第44話 約束する
「それで、これは一体何の騒ぎだ」
上の階からレイヴェルと一緒に降りてきたイグニドさんが周囲を睥睨しながら高圧的に問いかけてくる。
オレもサガン達も、そして周囲にいた他の冒険者達も、思わず体をびくりと震わせる。
それだけの威圧感がイグニドさんからは放たれていた。まさにギルドマスターといった貫禄だ。
「この騒ぎの原因は?」
「「「…………」」」
「うっ……」
うぬ。全員の視線がオレに突き刺さってる。
はい。そうです。確かにオレです。前後の流れを見てなかった人は特にオレからサガン達に喧嘩売ったように見えてるだろうし。それもあながち間違いじゃないんだけど……。
はぁ、オレから名乗り出るしかないか。こういうのは隠しても意味ないし。っていうか目撃者が多すぎる。
それなら少しでも早く自首して罪を軽くしてもらうべきだ! それに、喧嘩が始まった原因はオレだけど、その喧嘩の原因はあいつらなんだから。
「えーと……私です」
「はぁ……やっぱりクロ嬢か。で、相手はそいつらだな」
「「「っ!」」」
イグニドさんの目がサガン達に向けられる。
その目を見たサガン達は異常なほどに顔を真っ青にして、汗をダラダラを流しながら弁明を始めた。
「ち、ちげぇよイグニドさん! 俺らは急にそいつに喧嘩売られたんだ」
「そ、そうだ。急に殴られて。暴れ出したから。俺らは止めようとしただけなんだぜ!」
「嘘じゃねぇ、ホントだ! 信じてくれ!」
おいおい、いくらなんでもその言い訳は無茶があるだろ。
確かに最初に殴ったのはオレの方だけど、その理由を作ったのはお前らだ。その言い方じゃまるでオレが暴れん坊のろくでなしじゃないか。
「いい加減なことを——」
「ふざけたことを抜かすなよサガン、ドグラ、バラジダス」
「「「ひっ」」」
「アタシがお前達のそんなくだらない言い訳を信じると思うのか? お前達から見て、アタシの目はそんなに節穴か? なるほど、まだ何も理解してないみたいだなアタシのことを。お前達がアタシの恐怖を忘れたって言うなら——」
ゴウッ、とイグニドさんの右手に炎が宿る。
「塵も残さず燃やすぞ」
その炎に込められた魔力の濃度の高さにオレは思わず息を呑んだ。
あの炎はただの炎じゃない。オレの魔剣としての直感がそう告げる。あれは、オレ達魔剣に届きうる炎だと。
……うん、ちょっとやばいかも。イグニドさんには逆らわないようにしよう。
イグニドさんの本気を感じたのか、サガン達はその場に腰を抜かしてへたり込む。
「お前達の処分は後で追って伝える。それなりに重い処分になることは覚悟しておけ。そしてクロじょ……クロエ、お前にも罰を与える。ついでに詳しい話も聞くからついてこい。それからロミナ」
「は、はい!」
「お前のほうでも今回の一件をまとめておけ。そいつらの処分を決定するためにもな」
「わ、わかりました」
「それから他の冒険者共! 今回は見逃してやるが、次に似たようなことが会った時誰も止めなかったらその時は容赦なく燃やすからな。覚えておけ」
「「「「わ、わかりましたっっ!!!」」」」
「全員でここを片付けろ。戻って来た時にまだ散らかってたら……わかるな?」
「「「「っ!!」」」」
イグニドさんの言葉に、その場にいた冒険者達がいっせいに散らかっていた机やいすを片付け始める。
おぉう。見事に統率のとれた動き。
それだけイグニドさんが怖いってことだろうけど。
「行くぞ」
「あ、はい」
そしてオレはイグニドさんとレイヴェルの後に続いて、騒がしくなったロビーを後にしたのだった。
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イグニドさんに連れられてやって来たのはギルドマスターの部屋。つまりさっきまでレイヴェルとイグニドさんのいた場所だった。
そこでオレはサガン達と喧嘩にいたった経緯について話した。
それはもう何一つ包み隠さず。嘘吐いてバレても怖いし。
「はぁ、なるほどな。クロ嬢はレイヴェルがバカにされたから、その腹いせにサガン達に手を出したと」
「腹いせというか、ただ単純にムカついたというか……」
「このアホが!」
「ぃっっったぁああああああああっっ!!!」
容赦ないデコピンをくらったオレは思わず涙目で額を押さえる。
いや、冗談抜きでマジで痛いんだけど。頭吹き飛ぶかと思ったんだけど!
