第206話 エルフとドワーフ

「手伝ってくれるってホントかっ? それじゃあやっぱり何か知ってるのか!?」

「えっ!? えーと、それは……」


 アルマのことを探すのを手伝う。そう言ったはいいものの、正直手がかりなんて皆無だ。

 オレがわかるのはもしかしたらハルと関わりがあるかもしれないってことくらいだし。正直それ以外の情報は全くない。

 

「もしかして無いのか?」

「えっと、無いと言えば無いし……あると言えばある、みたいな?」

「やっぱないんじゃないか。なんだよ期待させやがって」

「別に期待させたつもりはないんだけど。でも、もしかしたらアルマに繋がる情報は見つけれるかもしれない」

「ホントか?」

「絶対ってわけじゃないけどね。それでも可能性はあると思う」


 問題があるとすれば、その情報を手に入れるために向かおうとしてる場所のことなんだけどさ。


「もう少ししたら私の仲間が帰ってくるから、そしたらより詳しい話ができると思う」

「そう……か。それじゃあわかった。待てばいいんだな」


 アイアルはそう言うと少しだけ安心した様子で椅子に座り直した。

 まぁドワーフの国からここまで一人で来たみたいだし、不安になるのも無理ないか。

 まったく、アルマの奴何考えてるんだ。こんな子を一人残して居なくなるだなんて。

 無骨な文字で書かれた手紙を睨み付ける。

 事情があったのかもしれないけど、せめて娘にくらいは話していくべきでしょ。

 急にいなくなったら不安になるに決まってる。しかもその後のことを全部オレに任せるとか無責任過ぎる。

 なんて、今ここに居ない奴に文句言っても仕方ないか。

 とりあえずレイヴェルが戻ってきたらアイアルのことを話さないと。

 場合によってはグリモアよりも先にスミスターの方に行かないといけなくなるかもしれないし。



 この時のオレは、そんな風にある意味楽観的に考えていた。今レイヴェルが誰と一緒にいるかも知らずに。





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 レイヴェルのことを待つ間、オレの知らない父親としてのアルマの話や逆にアイアルの知らない旅をしてる間のアルマの話をしたりしていた。

 そうしてオレとアイアルが少し打ち解けてきた頃に、レイヴェルは帰ってきた。思いもよらぬ人物と一緒に。


「あ、レイヴェルが帰ってきたみたい」

「さっき言ってた奴か。いったいどんな――ん?」

「あれ、誰かと一緒にいる……」


 入り口の方でフィーリアちゃんと話してるレイヴェルはその後ろに誰かを連れていた。すっぽりと全身を覆う外套を被った子だ。身長的にはアイアルと同じくらいな気がする。

 なんか妙に慌ててるし。


「なんか嫌な感じがする」

「え?」


 そんなアイアルの呟きの意味を把握する間もないままに、レイヴェルがその子と一緒にオレ達のところにやってきた。

 そして、オレはすぐにアイアルの言葉の意味を理解した。


「あら、おかしいですわね。どうしてこんなところに土臭いドワーフがいるのかしら」

「それはこっちの台詞だ。どうしてここに森臭いエルフがいるんだよ」


 外套を脱いだその姿はまさしくエルフだった。

 でも、グリモアからほとんど出ないはずのエルフがなんでここに、というかなんでレイヴェルと一緒に?

 それにこの子の顔立ち、どこかで見覚えがあるような……。

 って、今はそれどころじゃない!

 まずいって、なんでこんなことに。

 出会った瞬間に流れるバチバチに険悪な雰囲気。これはやばい。非常にまずい。

 エルフ族とドワーフ族の仲の悪さはそれこそ誰でも知ってるレベルだ。原因はわからない。でももうすでに卵が先か、鶏が先かって領域の話。どっちが悪いと言い切れるものじゃない。だからこそたちが悪いんだけど。

 

