第219話 向き合うべきこと
「ふぅ、やっと寝てくれた」
部屋に戻ってきたオレは、ようやく寝てくれたキュウの寝顔を見ながら小さく嘆息する。
「ベッドに降ろそうとしたらグズりだすんだもんな。見てて笑いそうになった」
「これ結構大変なんだからね。まだ赤ちゃんだから仕方ないとは思うけど」
素直に寝てくれる時はすぐに寝てくれるのに、こうしてたまに寝てくれないことがある。慣れてる家じゃないからか?
匂いとか感覚とか違うんだろうか。結構敏感だと思うし。
「その子、クロエとレイヴェル以外は抱っこできないんだよな」
「うん。フィーリアちゃんとかマリアさんでも抱っこされるの嫌がってたし。私はなんでか大丈夫だったんだけど」
「母親だと思ってんじゃないのか?」
「それは……うーん、どうなんだろ」
アイアルの言うことも否定はできない。その可能性もある。詳しいことはラミィに聞いてみないとわからないけど。
母親、母親かぁ。オレ、元男なんだけどなぁ。というか少女とはいえ魔剣なんだけどなぁ。
オレが母親ってことはレイヴェルが父親ってことになるのか。って、何考えてるんだオレは。
一瞬想像しかけたくだらない妄想を頭を振って振り払う。
嫌じゃない、なんて思ってしまった自分に嫌気が差す。オレにはそんな権利も資格もないのに。レイヴェルの相棒ってだけで満足するべきだし。
もう何度も自分に言い聞かせてきたことだ。
「どうしたんだ?」
「ううん、なんでもない。大丈夫だから」
「大丈夫って言われても……なぁ、ずっと気になってたんだけど聞いていいか?」
「なに?」
「あんたら見てるとさ、微妙に違和感があんだよ」
「私とレイヴェル?」
「そうだよ。あんたらさ、どっか遠慮してないか?」
「遠慮って、そんなことないと思うけど」
「じゃあ無意識ってわけだ。それとも気づいてないふりしてるだけなのか?」
「なんか見ててイライラすることあるからこの際はっきり言わせてもらう。あんたらは互いに遠慮してる。間違いなくな」
「そんな断言されるほど……でもホントに遠慮なんてしてないし」
「自覚ないのがたち悪いな。あっちの方はどうか知らないけど。なんであんたが引け目を感じてるのかも知らない。興味もない。ただ、アタシでもわかったくらいなんだから宿の奴らは全員気づいてんじゃないのか?」
「…………」
遠慮はしてない。でも確かに引け目なら感じてるかもしれない。
レイヴェルがオレに相棒以上の感情を抱いたとしたら……オレはそれが怖い。
自分だけなら無視できるし、どうにだってできる。でも、他人の感情はどうにもできない。
それに、それを認めてしまったらきっとオレはもうオレでいられなくなる。
「私はただの魔剣だから。それ以上でも、それ以下でもないよ」
「……はぁ。まぁしょうがねぇか。外野が口だしするようなことでもねぇだろうしな。ただそうやって自分を誤魔化しても意味ねぇってことはわかってんだろ。後悔しても知らねぇからな」
「ありがとう。わかってる。ちゃんとわかってるから」
「別に礼を言われるようなことじゃない。ただ見ててウザかっただけだ」
「別に悪ぶらなくてもいいのに」
「悪ぶってるわけじゃねぇよっ!」
「あ、ちょっと、そんな大きい声出したら」
「っ!」
「キュ? キュ……ゥ?」
まずい。起きる。このタイミングで起きられたら。寝かしつけるのが大変過ぎる。
「大丈夫だよー、ごめんね、うるさかったねー。いい子だから寝ようねー」
「キュ……」
ふぅ、ギリギリだった。
再び眠りに落ちたキュウを見て安堵する。また時間かけて寝かしつけるのはさすがにごめんだ。
「わ、悪い」
「気にしないで。私の言った言葉のせいでもあるし」
アイアルは本当にむかついたから言ってきたわけじゃないだろう。むしろその逆。オレ達のことを心配してくれたんだと思う。そのくらいのことはわかる。