っていうかオレじゃなかったら確実にそうなってたと思うんだけど!
デコピンの威力じゃないだろ!
「向こうから仕掛けられたならまだしも、自分から仕掛けるアホがいるか!」
「今まさにここに……」
「屁理屈言うな! あいつらが問題を起こすのは昔からだが、まさか仕掛けたのがお前からだとはなクロ嬢」
「なんでそんなことしたんだよ……」
イグニドさんはおろか、レイヴェルからも呆れの目を向けられる。
「だから、さっきも言ったけど。私の前でレイヴェルのことをバカにしたから」
「いや、だからってその程度のことで」
「その程度のことなんかじゃない! 私の前でレイヴェルのことバカにしたんだから!」
今こうしてイグニドさんに滅茶苦茶怒られたけど、もしまた同じことが起こったらオレはきっと今度も同じことをする。
それは絶対だ。オレの前でレイヴェルのことをバカにするのは絶対に許さない。
「言っただろレイ坊。これが魔剣少女だ。魔剣にとって契約者を侮辱されるのは自分を侮辱される以上に屈辱的なことなんだ。そうだろクロ嬢」
「まぁ、はい。私達魔剣にとって契約者は半身も同然ですから。それをバカにされるのは到底見過ごせません」
「……だとしてもだ。言っとくけどなクロエ。俺今結構怒ってるぞ」
「う……」
うん、なんとなくそんな気配は感じてた。
レイヴェルの普通にしてても怖い顔が三割増しで険しい顔になってるし。
「俺のことでお前が怒ってくれるのはまぁ……素直に言うなら嬉しいけど。だからって喧嘩はダメだ。そんなことしても何の解決にもならない。その結果向こうが謝ったりしても、それは力で従わせてるだけだ。それじゃ意味が無い」
「それは……」
「まぁ俺が色々と言われるのは俺が不甲斐ないせいだから、お前にこんなこと言う資格なんてないんだけどな」
「そんなことないよ! レイヴェルは——」
「お前の目から見た俺じゃなくて、他の人から見た俺はそう映ってるって話だよ。それはどうしようもない事実だ」
それは確かにそうなのかもしれない。オレはレイヴェルのことを知ってる。全部を知ってるわけじゃないけど、それでも命を懸けて誰かを助けれる人だって。他ならないオレがそんなレイヴェルに助けられたんだから。
でも他の人はそれを知らない。だから憶測や聞いただけの話でレイヴェルのことを評価する。
「約束するよクロエ。オレはいつか絶対に、お前が誇れるような、すげぇ奴になってみせるって。お前が誰にでも自慢できるような契約者になるって。だから、今度からもし同じことがあっても我慢してくれ。頼む」
「……わかった。レイヴェルがそう言うなら。我慢する……たぶん、おそらく、きっと」
「そこは絶対って言ってくれよ」
「無理だよ。だって私にとってレイヴェルは——」
オレにとってレイヴェルは?
その先、無意識に言おうとした言葉にオレは急に恥ずかしくなって、慌てて言葉を変える。
「わ、私にとってレイヴェルは唯一の契約者なんだから。でもレイヴェルの言いたいこともわかったから、今度は我慢する。約束する」
「あぁ、頼む」
「おいガキ共。アタシ放って二人の世界に入るな」
「「っ!」」
そ、そうだった。一瞬忘れかけてたけど、イグニドさんいるんだった。
「ふ、二人の世界って、べ、別にそんなつもりじゃ」
「そうですよイグニドさん、変なこと言わないでください」
「けっ、独り身のアタシに対する当てつけか? あ~ムカつく。取り合えずクロ嬢、今回の依頼の報酬は没収な」
「私怨入ってませんかそれ!?」
「入ってるわけないだろが。ギルド内での喧嘩騒ぎは厳罰処分。これでもまだ全然軽い方だ。本当ならこの先しばらくの報酬カットしてもいいんだぞ」
「う……それは困ります」
「だろ。でもその代わり、レイ坊とクロ嬢には別の依頼をもう一つ受けてもらう」
「別の依頼?」
「あ、そうでした。結局なんなんですかその依頼って。その話を聞く前に下が騒がしくなって、ロビーに行きましたけど」
「慌てるな。今から説明する。って言っても、アタシからじゃないけどな。おい、入れ」
イグニドさんがそう言うと、扉が開いて部屋の中に人が……って、え!?
「やっとですか。一体どれだけ私のことを待たせて……え?」
「ラミィ!?」
「クロエ!」
そこに立っていたのは、オレの古い友人にして、つい先日物別れになってしまったばかりのラミィだった。
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