第91話 クロエとカムイ
〈レイヴェル視点〉
「え……は……?」
いやちょっと待て。
この感じもしかして……というか、もしかしなくても、クロエと獣王って知り合いだったのか!?
クロエがこの国のことを知ってるってのはわかってたし、前に来たことあるんだろうとは思ってたけど……まさか獣王と知り合いだったなんて。
これにはさすがのラオさんとリオさんも驚いてるみたいで、表情を崩してないのはライアさんだけだった。
俺も含めて、この場にいる誰もが驚きに言葉を失っていた。
そんな俺達の前で、クロエは諦めたようにため息を吐く。
「はぁ……まぁバレちゃったもんはしょうがないから隠れるのは止めるけど。あらためて久しぶりカムイ」
「ク、クロエ……お主、本当にクロエなのか?」
「うん、そうだよ。っていうか、私が他の誰かに見える?」
「いやそういうわけではない。そういうわけではないのだが……」
さっきまでの威厳ある姿と違って、どこかしどろもどろになっている獣王。
この二人どういう関係性なんだ?
「……えぇい! 話は終わりだ! クロエ以外の者は部屋を出て行くが良い! ヴァレス、お主もだ!」
「っ! ですがカムイ様!」
「反論は許さん。冒険者共よ、部屋は用意させてある。今後の予定は追って伝えるがゆえに、今は部屋で休んでいるがよい」
「ちょっと待って。ちょうどいい機会だからレイヴェルのことも紹介させて」
「ふむ? まぁよかろう。では他の者は言った通りだ。出て行くが良い」
「……わかりました。それでは。リオ、ラオ、行くぞ」
「あ、はーい」
「了解しました」
ライアさんは結局最後まで表情一つ変えることなく、謁見の間を出て行った。
そして、獣王の隣に控えていたヴァレスと呼ばれた剣士も。
俺がどうしたものかと戸惑っている間に、気付けば部屋の中には俺とクロエの獣王の三人だけが残されてしまっていた。
「えっと……」
「……はぁ」
誰もいなくなった途端、獣王が深いため息を吐いて椅子ドカッと座りこむ。
「まさか……こんな形で再会することになるとは思わなかったぞ」
「あはは……それは私も同じだけどね。まぁいつか来れるなら来ようと思ってたから、いい機会かなってことで。私は切り替えることにするよ」
「ワシはそう簡単に切り替えられんぞ」
どこか感慨深げに獣王は呟く。
「……本当にクロエなのだな」
「私は私だよ。ずっと昔から変わらない。でしょ?」
「あぁ。確かに驚くほど変わっておらぬな。ワシはここまで年を取ったというのに」
「確かに記憶にある姿よりは老けたかな? それでもまだまだ現役なんでしょ」
「ふん、いい加減後継に後を託したいものだがな」
「子供達は元気?」
「あぁ。つい最近孫も生まれた。後で会うといい。長子の子だ」
「えぇ!? アッシュ君子供生まれたの!? うわー、全然知らなかった」
「伝えようにも、お主がどこにおるかわからんかったからな。それさえわかれば呼んだものを」
「ごめんごめん。ちょっと色々あったからさ」
当たり前のように話を続けるクロエと獣王。
まるで久しぶりに会う友人同士のようなやり取りだ。
っていうか、完全に置いてけぼりなんだが。
クロエに言われてこの場に残ってるけど、俺どうしたらいいんだ?
「あ、ごめんごめん。レイヴェルのことちゃんと紹介しないとね」
「ふむ。その小僧か……クロエが残るように言ったのだったな。して、どのような関係なのだ?」
「……彼の名前はレイヴェル・アークナー。私の契約者だよ」
「なんだと!?」
ガタッ、と驚きの声と共に立ち上がる獣王。
そしてすぐにその目線は俺へと向けられた。
だが、その目は決して好意的なものではない。
「この小僧が……お主の契約者だと? いったい何の冗談だクロエ」
「冗談でもなんでもない。私は彼を、レイヴェルを契約者に選んだ」
「しかしお主は——」
「私が決めたことだから。カムイに何か言われる筋合いはないよ。私はあくまで契約したってことをあなたに伝えただけ。その決定に対して、あなたが口を挟む権利はない」
思っていたよりもずっとキツイ言葉をクロエは獣王に投げかける。
「……そうか。そうだな。その通りだ。いや、悪かった。しかしそうか……お主はあやつと契約すると思っておったのだがな」
「あの人はもういない。それに……あの人はそれを望まない。私も望んでなかった。ただそれだけの話だよ」
「っ! 確かに、そうであったな。お主らはそういう関係だった。詮無いことを言った、悪い」
「気にしなくていいよ。カムイが思い込み激しいのは昔からだし。直せって言ったのに全然直ってないよね」
「くははっ、直そうと思って直るものではあるまいよ。気を付けてはおるがな」
あの人?
