第137話 命を奪った日

 いつだったか、先輩に聞いたことがある。

 どうして先輩は簡単に人を殺すことができるのかって。別に非難するとか、そういうので聞いたわけじゃない。ただ単純に疑問だっただけだ。

 それを聞いた時、先輩が呆れたようにため息をついてたのを覚えてる。


『どうしても何も、私は魔剣なんだから殺せて当たり前でしょ。殺せない武具とか、ある意味ないでしょ』

「いやだから、そういうことじゃなくてぇ……あぁもう、なんて言ったらいいのかな」

『? なによ、はっきりしないわね』

「あはは、クロエが聞きたいのはどういう心構えでいたら人のことを殺せますかって話だよね」

「そうですレイジさん!」

『いや、ますますわからないんだけど』

「えぇ……」

「まぁ無理もないと思うよ。ミーファはちょっとばかし特別な魔剣だけど、根本的な部分で魔剣に染まり切ってるから」

「レイジ先輩が男から女になって、女の生活に慣れきっちゃったのと同じような感じですか?」

「うぐっ、い、痛い所を……まぁ確かに似たようなもんだけど」

「ですよね。出会った時よりさらに女に染まってるっていうか。その髪飾りとか前までつけてなかったですよね」

「あぁこれ可愛いだろ。前に貰ってずっとつける勇気はなかったんだけど。今さらだけど、せっかくだしつけてやるかと思って」

「女の顔になってますよレイジ先輩」

「っ?! な、なってないから! っていうかクロエはそんな話をしたいんじゃないだろ」

「あ、そうでした。それで結局どうなんですか先輩」

『どうって言われてもねぇ。まぁ私からしたら人を殺すのも魔物を殺すのも同じようなもんだし。別に人殺したからどう思うってこともないけど。そういう話が聞きたいならレイジの方がいいと思うわよ』

「じゃあ一応……レイジ先輩はどう思ってるんですか?」

「人を殺すことについて?」

「はい。私達がもといた世界じゃ人殺しは犯罪でしたし、その環境で育ってきた私達の心はそう簡単に切り替えられるものじゃないでしょう?」

「まぁ確かにそうか。確かにオレもそうだった。戦う時は基本的にミーファに任せてるけど、それでも殺した瞬間の感触は手に残ってるし」

「やっぱり慣れたんですか?」

「ははっ、慣れるわけないだろ」

「え?」

「慣れるわけがない。最初に殺した人、その次に殺した人、その次も、次も……何十人、何百人、何千人と殺してきたけど、顔もはっきり覚えてる。知ってる人はその名前も忘れたことはない。オレはその全てを背負って生きていくって決めたから」

「で、でもそんなの」

「ツラいって? まぁ確かにそういう部分があるのは否定しないけど。でもそれがオレの覚悟だよ」

『私からしたら人も魔物も一緒だから、そんな感傷無意味だって言いたいんだけどね。さっさと忘れるべきだって言ってるのにレイジときたら、変なとこで頑固なんだから』

「心配なんですね、レイジ先輩のことが」

『べ、別にそういうわけじゃないから!』


 剣の姿のままとはいえ、先輩が顔を赤くしてる姿が目に浮かぶ。まぁ先輩は他の魔剣達と違って滅多に人の姿にならないけど。

 先輩はレイジ先輩のことを本当に大切にしてるから……でも、これが相棒ってものなのかな。ちょっと羨ましい。

 それにしても……。


「なんでそれでもレイジ先輩は殺せるんですか? 私にはとてもじゃないけど耐え切れそうにないんですけど」

「安直に言うならやらなきゃやられるから。でも本当のところは……うーん、言葉にするのはちょっと難しいかな。でもとにかくオレはこれからも殺すよ。殺さなくて済むならそれが一番だけど、そうじゃないなら迷わず殺す。それが魔物でも、人でもね」

『なんで急にそんなこと聞いてきたか知らないけど、クロエも覚悟くらいはしときなさい。たとえあんたが異質な魔剣だったとしても、魔剣は魔剣。この先、あんたが契約者を選んだら必ずその時はやって来る。望もうとも、望むまいともね。その時に殺せませんでした、じゃ契約者を守れないわよ』

「そんなこと言われても……実感湧かないですよ」

『まぁ、そうでしょうね。私からあんたに言えることがあるなら……殺さないことと、殺せないことは一緒じゃないってことかしら。それだけは覚えておきなさい』

「殺さないことと、殺せないこと……」

「オレとしては、できればクロエにはそんな機会こないで欲しいけどね」

『甘っちょろいこと言ってんじゃないわよレイジ。だいたいあんたはさっきの戦いにしても——』





 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 一瞬の追憶。

 オレは盗賊と戦いながら、昔先輩達と話していた時のことを思い出してた。

 殺さないことと、殺せないことは別。

 全てを背負って生きていくということ。

 今のオレはどっちだ? そしてオレにレイジ先輩みたいな覚悟はあるか?