「…………」

「…………」


 一触即発の雰囲気。すぐにでも喧嘩が始まってもおかしくない。

 とにかく二人を落ち着かせないと。


「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて。ね?」

「クロエ、あんたは下がってろ。これはアタシとこいつの問題だ」

「そうですわ。なんですのあなた……は……」


 エルフの女の子がオレの顔を見て驚いたような顔をする。

 えっと、さすがにまじまじと見つめられると恥ずかしいんだけど。


「えっと……どうしたの?」

「女神様ですわ……」

「へ?」

「わたくしの女神様はここにいましたのねっ!!」

「うわっ!」


 目にも止まらぬ速さでオレの目の前までやってきたエルフの少女は、キラキラと輝く目でオレのことを見つめている。


「あぁ、申し遅れましたわ。わたくしはコメット・シャラス・コラル・ミーティアですわ」

「う、うん。って、ミーティア?」

「女神様、あなたのお名前はなんというのでしょうか」

「私はクロエ・ハルカゼだけど……」

「クロエ様ですわね!」


 な、なんかこの感じ激しく既視感があるというか。それに今言ったミーティアって。


「おいてめぇ! アタシのこと無視してんじゃねぇぞ!」

「あら、まだいましたの? ならとっととどこかに行ってくださる? わたくし、あなたのような土臭いドワーフを相手にしている暇はありませんの」

「んだとっ!!」

「アイアル、ちょっと落ち着いて。コメットちゃんもあんまり挑発するようなこと言っちゃダメだよ」

「はいっ!」

「ちっ」


 まったく反対の反応を見せる二人。

 でも、アイアルはともかくコメットちゃんはこの反応ならオレの話を聞いてくれるかもしれない。


「で、レイヴェル。アイアルじゃないけど、どうしてこの子を連れてきたのか説明してくれる?」

「こっちも色々あったんだが。悪い、まさかこんなことになるとは思わなかった」

「まぁそりゃそうか。そうだよね」


 そもそもエルフもドワーフも会うこと自体が稀だ。片方と会うだけでも驚くことなのに、まさかエルフを連れて帰ってきたらドワーフがいるなんて思いもしないだろう。オレだってそんなの考えもしない。

 たぶん、レイヴェルの方でも色々あったんだと思う。


「とにかく、二人とも喧嘩は無し。まずはお互いの経緯を話し合おう」

「はんっ、嫌だね。なんでアタシがエルフなんかと同じ席に座らなきゃいけないんだ」

「わたくしだってごめんですわ。それよりもクロエ様、わたくしと二人でお話しませんこと?」

「てめぇ、ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ! アタシはクロエとそこのそいつに用があるんだよ。どっかいけよ!」

「本当にうるさいですわね。ぶっ飛ばしますわよあなた」

「はんっ、やれるもんならやってみやがれ!」

「いい度胸ですわね。だったらやってさしあげますわ」

「お、おいコメット落ち着けって。まさかさっきの魔法使うつもりじゃないだろうな!」

「止めないでくださる? やはり土臭いドワーフにはわからせる必要があるのですわっ」


 レイヴェルが止めるのも聞かずにコメットちゃんは魔力を溜め始める。って、あの量の魔力はまずいでしょ! 下手したら『鈴蘭荘』ごと吹き飛ぶんだけど!


「上等だ。魔法を使えるのがあんただけだと思うなよ」


 コメットちゃんの様子を見てか、アイアルも何かしようとしてる。

 もしかして魔法? でもドワーフは魔法適正が無くてほとんど魔法を使えないはずなのに。

 そんなオレの疑問をよそにアイアルはコメットちゃんと同じく魔力を拳に集中させている。どんな魔法を使おうとしてるかはわからないけど、たぶん同じくらいの威力の魔法を。

 

「レイヴェル!」

「あぁ、わかった」


 多少強引になるけど、こうなったら二人の魔法を根本から破壊するしかない。じゃないと二人とも、というかオレ達もただじゃすまなくなる。


「はか――」

「何をしてるのかしらぁ」

「っ!!」


 背筋にゾクッとした悪寒が走る。殺気とかそういうのじゃない。

 い、今の声って……。


「ずいぶん楽しそうなことをしてるのねぇ」

「マ、マリアさん?」


 厨房の方にいたはずのマリアさんが気づけばそこにいた。

 あ、これやばい奴だ。

 本能的にそう悟る。


「なんですのあなた、わたくしの邪魔を――ひっ」

「なんだとあんた、アタシの邪魔を――ひっ」


 マリアさんの顔を見た二人が酷く怯えた顔をする。オレの後ろにいるせいでどんな表情をしてるかはわからないけど、振り返る勇気もない。

 ただ二人の怯え方は尋常じゃ無かった。


「あんまりおいたしちゃ、メッですからね?」

「「は、はい……」」


 壊れた人形のように縦に首を振る二人。気づけば二人が溜めていた魔力は雲散霧消していた。


「よし、元気なのはいいけど。ほどほどに、二人とも仲良くね?」


 ふっと体が軽くなる。さっきまでのプレッシャーが嘘のように消えた。

 マリアさんが厨房の方へ戻っていったんだろう。

 こ、怖かった。めちゃくちゃ怖かった……。

 

「と、とりあえず座るか?」

「うん、そうだね」


 とりあえずオレは一つ心に決めたことがある。

 マリアさんは絶対に怒らせないようにしよう。

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