第204話 友人の娘

 キュウを部屋のベッドに置いてきたオレを訪ねてやってきたというドワーフの客人の元へ向かった。

 ドワーフ……ドワーフか。オレのことを知ってるドワーフなんてほとんどいないはずだけど。もしいるとしたらあいつくらいだし。

 でもあいつが用があるからってわざわざオレのところに来るなんて考えにくいし。いったい誰なんだろう。

 そんな疑問を抱えながらオレは『鈴蘭荘』の食堂へ向かった。そこで待ってるらしい。


「えっと、確か一番奥の席だったよね。あ、いた」


 目立たない位置にひっそりと隠れるようにその子はいた。

 赤みがかった黒髪をポニーテイルにしてる。左右にひょこひょこと動いてるのが見えた。

 たぶん落ち着かなくてそわそわしてるんだろう。

 この位置から見るに身長はそんなに高くなさそうだ。まぁドワーフ族はみんな身長が高くないんだけど。

 っと、これ以上待たせちゃいけないか。もう長いこと待たせてるみたいだし。


「ごめん、待たせちゃったかな」

「っ!」


 オレが声をかけるとその子は弾かれるようにオレの方を向いた。ドワーフ族らしい褐色の肌。だが異様だったのはその瞳だ。多くのドワーフ族の瞳の色は赤か黒、茶色。なのにこの子は透き通るように綺麗な碧眼だった。

 

「あんたがクロエか」

「え、あ、うん。そうだよ。クロエ・ハルカゼ。よろしくね」

「ふーん」


 なんだこの子人のことをジロジロと……ってまぁオレも人のこと言えないんだけど。

 というか、ちょっと気の強そうな子だな。


「私に用があって来たって聞いたんだけど」

「……とにかく座れよ。そうやって立ってられたら話しにくいだろ」

「あ、ごめん。そうだね」


 オレが少女の向かいに座ると、タイミングを見計らったようにフェティがお茶を運んできてくれた。


「ありがとう」

「……ども」

「いえ、ごゆっくりどうぞ」


 話の邪魔にならないように音も立てずに離れていく。うーん、あんな動きはできないなぁオレ。あれもロゼの教育の賜物なんだろうか。


「おい、なにぼーっとしてんだよ」

「なんでもないよ。それよりも話って何かな? っと、その前に名前も聞いてなかったね」

「……アイアル・ロック・ケイブだ。アイアルでいい」

「ケイブ? その名前って……」

「聞き覚えがあるってことはやっぱりあんた親父の知り合いなんだな。アルマ・ロック・ケイブの」

「あぁ、やっぱりアルマの……って、親父ぃっ!?」


 お、親父……親父ってあれだよね。親に父って書いて親父……つまり父親……。

 ってことはつまりこの子は……。


「アルマの……娘?」

「そうだよ。正真正銘、アタシは親父の娘だ。ちゃんと血のつながった……」

「そ、そっか。そうだよね。もう二十年だし、子供くらいいてもおかしくないか」


 アルマも最後に会ったのは二十年前だ。筆がマメな性格では無かったから、連絡を取ること自体は少なかったけど。それでも子供ができたなら教えてくれればよかったのに。


「アタシのことは親父から聞いてなかったのか?」

「ごめん。今初めて知った……」

「なんだよそれ。ほんとに親父のダチだったのか?」

「それは間違いないけど」

「でも、親父のダチだって言うわりには若いし。見た目は人族みたいだけど……もしかして若作りってやつか?」

「若作りじゃないからぁっ! それは絶対に違うからぁっ!」

「お、おう……わ、悪い」

「……ごほん。とにかくアイアルちゃんが」

「ちゃんづけはやめてくれ。なんかぞわっとする」

「そう? わかった。それじゃあアイアルがアルマの娘だってことはわかったけど。どうして私のところに? アルマはどうしたの?」

「…………」


 アルマのことを聞いた瞬間、アイアルの顔が陰る。


「いなくなったんだ」

「え?」

「だから! どっか行っちまったんだよ親父は! アタシのこと置いて!」

「いなくなったって……アルマが?」


 アルマは口下手で無愛想だけど、無責任な奴じゃない。子供だけを残していなくなるなってするような奴じゃないはずだ。


「えっと、あなたのお母さんは?」

「いねぇよ。生まれた時からずっと。親父は死んだって言ってたけど」

「そう、ごめんね」

「別に気にしてねぇよ。それよりも、これ見てくれよ」

「これって……手紙?」


 渡された紙に目を通す。そこには確かにアルマの文字で言葉が綴られていた。


『急な話だが、俺は国を出ていくことになった。お前一人を残していくこと、本当にすまないと思っている。お前は強い子だ。一人でも生きていけると信じている。もし何かあれば俺のかつての友人を頼るといい』


 別れの言葉にしてはあまりにも短い。でもそれがどこかアルマらしいとも感じさせる。

 そして紙の裏にはオレの名前と、この国と『鈴蘭荘』のことが書かれていた。


「なるほど。これを頼りにここまで来たってことなんだ」

「あぁ。だからあんたなら親父がどこに行ったのかも知ってるかと思って……」

「ごめん。それは私にもわからないよ。でも……」


 オレとアルマが最後に連絡を取ったのは十年以上前だ。少なくともオレはアルマにこの国にいることも、この『鈴蘭荘』のことも一度だって話したことはない。

 今のオレの現状を知っていて、なおかつオレとアルマが友達だってことを知ってる奴なんて限られてる。


「ハル……」

「? 何か言ったか?」

「ううん、ごめん。ねぇアルマが居なくなったのっていつのことなの?」

「半月くらいまでだ。それまで普通に暮らしてたのに、突然居なくなって」

「そっか」

 

 もしかしたらこれも機会ってやつなのかもしれない。というか、知らないからって友達の娘を放っておくなんてことができるわけない。

 オレの言うべきことは一つだけだ。


「わかった。それじゃあ私も手伝うよ、アルマのこと探すの」


 

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