第90話 謁見の間にて

〈レイヴェル視点〉


「どうぞお通りください」


 門兵に通され、巨大な門をくぐって城の中へと通される。

 飛空艇に乗ってた時にも感じたことだけど、間近で見たらその巨大さはビビるほどだった。俺が縦に三人並んでも門の方がまだ大きい。

 開ける時も二人がかりだったし、城ってそういうもんなのか?

 っていうか今さらだけど、俺失礼なこととかしてないよな。

 なんかマナーとかあったりすんのか?


「…………」

「おっきい城だねー」

「あれとかすごく高そう」


 前を歩くライアさん達をチラッと見てみても何も得るものはない。

 あの三人はあくまでいつも通りだ。

 クロエは……。


「あの人も知らない。あの人も……うん、大丈夫そう……」

「さっきから何ぶつぶつ言ってるんだクロエ?」

「うぇ!? な、なんでもないよ。大丈夫だから気にしないで」

「ならいいんだけどな。それよりも……なぁクロエ」

「なに?」

「城の中でのルールとかマナーってあったりするのか?」

「ルールとマナー? うーん、マナーは特に気にしなくてもいいんじゃないかな」

「ほんとか?」

「うん、だってここの王様がそういう人だし。それよりもルールっていうなら、堂々としてた方がいいよ」

「なんでだ?」

「ここは獣人族の国。まぁ人族と大きく変わることはないけど、でも他種族に比べて野生は強い。だからね、無意識レベルで自分と相手を比較する。だから下に見られないためにも堂々としてる必要があるの。変に気張る必要もないけど。まぁ自然体でいるのが一番じゃないかな」

「なるほど……って、その自然体ってのが一番難しいんだけどな」

「大丈夫だって。私が隣にいるんだから」


 そう言ってクロエは俺に柔らかい笑みを向けてくれる。

 なんていうか……現金なもんで、それだけで緊張が少しほぐれた。

 それから城の中をしばらく歩いて、俺達は謁見の間にたどり着いた。

 謁見の間の部屋の前にも重装備の兵士達が居並んでいる。

 明らかに俺達のことを見てる……というか、警戒してるのか?


「リーダーが来たらだいたいどこの城もこんな感じになるよ」

「え?」


 俺が疑問に思ってることを見抜いたのか、前を歩いていたリオさんが後ろに下がってきてその理由を教えてくれた。


「もちろん王様に会うわけだからさ、武器の持ち込みなんかできるわけないんだけど……ほら、リーダーってあの性格でしょ? だから自分の太刀を絶対に誰にも渡さない」

「そういえば……」


 確かに城に入る時俺も武器……っていっても、クロエの作ったレプリカだけど。それを渡した。リオさんとラオさんも。

 今まで気にしてなかったけど、そういえばずっと持ってるな、あの太刀。


「でもそれって大丈夫なんですか?」

「もちろん大丈夫じゃないよ。でもリーダーだから許される。許さざるを得ないって感じかな。代わりにこうして滅茶苦茶警戒されるってわけ。いつものことだね」

「リーダーが本気なら誰にも止めれないから、あんな警備意味ないけど」

「ラオさん、その言い方は……」

「わかってる。でも事実だから」


 確かに事実なのかもしれない。もしライアさんが本気で暴れたりしたらこの場にいる誰が止めれるっていうんだって話だ。


「お前達、無駄口を叩くな。入るぞ」

「はーい」

「了解」


 いよいよか。

 獣王カムイ……どんな人なのか全然知らないけど、今のこの国を作った王らしいからな。

 謁見の間の扉がゆっくりと開く、そして——。


「よく来たな、人族の冒険者達よ」

「お久しぶりです、獣王様」


 謁見の間の中にいたのは、二メートルは軽く超えているであろう体躯を持つ、巨大な獅子の獣人。

 あれが……獣王カムイ。

 その名に相応しい威圧感を放っている。なんというか、厳つい。

 六十年前にって話だったからもっとおじいさんみたいな人を想像してたけど、全然そんなことなかったな。

 これはなんていうか……ヤバイ感じだ。イグニドさんやライアさんと同じタイプ。

 種族としての限界を超えた存在。そんな気配を感じる。

 でもそれは、獣王カムイだけじゃない。その隣に立ってるあの剣士……もしかして、魔剣使いじゃないか?

 あの人の持ってる剣から異常なほどの圧力を感じる。


「久しいな。まさかまた貴様に頼るようなことになるとは思いもしなかったが」

「そうですね。私もまたこの城に訪れることになるとは思いもしませんでした。獣王様におかれましても、ご壮健なようで何よりです」

「ふん、心にもないことを」


 なんていうか……空気が張り詰めてる。

 ライアさんも獣王も普通に話してるけど、なんか棘があるっていうか。

 もしかして前に何かあったのか?

 気になるけど、今は聞ける状況じゃないし。


「だいたいワシは貴様に頼るのは反対じゃった。しかしヴァレスのやつがどうしてもというからな。今回こうして依頼を出させてもらった」

「そうでしょうね。大まかな概要は聞いています。ですが、今一度確認をさせていただこうと思いまして。こうして参った次第です」

「ヴァレス。説明してやれ」

「はっ」


 獣王の隣に立っていた狼の獣人——ヴァレスと呼ばれたその男が俺達の方に向き直る。


「今回の依頼内容は獣人族の至宝『月天宝』の移送の護衛。襲い来るであろう組織から至宝を守ることです」

「その至宝は今どこに?」

「今は——」

「これだ」


 獣王が懐から取り出したのは、直径にして十センチほどの球体。

 目を見張るほど美しい、まさに至宝。


「これが『月天宝』。もう一つある『太陽宝』と対を為す宝玉」

「なるほど……それの移送を守るのが今回の依頼であると」

「あぁ。より守りが強固な場所に移すことになった。場所は——」

「いいでしょう」

「?」

「場所がどこであれ、私のすることは変わりません。依頼を受け、遂行するだけ。それが全てです」

「……まったくだから貴様は気に入らんのだ。まぁ貴様らは良い。腕が立つのは知っている。問題はその後ろにいる小僧だ」

「っ!」


 急に獣王の目が俺の方に向く。

 その射貫くような眼光に俺は一瞬心臓が飛び跳ねた。

 眼光だけで人を殺せるんじゃないかってレベルだ。


「ふん、とても腕が立つようには見えんがな。なぜこんな小僧を——ん?」


 俺を睨んでいた獣王が何かに気付いたかのように目を細める。


「……おい小僧」

「? はい」

「そこを退け。後ろを見せろ」


 なんで急にそんなことを?

 まぁ別にいいか。

 そう思って俺は言われるがままにその場を退いて後ろを見せる。

 って言っても、俺の後ろにいるのはクロエくらいだけど。


「あっ、ちょ、レイヴェル!」


 クロエが焦ったような声を出すが、その時にはもう俺はクロエの前から退いてた。

 俺の後ろに隠れるようにして立ってたクロエが獣王の前に晒される。


「っ! お前……」

「う……」

「クロエ……お前、クロエか!!」

「あ、あはは……えーと……その……久しぶり、カムイ」

「はぁ!?」


 驚愕の声を上げる獣王と、気まずそうな顔で挨拶するクロエ。

 思いもよらぬ再会が起こった瞬間だった。

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