ける。だから早く行ってくれ!」

「っ!」


 そんな泣きそうな顔するなって。頼むから行ってくれ。

 これでクロエを守れなかったら俺が情けなさすぎるだろ。

 

「ダメ……」

「クロエ、何言って」

「そんなのダメ。認めない。そんな結末なんて認めない! 守るの、生きて帰るの! こんなところで終わらせたりなんかするもんか!」


キッと眦を吊り上げたクロエが、俺に近づいて来る。

そして——。


「『魔剣契約』!」


 その瞬間、俺の視界は光に包まれた。





□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 魔物と冒険者の戦う音が鳴り響く中、少年——ディエドは建物の上から下で起きる喧騒を嘲笑しながら見ていた。

 その傍らには不気味に笑う少女の姿もあった。


「くは、はははははは! 見ろよ、あの無様な姿をよ」

「ふひっ! ひひひひ! ほんと最高! あぁもっと悲鳴が聞きたい。血の臭いが嗅ぎたい。ねぇねぇ、もっと強い魔物使わないの?」

「無茶言うなよ。適当に捕まえた分の魔物を使ってやれって話だ。まぁ、ちょっと細工はしたけどな。だが、正直期待外れだ。俺を昂らせるようなやつなんていやしねぇ」

「ホントにねぇ。有名な冒険者は今は出払ってるみたいだし。祭りで王都に冒険者が集まってるっていうから、面白いの見つかるかと思ったのにぃ」

「こうなったらこの国の魔剣使いにちょっかいかけるか? たしか王城にいるんだよな」

「うーん、気配的にはまだ王城にいるみたいだね。魔物は冒険者だけで対処できるって思ったのかなぁ」

「ちっ、さすがに正面から挑むのは分が悪いか」

「つまんないのー。もうこれ以上面白い光景なんて見れそうにないし、さっさと帰って——っ!」

「おい、今の感覚」

「ふひっ、うん。当たりだね。魔剣だよ」

「おいおい、やっぱいるんじゃねぇか。ようやく出てきやがったか」

「ねぇ、もうダーちゃん待ちきれないんだけど」

「そうだな。行こうぜダーヴ。いや、魔剣【ダーインスレイヴ】」


 その次の瞬間、建物の屋上からディエドとダーヴの姿は消えていた。

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