あの人って誰だ?
踏み込んで聞いていい話なのかどうかわからん。
というか凄まじく気まずい。この場にいることが。
でもだからって出て行きますとも言えないしな。
早く終わってくれこの時間……。
「おい、小僧」
「っ! はい」
「確かレイ……レイケル? といったか」
「レイヴェルだよカムイ。次間違えたらカムイの黒歴史城内にバラ撒くから」
「それはやめい! えぇいレイヴェル、レイヴェル・アークナーだな。ちゃんと覚えた。これで満足だろう!」
「うん、それでいいよ。レイヴェルも言いたいことあったら言っていいよ。ふんぞり返って偉そうにしてるくせして人の名前間違えんのかよ、とか」
「言えるわけねーだろ!」
そんなこと言った瞬間俺の首が飛ぶ。
「大丈夫だよ。私の契約者って時点でカムイはレイヴェルに手を出せないし、出させない。ね、カムイ」
「……認めたくないがな。貴様がクロエの契約者だと言うならば、手出しはできん」
「一国の王にここまで言わせるとか……クロエ、お前この国で何したんだ?」
「私が何かしたってわけじゃないけどね。まぁ昔に色々とあったから」
「ふはは、そうだな。色々なことがあった。そのせいでお主はこの国に来づらくなったんだろうが」
「あはは……まぁそうだね。来たくなかったわけじゃないんだよ。それは本当に」
「だろうな。お主のことだ。ワシがもう忘れておればよいとでも考えていたのではないか?」
「ギクッ……そ、そんなことないよぉ」
「嘘が苦手なのは相変わらずのようだな。まぁよい。それにしても……そうか。その小僧がお主の契約者か。今回の依頼、お主らも受けてくれるということだな」
「もちろん。カムイからの依頼だしね。全力を尽くさせてもらうよ」
「せいぜい期待させてもらうとしよう。しかしそうか……であればクロエ、お主にとっては少し驚くことがあるかもしれぬな」
「? なにそれ」
「時が来ればわかる。その時を楽しみにするがよい」
「……まぁいいけど」
「さてクロエ。お主も少し席を外してもらってよいか?」
「え? どうして?」
「その小僧と少し話があるのだ。お主の契約者であるというならばな」
「……なんで私がいちゃダメなの?」
「男同士の話というものだ。なに、悪いようにはせん」
「……ならいいけど。もし私がいないからってレイヴェルに何かしたら」
「せんと言っておろうが! ほれ、さっさと行くが良い。部屋は用意させてある」
「わかった……それじゃあ後でね、レイヴェル。何かあったら呼んでくれたらすぐに飛んでくるから」
「お、おう……」
そう言うやいなや、クロエは俺を置いてさっさと部屋から出て行く。
そして残される俺と獣王。
えーと……どういう状況だこれ。
なんで俺一国の王様と二人で話すことになってんだ?
「小僧……いや、レイヴェルだったな」
「は、はい」
「そう気張るな。別にとって食いはせん。そんなことをすればワシがクロエに消されるからな。あやつの怒るようなことはせん」
「そうですか……」
「お主、クロエのことはどれほど知っておる」
「どれくらいって言われても……ちょっと難しいですね。まだ会ってからそんなに長い時間が経ってるわけでもないですし」
「なるほどな。しかしそれでもお主を選んだからには、きっと何かあるのだろう。ワシにはわからぬ何かが。ワシから見ればお主はただの小僧にしか見えんしな」
まぁ確かにそうだろう。
これだけの巨躯を持つ獣王から見れば、俺のなんと頼りないことか。
「……だがそうか。だからこそ、かもしれんな」
「どういうことですか?」
「いや、こちらの話だ。お主ならば為せるかもしれん。今まで誰にもできなかったこと……あやつの抱える孤独を真の意味で埋めることが」
「どういうことですか?」
「ふ、いずれわかるであろう。互いに信用し合っているのであればな」
よくわからん。でもまぁ……いずれわかるっていうならその時を待つしかないだろう。
気になることは山ほどあるけどな。
「さ、話は終わりだ。あまり長い時間お主を拘束していたらまた何か言われそうだからな。疾く出て行くが良い」
「あ、はい。わかりました。えっと……失礼します」
出て行くときってこれでいいのか?
わからん…‥とりあえず、間違ってたとしても多めに見てもらうとしよう。
そして俺は獣王の視線を背に感じながら、謁見の間を後にするのだった。
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