心根は優しい子なんだろう。口はちょっと悪いかもしれないけど。
アイアルから言われたことはちゃんと向き合わなきゃいけないことだ。オレの考えは変わらない。レイヴェルには幸せになって欲しい。ただそれだけだ。
レイヴェルの望みを叶える。それがオレの、いや、魔剣少女としての存在意義。そこだけは絶対に違えない。
「よし、それじゃあ行こっか。思ったより時間かかったし早くレイヴェル達のところに戻らないと」
「あぁそうだな。あの森臭いエルフの面を見るのは嫌だけど」
「そんなこと言わないの。コメットちゃんだっていい子だよ?」
「ふんっ」
うーん、こればっかりは仕方ないか。種族間の問題は口出しできるようなことじゃない。相性ってのはあるわけだし。
キュウを起こさないようにゆっくりと部屋を出たオレ達は食堂へと向かう。
「キュウを寝かしつけるので疲れてまたお腹空いちゃったかも」
「あんだけ食ったのにまだ食うのか」
「うーん、まだまだ食べれるんだけど」
「どんな胃袋してんだよ……いや、魔剣だからか?」
「どうだろ。先輩とかは普通だったと思うけど」
「先輩……その先輩ってのは魔剣のってことだよな」
「そうだよ。私に魔剣としてのいろはを教えてくれた人。おかげでこうして人化できるようになったし」
「人化って最初からできるわけじゃないのか?!」
「人っていうか、魔剣次第じゃないかな? 私の場合は色々あったから。人化できるようになるまで苦労したなぁ」
あの日々は本当に大変だった。自分一人じゃ移動もできないんだから。
もう二度と経験したくない。
「ふぅん、魔剣にも色々あんだな。さっきの話を蒸し返すわけじゃねぇけど、魔剣と契約者が付き合うなんてことはあんのか?」
「付き合う……か。そういう関係の魔剣達もいないわけじゃないけど。やっぱりほとんどいないんじゃないかな?」
「なんでだよ」
「いつか別れが来ることがわかってるから」
「? そんなの――」
「魔剣じゃなくても当たり前だって? 確かにね。エルフ族とか竜人族が他種族の人と付き合うことがほとんどないのも同じ。生きる時間が違い過ぎて、その別れが辛いから付き合わない。人族の百年なんて、魔剣にしたらあっという間だから。好きになりすぎるとツラくなるだけなんだよ。私達魔剣は不老の存在。私達に死の救済はない。でも、私達と他の長命種の大きな違いは……証を残せないこと」
「証?」
「簡単に言えば子供かな。血を繋ぐことができない。こんな姿をしてても、私達は生物じゃないから」
エルフ族や竜人族は子供を残すことができる。でもオレ達はそれができない。
ま、オレの勝手な想像だけど。子供を残すことが全てじゃないし。それでも大事なことではあるし。
「……色々あるんだな。もしかしてそれが踏み出せない理由か?」
「さぁ、どうだろうね」
「悪い。変なこと聞いた」
「だから謝ることないってば」
魔剣としての身の振り方。契約者とどうあるべきか。その考えはそれこそ魔剣によって違う。オレの考えだって魔剣によっちゃ考えすぎって言われそうだし。
「でも魔剣の恋愛事情が気になるなんて、アイアルもそういうのが気になるお年頃なんだね」
「っ!? ち、違うっての! 別に恋愛になんか興味ねぇし」
「えー、ホントに? 実は好きな人が居たりとかして」
「そんなのいるわけねぇだろうが! だいたい初恋だってまだ――っ!」
「へぇ、そうなんだぁ」
きっと今のオレはとてもいやらしい顔をしてるだろう。
「だったらなおのこと色々聞かないと。ねぇねぇ、どんな人がタイプなの? 年上? 年下? カッコいい系かカワイイ系か」
「だー! うるせぇ! 絶対答えねぇからな!」
「あ、逃がさないよアイアル!」
それから食堂に戻るまでの間、オレはアイアルのことを弄り倒したのだった。
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