 ある……なんて言いきれない。

 殺そうって決めた。そうしないとこの盗賊はきっとこれからも多くの命を奪うから。それにここで殺さなくても、どうせ捕まったらこの盗賊は死刑にされる。

 早いか遅いかだけの違い。

 そんなのわかってる。頭ではいくらでも理解してる。

 だから後は行動に移すだけ。それなのに。


「おらおらどうした嬢ちゃん! 威勢よく突っ込んできた割には避けてばっかじゃねぇか!」

「今さらビビってんのか? あぁ!?」

「…………」

 

 ビビってる……ビビってるか。確かにそうなのかもしれない。殺すと言うことに、恐怖を抱いてる。それは紛れもない事実だ。

 七回だ。戦い始めてから最低でも七回はこの盗賊達を殺せるチャンスがあった。オレはそれに気付いていながらあえて見逃してる。

 これをビビってるって言わずになんて言うんだ。

 情けない……情けない情けない情けない!

 魔剣少女になって大きな力を手に入れても、レイヴェルと契約してこの力を使えるようになっても、オレ自身の弱さは何も変わってない。

 その事実がどうしようもなく情けない。


「…………」


 気持ちを切り替えろ……オレはなんだ?


「私はレイヴェルの契約者」

「あ? なにぼそぼそ言ってやがんだ?」

「知らねぇよ。さっさと終わらせようぜ。ヤるのが今から楽しみでしょうがねぇ」


 オレの力はなんのためにある?


「私の力はレイヴェルのためにある」


 オレの力の本質はなんだ?


「私の力の本質は破壊。全てを消し去る、無慈悲な破壊」


 あぁそうだ。オレの力の本質は《破壊》だ。


「人も魔物も、神も悪魔も関係ない。私は全てを破壊するモノ」


 それがオレだ。オレの魔剣少女としての在り方だ。

 その前にオレの意志なんて関係ない。


「必要ない」



 ——フフッ、おめでとう『私』。これでようやく第一段階。



 そんな声が脳裏に響いた次の瞬間、オレの意識は静かに切り替わった。


「ん? なんだ? 急に雰囲気が——」


 その言葉の続きを盗賊の男は口にすることはできなかった。

 なぜなら——。


「壊れろ」


 オレがそいつの頭を破壊したから。

 血が、脳漿が、肉片が飛び散る。それオレは静かに見つめていた。

 まず一人。


「っ!? お、お前なにをしやがった!」

「なにを? 殺した。ただそれだけ。殺せたから殺した。隙があったから殺した。ここはもう戦場。油断したら死ぬ、ただそれだけ」

「ひっ……う、うわぁああああああっっ!」

「逃がさない——お前も壊れろ」

「あがっ?!」

 

 逃げようとした盗賊の足を破壊して逃げられないようにする。

 転んだ盗賊はオレのことを恐怖に満ちた瞳で見つめていた。


「た、頼む! 見逃してくれ! もう悪いことはしねぇ、盗賊稼業からも足を洗うから!」

「それで?」

「え? は? そ、それでって……」

「あなたが盗賊稼業から足を洗ったとして、もう悪いことはしないと誓ったとして。それが本当だという証拠がどこにあるの? それになによりも、だからってあなたがしてきた悪行がなくなるわけじゃない」


 これは宣告だ。どんな命乞いをしても見逃すことはないという。


「ク、クソがぁっ!! 死ねぇっ!!」

「——壊れろ」 


 結末は同じ。盗賊の頭が砕け散り、返り血が飛び散る。壊れる直前の、命の消える瞬間が目に焼き付いた。

 ドシャリと崩れ落ちた肉体から流れ出る血がやけに生々しく見える。

 人と魔物、どっちも同じ生物なのに、こうも違って見えるのはなんでなんだろう。

 そんなどうでもいい疑問だけが頭に浮かんでくる。


「あぁ、でもそっか……私……」


 この日、オレは……初めて人を殺した。

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